第一話 大坂城からこんばんは!⑨
◆◇◆
「じゃあコレとコレとコレ。買って貰うよ? よろしく~」
「ま……まだ買うの?」
「当然。自分が昨日何やったか、忘れた訳じゃないんでしょ? この覗き魔」
「…………」
ぽんぽんぽん、と買い物籠の中へ放り込まれる物品を見ながら、俺は思わずげんなりとした顔をする。
ここは松ヶ崎市の中心市街、その中でも一際栄えている松ヶ崎中央駅周辺に位置するショッピングモールだ。
しがない地方都市でしかないこの街は、しかしこのままではいけないと思っているのだろう。駅を中心に再開発を進め、十五年ほど前に出来上がったのがこの建物である。
そのお陰で人の流れは増え、他の場所でも再開発が進んでいる事もあって昔の活気が戻りつつあるとか、ないとか。
昔の活気を知らないので事実関係は知らないが、何にしろ土曜日のショッピングモールは混む。当然のように混む。
流石にギュウギュウになるような事は無いけれど、家族連れなどが楽しそうにあちこちを歩いている姿が見られるのである。
「ほら、次行くよ!」
「えー……まだぁ?」
思わず、俺は急かして来る少女に向けて不満タラタラな表情を見せていた。だが、すらりとした体形の彼女――美才治 綾音は、俺の表情を見るなり半目を作って睨んで来る。
「そんな事が言える立場だとでも?」
「……その節は大変申し訳御座いませんでした」
ぐい、と手を引かれて強制的に連行される。もはや、俺は抵抗が出来る筈も無い。
何故ならば昨晩、と言うか昨日の夕方だが、俺は綾音とオーバンに風呂場で出くわしてしまったのだ。それも、お互いに裸で。
まさかそんな事になるとは思っていなかっただけに、しっかりと当時の光景は目に焼き付いてしまった。
やっぱ綺麗な体していたなー、とか求められても居ない感想が心の中で湧いて出て来た時だった。
「今、何か変な事を思い出してなかった?」
「滅相もない! ただ、今度は何を買うのかなって」
「へえ、本当に?」
不意に、胡乱な視線をした綾音が俺の目を覗き込んで来る。急な事に対応出来なくて思わず動きを止めていたが、それも無理はないだろう。だって、彼女の顔面が至近距離にまで迫って来るのだから。
身長差のお陰で限界はあるが、若干背伸びをしながら迫って来る彼女の整った顔が迫って来るのは、何とも落ち着かない気分になるもので。
「護、何か嘘吐いてるよね?」
「っ……何の事でせう……」
嫌な汗が出てくる、気がした。頼むからバレるなよと願いながら必死に顔を逸らしていると、綾音もそれ以上の追及を諦めたのだろう。
「もう良い」と言って踵を返した。
「今日は一日付き合って貰うからね?」
「え? 半日じゃないの!?」
「たった今決めましたー。大罪を犯した護を許すにはこれくらいしないとね」
「そんな殺生な!?」
今日のお出かけは、その支払い全てを俺が受け持つ事になっている。懲罰として俺の方から申し出た事でもあるのだが、その時間が延びる事は支払い代金も大幅に増える事と同義であり、重大な問題である。
今の手持ちで足りるかなと思いながら彼女に抗議してやれば、綾音は目を細めながら言った。
「じゃあ、裸を見られた私は可哀想じゃないの?」
「俺だってお前に見られたんだけど?」
「護の自業自得でしょ。私達が入ってるのに、確認もしないで脱衣所に来るから」
「じゃあ脱衣所も鍵かけとけよ。そもそも女子入浴中の札も掛けて無かっただろ」
そうなのだ。普段、女性が入浴するのなら女子入浴中の札が掛かるし、何より脱衣所にも鍵を掛ける決まりになっている。だから本来ならあんな事故が起こる筈など無い。だから今回の場合、綾音にも非が無いとは言い切れないのである。
「それは……私だって護の家で風呂入るのは久しぶりだったし、ついつい忘れたって言うか」
「それだけの過失がありながら俺にすべての責任が負わされるなんておかしいだろ? 多少はそれで相殺されてしかるべきだと思うんだけど」
「ぐっ……」
いける。これはいける。幸いにもここはショッピングモールの中だ。家の中では無いから、他に綾音の肩を持って援護してくる外野も居ない。
このまま押し切れば、出費を最低限に抑える事だって夢ではない――と思った時だった。
「あれー? 護じゃねえか。久し振りじゃん」
