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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第二話 後の先⑥

◆◇◆



 自宅が家宅捜索を受ける。

 こんな経験がある人は、結構少ないのではないだろうか。少なくとも、希少であると断言して良いのではなかろうか。

 ただし、誇れる事かと言えばそんな事は無いし、むしろ隠したいくらいの出来事であるのだが……。

 現実は無情である。

 珍しいという事はそれだけ人目を引きやすく、話題に上り易いという事でもあるのだから。

「聞いたぞ百鬼、お前の家って家宅捜索受けたらしいじゃん。大丈夫だったの?」

「つか罪状って何? 何の疑い掛けられてた感じ?」

「……寄るな(やかま)しい」

 学校に行けばクラスメイトから興味津々の視線を向けられ、言葉を発せばそれだけで耳を(そばだ)てられる。

 言ってしまえば俺は動物園のパンダみたいな扱いをクラスで受ける羽目になってしまったのであった。

「何かヤバいもん見つかったりした?」

「ねーよ。あったら今頃ニュースになってるっての」

「拳銃の弾丸すら見つからなかったの!?」

「だからねえって言ってんだろ」

 クラスメイトの中でも特に仲の良い土喰と江出からの集中砲火を振り払おうとするのだが、彼らは蠅のように纏わりついて離れてくれない。

休み時間になった途端これで、他クラスの人間までドアから俺の様子を窺ってくる有様である。

いや、生徒だけじゃない。教師までいた。

「……功刀(くぬぎ)先生、何やってんですか」

「いやあ、ちょっとパンダの見学に」

「珍獣扱い止めてくれない?」

 悪びれる様子もなく、後頭部を掻きながら教室へ入って来るのは、我が一年C組の担任である功刀(くぬぎ) 英次だ。

「仕事は良いんですか? 次の授業の準備とか」

「準備? 何それ美味しいの?」

「おい教師」

 相変わらずの適当具合に、俺の顔は盛大に引き攣った。

 だが、こんな適当な態度の割に世界史の授業自体はちゃんと要点を押さえて分かり易く纏めている辺り、要領が良いのか。もしくは陰で努力しているのか。

 どう見ても前者にしか思えないが、今それは脇に退()けておこう。

「ずばり、家宅捜索を受けての感想は?」

「どこから持って来たんだそのマイクは」

「カメラに向けて一言!」

「撮るな!」

 テレビ局のクルーが持つような高価で大きいカメラと、マイクを片手にしている功刀(くぬぎ)は、一体何がしたいのか。

 彼が一人二役をこなしているのは単純に凄い話だと思うが、これも今は非常にどうでも良い話である。

「昼休みの時間だぞ!? 俺も飯食いたいんだよ! 全員一旦静かにしてくれマジで!」

「だそうだ、お前ら散れ散れ! 見せもんじゃねえんだぞ」

「アンタもな!」

 急に出て来て場を仕切り出した功刀の後頭部を、俺は軽くしばく。普通なら教師の頭を叩けば説教ものなのだが、彼は特に気分を悪くした様子もなく言っていた。

「少し話したい事がある。弁当箱持ってついて来い」

「……分かりました」

 長い話でもするつもりだろうか。それはそれで憂鬱であるが、周囲から耳目の集まる珍獣状態よりは遥かにマシだろう。

 静かな場所で飯が食えるのならと、俺は功刀の指示に大人しく従って教室を後にしていた。

「――で、何を話すんです?」

「大した事は何も」

「じゃあ俺これで失礼しますね。どっか一人になれる場所で飯食います」

「まあ待て」

 功刀(くぬぎ)の背中に続いていた進路を途中で変更しようとするが、その肩を即座に掴まれて引き留められる。

「今のお前はただでさえ注目を集めやすいのに、家宅捜索の件でいつも以上に時の人だ。便所に逃げ込んだって居心地の悪さは変わらないだろうさ。それにそんなところで飯食ってたら不味くなるぞ」

