第二話 散弾銃バンバン!②
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街中を走る、白を基調とした一般的な乗用車。
その後部座席に座る二人の男は、ゆったりとした雰囲気を纏いながら車窓から見えるアスファルトとコンクリートの海を眺めていた。
「“アーベント”、そちらの首尾はどうかね?」
「私の下に届いている報告の限りでは仔細抜かりなく、と言ったところです。その内、榮森課長に更なる吉報をお届けできるかと」
「ほう? そうか。良い事は続くものだな」
腕を組み、噛み殺した様な笑い声をあげるのは、松ヶ崎警察署に所属する警部、榮森 晋太郎課長。
そんな彼の態度が銀髪三白眼の男――“アーベント”からしてみれば不思議に映って、彼は問いかけていた。
「お偉方との会議途中の電話から非常に上機嫌でいらっしゃいますが……何かあったので?」
「ああ、私の方での事だ。貴様に直接関係ある事ではない、気にするな」
素っ気ない榮森からの答えに、しかし“アーベント”は不満そうな表情一つも見せず一度大きく頷いて見せていた。
「左様で。それにしましても、この国を支配する方々との会議……無事に終わりまして何よりでございます。これで私も一つ肩の荷が下りました」
「気を抜くにはまだ早いぞ“アーベント”。国を支配すると言っても彼らはまだその一部だ。こう言った事は今後も更に続いて行く事になるだろう」
面倒くさそうに目を閉じた榮森は、気分を紛らわすように足を組んでから再び窓の外に目を向けた。
ビルと人と、街路樹が次々と置き去りにされていくその景色に何の感情も抱かず眺めている彼に、“アーベント”は酷く驚いた様子で問い返すのだった。
「何と、まだいらっしゃるのですか。ある程度はこの世界とこの国の情報を手にしているつもりでしたが……この身の不明を恥じるばかりです」
「ふん、果たして貴様が本心からそう思っているのかは知らぬし、何を企んでいるのかも分からぬが、我が国を甘く見るな。少なくともこの世界に於いて、日本は屈指の先進国だ。我が国をどうにか出来るなどという甘い考えは早々に捨てる事だな」
榮森にしてみれば、“アーベント”が何を企んでいるのかは知らない。だが、何かを企んでいる事は重々承知していた。
何せ、“アーベント”は並行世界からわざわざやって来たのだ。そんな人物が日本の、それも警察組織の為に全てを捧げるとは考え辛い。
しかしながらそんな猜疑の視線をものともせず、恭しい態度で“アーベント”は言うのである。
「それは何とも畏れ多い……私のような者には榮森課長の考えている事の一割も実行できますまい。貴方や日本に対する悪意など、持ちようがございません」
「……そういう事にして置いてやろう。だが、もし万が一貴様が我々を裏切ったのだとすれば、貴様もまた無条件で研究材料の一つとなって貰うぞ」
「それは恐ろしい。その様な事にならぬよう、身を粉にして働かせていただく所存でございますよ」
「そうか」
言っていろ異世界人が、と内心で毒づきながら榮森が話を打ち切った丁度そこで、車はウィンカーを出して左折した。すると、そこで松ヶ崎警察署の入り口が姿を見せる。
「長時間、お疲れ様です。榮森課長と……“アーベント”、さん?」
「ああ、御苦労」
「ありがとうございます。運転手さんもお気をつけて」
運転席から降りて挨拶をしてくれた運転手役の警察官に、二人は返礼してから振り返れば、そこはもう松ヶ崎警察署の文字通り目と鼻の先だ。
榮森からしてみればもう見慣れたその敷地内は、しかし隣接する留置所が激しく破壊されているせいでまるで非常事態下に置かれているような錯覚に陥りそうになる。
「“アーベント”、貴様もここ数日は御苦労だった。改めて礼を述べておこう。感謝している」
「勿体無いお言葉で。私はただ、榮森課長のお言葉と指示に従っただけの事ですから」
大きく、角度のある三秒礼をして見せる“アーベント”は、彼の体格や端整で彫の深い顔立ちも相俟って宛ら執事の様だ。
実際、そんな彼の存在は警察署の入り口付近絵は良く目立つのだろう。周囲にいた警官の耳目を引き付け、中にはわざわざ署内から入り口付近まで赴いて、覗いている者の影すらあった。
「“アーベント”、余りこのような場で目立つマネはするな。要らない事で注目を無駄に浴びるのは、好きではないからな」
「それは失礼を。ところで、この後の予定ですが……私はどうすればよろしいのでしょうか?」
「ああ、それもそうだな。まずは貴様も疲れを癒すと良い。もしよければ、この辺で質のいいホテルくらいは泊まらせてやれるが?」
「いえ、お構いなく。私のような者に相応しい塒は、ちゃんと確保してありますので」
ニコリと微笑んで、アーベントは優しい言葉で榮森の申し出を辞退する。するとその彼の態度を目にして更に興味の色を濃くした榮森は、更に言っていた。
「ほう? ならいずれ、その塒とやらに私も顔を出してみたいものだ。貴様の仲間とも一度くらいは挨拶をせねばな」
「まさか、あのような場所に課長をお呼びするのは畏れ多いですから、お構いなく」
ただの辞退ではなく、拒絶の意すらぼんやり滲んで見える“アーベント”の言葉。それに榮森が僅かな不快感と更なる猜疑心を抱かないでもなかったが、深くは聞かずに彼は話題を打ち切っていた。
「意志は固いようだな。なら時機が来たらという事にして置こう。では、ここは一度解散として……」
「課長、数日振りですかな。今の今まで、どちらへ行かれていたので?」
不意に、その会話をぶち壊すみたいに、榮森にとって聞き知った声が割り込んだ。
その声の主に思い当たり、榮森が露骨に嫌悪の滲んだ表情を作りながら声のした方へ目を向ければ、そこには警察署の入り口から姿を現した一人の男の姿があったのだった。