「……と、朋紀?」
ふと商品棚の影から出て来た少年は、何の悪戯か俺にとって中学時代からの友人で、この前の放火被害に遭った神社の境内を持つ家の息子でもある。
名前は五百蔵 朋紀。
そして俺と同じ中学であるという事は、俺の幼馴染である一学年上の綾音を知っていても不思議はない――というか実際に顔見知りで。
そんな彼は俺達を見るなり、親し気な笑みを浮かべながら近付いて来るのだった。
「あれ、美才治さんじゃん? お久し振りっす。どうしたんです、護と二人で……あ、もしかして?」
「違うよ。五百蔵くんが思うような事は何も無いって」
「ですよねー、びっくりした。だって護ですし」
「おい待て朋紀どういう意味だそれは」
笑いながら軽く手を振っている友人の態度が何か引っかかって、俺は思わず追及する。すると、彼は特に悪びれる様子もなく言ってのけるのだ。
「いや、護ってヘタレじゃん? それにむっつりだからさ」
「お前の頭カチ割るぞ」
いっそここで締め落としてやろうか。どうせ彼はそんな事しか言わないだろうとは思っていたけれど、まさか本当にそれを直接言って来るとは。
いい加減、このお調子者には制裁を加えなくてはいけないらしい。
隙を見てシバキ倒そうと考えていると、朋紀はどうやら聡くもこちらの狙いに気付いたらしい。肩を竦めて謝罪の言葉を口にしていた。
「悪い悪い、冗談だって。でもまあ、男子校に進んだ護に彼女が居なくて安心したぜ。共学に行った俺がお前に先を越されたら発狂しそうだからな」
「……ああ、やっぱりお前まだ出来てないのか」
「どういう意味だそれは!? 友達は沢山居るんだぞ、友達はな!」
「彼女は?」
「……一人も、いない」
その途端、彼は周囲の視線も気にせず床に両手をついていた、
友人である朋紀とは、進学した高校が違う。俺は家から近いと言う理由で男子校の松ヶ崎高校を選んだが、彼は高校在学中に必ず彼女を作ると意気込んで松ヶ崎中央駅に近い私立高校へ進んだのだ。
しかし、結果は御覧の通り。口振りから友達には恵まれている様だが、恋人は出来ないらしい。
理由については大体予想がつく。ぎらついているのだ、この男は。それが見え見えだから女子は距離を置くし、何より彼はサッカー部で励んでいる。単純に時間や体力的にも、そこまで色恋にかまける事も出来ないのだろう。
頑張れば時間を作れない事も無いだろうが、その辺が彼の念願を果たす上での障害となっていると見て良さそうだった。
「畜生っ、サッカーやってればモテると思ったのに!」
「そんな理由で一年からレギュラー取ってるお前は凄いよ、いやホントマジで」
動機はどこまでも不純なのがこの男の特徴だ。一回真面目に練習頑張っている人に謝罪した方が良いかも知れない。
「護、俺はどうしたらモテるんだ!? やっぱ顔なのかな!? 教えてくれ、お前なんか顔だけはイケメンだろ!? 強面だけどっ!」
「張り倒すぞ」
笑顔で朋紀の胸倉を掴み上げる。
一方、綾音はと言えば何が面白いのか、この遣り取りを見て爆笑していた。
目尻には涙を溜め、彼女は顔を赤くして太腿をバンバンと叩いている。別に俺と朋紀の遣り取りは漫才でも何でもないと言うのに、だ。
「やっぱ五百蔵くんは面白いね! サイコーだよ、ホントに」
「マジっすか? じゃあ美才治さん、俺と付き合って下さい!」
「うーん、却下!」
バッサリ。
威勢の良い朋紀の告白を、非常に良い笑顔で綾音は拒否していたのである。その途端に訪れた沈黙を一拍置いて破ったのは、他でもない朋紀本人だった。
「……何で?」
「いや当たり前だろ」
流れるように振られた朋紀は表情の抜け落ちた顔で立ち尽くしていたが、こんなもの拒否されて当然だった。
というか、綾音も先程の朋紀の告白を本気にしていないのだろう。余りにも軽すぎて、冗談だと思ったのかもしれない。
実際、朋紀の告白はその場のノリみたいなところがあるし、この辺も彼に恋人が出来ない理由だと言えた。ちゃんと真摯に行動して居れば、ちゃんと彼女も出来ると思うのだが……果たして、本人がそれに気付くのはいつになるのだろうか。
俺は朋紀には聞こえない大きさで溜息を吐き、言うのだった。
「そもそも、綾音は今しばらく誰とも付き合う気は無いんだってさ。今が楽しいからって」