「む……」

「今の時間なら生徒指導室が空いてる筈だ、そこに行って飯食った方が落ち着けるだろ」

 そう言われては確かに無視する事も出来ず、俺は大人しく彼の背中に続いていく。

 廊下を歩いている最中も生徒たちからは好奇の目を向けられ続けたものの、これはもう仕方のない話だった。

「ほら、じゃあもう座って飯食え。俺も食うからよ」

「早速ですか。まあ、時間も限られてるんで有難く」

 長いようで短い距離を歩き終え、生徒指導室に入った俺達は対面の席に座って弁当を広げる。

 そのまま黙々と食べ始める俺に、コンビニで買ったであろう蕎麦の一口目を啜り終えた功刀が話を切り出すのだった。

「で、率直に言ってどうだ?」

「……どうだ、とは?」

 余りにも主語を端折った問い掛けに、俺は箸を止めて問い返していた。

「家宅捜索を受けての感想、とでも言えば良いのか……今の状況をひっくるめたお前の感想が聞きたいと思ってな。不安とか、何か苛立つ事とかは?」

「無いですよ。ウチは元からそう言う風に見られがちでしたし、いつかはこういう事になると思ってましたから。ま、何事も無かったんですけどね」

「かぁー……達観してんなお前。その歳にして枯れた老人みたいだぞ。何もかも諦めてますみたいなこと言いやがって」

 頬杖をついて呆れとも感嘆とも取れる態度を示す功刀は、気怠そうでありながらも俺のことを心配しているみたいだった。

「いや、そりゃだってこんな身の上ですもん。諦めだって良くなりますよ。どうしようもない事ってのには頻繁に出くわしましたから」

「俺はお前ほど複雑な環境に身を置いた事はないが……それでよくグレないな。どうなってんだお前の精神構造」

「それ(けな)してますよね?」

「けちょんけちょんにして欲しいのか?」

「何でそうなる」

 真面目な話がしたいのか、それともただ単なる談笑がしたいのか。ここまでの会話で、功刀(くぬぎ)の意図が見えてこない。

「……あの、先生」

「分かってる、どうしてこんな事をしているのか、だろ? 単純にお前の精神的な部分を確認したくてな」

「そんな事をしなくても、俺は至って普通ですよ。家宅捜索が入ったからって神経質になんてなりません」

「そりゃ今の会話で充分に分かったよ。それについては俺から言う事なんて何もねえ」

 そこで一旦言葉を切った功刀は、蕎麦を啜ってあっという間に飲み込んだ。その早食い振りに驚かされるが、彼はすぐに話を再開する。

「けどお前、やっぱ元気ないよな。ツッコミとか話し方が若干だけ卑屈気味っつーか」

「は? いやそんな筈は……」

「あるんだよ。自分の境遇について話す時も普段より暗めだ。投げ遣りっつーか……前までならもうちょっとドライな語り口だった気がするんだがな。家宅捜索以外で何かあった?」

 その鋭い指摘に、俺の心臓は跳ねる。

「な、何かって……」

「何かは何かだ。俺はお前じゃないし百鬼組の人間でもないから、それ以上の事は気付き得ない。けど、お前の喋り方が投げ遣り気味になる何かを抱えてるんじゃねえのか?」

「…………」

 脳裏に浮かんだのは、まだ囚われの身になってしまっている綾音の姿。それだけではなく、この前の救出作戦時に助け損ねた十人ほどの存在だ。

 彼らはまだその自由を拘束され、魔法に関する研究の材料とされている筈なのだから。

「やっぱり何か抱えてんのか。話してみろ……つっても話す訳ないわな。少しアプローチを変えよう。それはお前や、お前の近しい人たちの力だけで解決できるのか?」

「……出来る。するしかないんだよ」

 百鬼組(じぶんたち)以外に、綾音や他の囚われた人々を助けられる宛てなんてないのだ。出来なかったら、それでお終い。

 退ける筈がなかった。そして、部外者でしかない功刀にそれを相談できる筈もなかったのである。

 俺の答えを聞いた功刀(くぬぎ)も俺の言わんとしているところを何となく察したのか、深くは聞かずに微笑した。

「なーるほど。随分と決意に滲んだ顔してんな。けど危ない事とか止めてくれよ。その責任俺にも来ちゃうんだから」

「この期に及んでそれかよ。相変わらず教師不適格だな、アンタは」

「よく言われる。だが責任を取りたくないだけで取れっつわれたら取るんだけどね。取りたくねーけど」

「まだ言うか」

「それだけ重要なんだよ。テスト出るぞ」

「何のテストだ」

「功刀 英次検定、的な何かとか?」

 言っていて本人も馬鹿馬鹿しいと思ったのか、耐え切れなくなった様子で吹き出していた。

「下らない冗談はさて置いて、本当にどうにか出来るって言うんなら解決はお前とその周囲に(ゆだ)ねるぞ。教師と言っても俺は他人だから。深くまでは関われない」

「当然ですね。むしろここで食い下がられたらどうしようって話ですよ」

「後日、その結果は上手く行ったのか、行かなかったのか……それも訊かないでおく。元通りになってればそう言う事(・・・・・)なんだろうしな」

 すっかり空っぽになったコンビニ弁当である(ざる)蕎麦の容器をビニール袋にしまい込んだ功刀は、そこで一度大きく伸びをした。

「これで俺からの面談は終わりだ。まあどこに報告するって訳でもないんだが……重ねて言うが、全国ニュースになるような真似だけはしないでくれよ? 俺のワークライフバランスに関わるかもしれない」

「アンタ本当に情けないな。そこは嘘でも恰好つけとけよ」

 人の細かいところまで気付けるような、しっかりとした眼を持った教師なのだから、教師らしいことをしているだけで生徒から絶大な支持を集めそうなものだが……彼はそれ以上を望む気など全く無い様だ。

「少しでも楽して金貰えればそれで良いんだよ。雇い主ってのは少しでも給料を減らそうとして来る連中なんだからさあ」

「しっかりしてくれよ公務員……」

 俺も完食した弁当箱をしまいこみながら呆れの色を滲ませた溜息を(こぼ)していたのだった。




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