「何でお前はそんなこと知ってるんだよ! まさかやっぱり美才治さんに告ったのか!? そして振られたんだな!?」
「ちげーよ」
綾音と一緒に居る事が多いからか、この手の話をして来る人間は多い。だが残念ながらと言うべきか、期待に沿えず申し訳ないと言うべきか、俺と綾音はただの幼馴染でしかない。
誰に何と言われようと、煽られようともその先に進む気配も、つもりもないのである。だからこそ、これからもこんな関係が出来る限り続いてくれればと、俺は思っている。
しかしながら、周りはそうは思わないらしくて。
「……何でまだ告白もしてないの?」
「逆にどうしてお前はそう思った?」
再び表情の抜け落ちた顔をする友人は、やはり馬鹿なのだろうか。彼の将来が心配だ。
「俺が綾音のことを知ってるのは訊いても無いのに本人から聞かされたんだ。告白されるけど困るとか何とか言いながらな」
「どうして、どうしてそんな事を聞かせて貰えるんだよ? ……なあ、一回俺と立場変わってくれね?」
「いや無理だろ」
綾音が訊いてもないのにべらべら喋ってくれるのは、一つに俺と仲の良い幼馴染であるという事もあるだろう。
他にも性格的な事などがあるのだろうけれど、一番大きな理由は俺も知らない。案外大した事もなさそうとか考えたりもするが、何となくそれを訊くのは気恥ずかしくて、勇気も出ないのだ。
そんな事を考えている間に、朋紀は持ち前の精神的タフネスさを発揮してあっという間に復活し、話題を変えていた。
「そう言えば、話変わるけどどうして美才治さんは護と一緒にここへ?」
「あー、それはね護が昨日の夕方……」
「おっと待ってくれ綾音」
彼女がその問いに答えるよりも先に、俺は彼女の手を引いて話を遮る。それが予想外だったのか、不満と疑問を浮かべた彼女は俺に小声で問う。
「……何、急に?」
「お願いだから、昨日の事をアイツに言うのは止めてくれ。頼むから」
今俺達の目の前に居る五百蔵 朋紀は、恋人を欲しがる思春期の男子高校生である。と言うか、下世話な事が大好きと言った方が分かりやすいだろうか。
兎にも角にも色々と年頃で若干変態の気配すら漂うこの男は、誰かが年頃の女性といるだけで嫉妬と羨望の眼差しを向ける事さえあるのだ。
そんな彼に、昨日の事を話したらどうなるか。具体的に言うなら、綾音とオーバンの裸を見てしまった事を話したらどうなるか。
仮に肝心のところをぼかしたとしても、その手の話に関しては何故か極端に頭の回転が速くなるこの男は、すぐに気付くだろう。そうなれば、嫉妬の視線が俺へ向けて叩き付けられるのは想像に難くない。
その事を掻い摘んで綾音に説明してやれば、彼女はすぐに納得いった様に頷いてから悪い笑みを浮かべた。
「そっか、それもそうだね。けどさ、ただで黙ってあげるって事も出来ないかなあ」
「……何だよ、何が望みだ!?」
「そうだねえ、じゃあ今日はこれからの支払いも護が全部持ってね? ヨロシク」
「ま、待って! それは幾ら何でも……!」
彼女が交渉の条件として提示して来たのは、朋紀と遭遇する直前まで話していた、今日の買い物の支払いに関する事だ。
当時は俺の方が圧倒的に優位だった筈なのに、朋紀という友人のせいで旗色が完全に悪くなっていた事を、今更ながら気付かされる。
このままでは折角俺の支払い負担額を減らせそうだったものが無駄になってしまう。何とか、どうにかしてそれを回避しなくては……。
そんな俺の葛藤を見抜いてか、煽るように綾音は微笑む。
「嫌なら良いんだよ? 私もちょっと恥ずかしいけど、昨日あった事をちょこっと五百蔵くんに話すだけだし」
「ああああ分かった分かった! 分かりましたよ、今後の支払いも俺が全部持てば良いんだろ?」
「そんな言い方で良いのかなー?」
「ぐっ……奢らせて、ください」
背に腹は代えられない。こうなってはもう他に道など残されていなかったのである。
悔しさを飲み込みながら少し頭を下げてお願いする恰好を見せてやれば、それで綾音は満足したのだろう。「うむ」と鷹揚に頷いた後、朋紀の方に顔を向けた。
流石にここで彼女も約束を反故にする気はないのか、怪訝な顔をしていた彼を巧みな話術で誤魔化して見事に疑問を有耶無耶にしていたのだった。
「……じゃあ、またな朋紀」
「おう、護も美才治さんも元気で」
何とか危機を免れた事実にホッとして、俺はこのまま綾音を連れて朋紀から逃げようとした、その矢先。
身を翻してみれば、丁度誰かが背後から近付いてきたのだろう。衝突寸前のところに、人が居た。
「――おっと、申し訳ない」
「え、あ、御免……なさい。すみません! 失礼しました!」
「……いや別に、そこまで謝られるような事でも無いんだけど」
慌てて衝突を回避しながら謝罪の言葉を口にして見れば、相手は相手で俺の顔を見るなり顔面を蒼白にしていた。
見るからに怯えているその少年は、見た限りでは俺や朋紀と同年代くらいだろうか。彼に続くように一人の少女と二人の少年が居て、誰もが驚いたように俺の顔を見ていた。
そこにある感情は、訊かなくても分かる。
「…………」
怯えだ。もう何度となく見て来たもので、見飽きたもので、誰にも聞こえない大きさの溜息が漏れた。
それを見て取った綾音が、俺に気を回してか彼ら少年たちに向けて何かを言おうとして、それよりも先に朋紀が景気よく口を開く。
「おう、長崎! そこに居たのか、探したぞ」
「五百蔵……お前」
「ああ、紹介するぜ。こっちは俺の中学からの友達で強面の方が百鬼 護。それとこっちの綺麗な人が一学年上の美才治 綾音さん」
その明るい声での紹介は、まるで硬直していた空気を解す様で、俺へ向けられていた彼らの視線から警戒や怯えの色が徐々にだが消えていくのを感じ取っていた。
こう言った器用な真似ができるのが朋紀の良いところで、だからこそ俺は彼と仲良くする事が出来たのだろう。中学時代に出来た友人も、彼が居なければもっと少なくなっていた筈だ。
「で、こっちが長崎 慶司。そこから順に高田 麗奈さんと桜井 興佑、最後にアレン・シーグローヴだな。四人とも、俺の高校の友達だよ」
「よ、よろしく……」
「……あ、ああ」
長崎 慶司と呼ばれた少年がまず先頭切って挨拶をして来たので、それにつられて俺も戸惑いながら応答する。
既に張り詰めた様な空気が霧散していて、綾音もいつもの調子で高田 麗奈と呼ばれた少女へ話しかけていたのだった。
「麗奈ちゃんだって? 可愛いね、それどこで買ったの?」
「え? えっと、学校の近くの……」
そんな女同士の会話が皮切りとなり、どこかぎこちなかった空気は更に硬さをほどき、俺もまたアレン・シーグローヴと呼ばれた金髪の少年に声を掛けていた。
「君、生まれどこなの?」
「ボク? 合衆国、アメリカだよ、生まれも育ちもペンシルベニアだね」
「ペンシルベニアかぁ……流石に名前しか分からないけど、アメリカのどの辺? っていうか日本語上手だな」
「ありがとう」
俺に負けず劣らず大柄なアメリカの少年は、流暢な日本語で答えてくれる。そんな会話につられてか他の少年も自然と会話に加わり始め、気付けば笑顔が漏れていた。
「面白くて良い子達だったねー」
「だな。俺が百鬼組の人間だって知っても特に態度も変えなかったし」
既に陽は傾き、俺と綾音は電車に揺られている。丁度窓から差し込む夕日が眩しくて目を細めながら、俺は朋紀とその友人たちの姿を瞼に浮かべる。
最初こそは俺が強面で体格も良いせいで威圧感を与えてしまっていたみたいだが、朋紀が間に入ってくれたお陰でそれもどうにかなかった。
初対面ながらもかなり会話が弾んでくれたのは、何においてもまず朋紀の手柄だろう。何だかんだと言って彼はそう言ったところではとても有難い存在なのだ。
「護の見かけが怖いのは仕方ないにしても、百鬼組の関係者だって聞いても態度変えない人って中々貴重だよね。また友達増えそうでよかったじゃん」
「見かけが怖い言うな。……ま、学校違うから、仮にもっと仲良くなっても早々遊べるとも思えないけど」
それでも、確かに気のいい連中だったのは否定しようがない。学校が一緒だったらとっくに友達になっていてもおかしくないだろう。
ああ言った人が、もしも小学校の頃に近くにいてくれたら、やはりもっと環境は違ったのだろうか。今の自分やその周囲を否定する気は全くないけれど、そんな詮無い事を考えてしまっている自分が居た。
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