第二話 散弾銃バンバン!①
学校は、その話題で持ちきりだった。
「実は俺、あの散弾銃持った男女二人組が出た時、近くにいてさあ」
「マジで? 間一髪じゃん」
「とか言っても銃とか撃ってる様子はなかったけどね。何か、二人してきょろきょろして、この街に初めて来たみたいな感じでさ」
聞こえてくるクラスメイトの会話はどこまでが本当でどこまでが嘘なのかは分からないけど、それでも多くの者から注目を集めていた。
そしてそれは俺もまた例外では無くて、頬杖をつきながらクラスメイトの――江出 亮一郎の話に耳を傾けていたのだった。
「海外からやって来たコスプレイヤーとかじゃねえの? 何のキャラコスかは知らんけど」
「だとしても何で松ヶ崎にくる? そこは東京とかじゃね? コスプレイベントがあった訳でもないし」
「確かにそこはおかしな話だよな。来る場所を間違えたとかなのかな」
江出の話を聞いて、彼の友人である土喰 真成は頭を捻りながらそんな可能性を論じる。
「それだけならあんなに警察が動き回る意味が分からないけど。しかも、まだ見つかってないんだぜ?」
「だってのにここ三日動きが無かったからって休校を解除する学校側も無能だけどな。どうせならもっと休み寄越せっての」
「間違い無い、それだけは言える。実際散弾銃なんて向けられたら逃げ場ないって」
「そう? 俺は何とかなる気がするぜ。撃つ前に近寄る、的な?」
「お前アニメの見過ぎだって。イタすぎんだろ」
惚けた事を言って見せる土喰に、江出が空かさずツッコミを飛ばして見せる。そこで彼らの会話が一段落したかと思いきや、二人の視線はすぐに俺へ向けられていたのだった。
そんな彼らの好奇に彩られた視線を受けて、俺は露骨に倦んだ皺を顔に浮かび上がらせつつ、問うていた。
「……何だよ」
「うわ、素っ気ない態度。そこまで冷たくしないでくれよ。ただ質問があるだけなんだからさあ」
「散弾銃の二人組について俺が知ってる事は何もない。これで満足したらどうだ?」
とんとん、と自分の机を人差し指で叩きながら冷めた口調で突き放すけれど、それだけでは江出と土喰の興味を剥ぎ取るに足りなかったようだ。
尚も腹立つ顔と口調で食い下がって来る。
「とか言っちゃって~、本当は何か知ってたりしねえの? 最近、百鬼組の見回りもまた活発になってきた気がするんだよね。警察と協力したりして、何か情報が入ってきたりとか?」
「だから何も無いんだわ。所詮は民間組織だから出来る事も色々限られてくるし、精々が見回って怪しい奴を発見したら警察に通報するくらいだっての」
「でもさ、警察署に隣接した留置所が襲撃を受けて破壊されたりしてんだろ? 警察もあてになんのかよ?」
「…………」
その指摘は、実際のところで言えば当たっている。何せ、ここ最近の一連の事件は魔法とかいう未知の力が関わっているのだ。その知識が欠片も無い組織では、対応に苦慮される事は容易に想像出来た。
だけど、それを俺がここで漏らす筈もなく。
「それこそ俺に訊かれても困るんだが? まあ、警察も警戒を強めて一時的に増員してるとかニュースにも流れてたから、平気なんじゃねえのかな」
「何だよその当たり障りない回答! おもんねえな自分!」
「土喰、俺の前でその下手糞な関西弁止めてくれ。地味に腹立つから」
シラを切る俺を土喰が似非関西弁で非難してくる横で、関西出身の江出が顔を引き攣らせていた。
「……お前ら、俺の席の周りで喧嘩しないでくれよ。頼むから」
「分かってるよ、土喰にだって悪気が無い事くらいはさ。でも駄目なんだ……やっぱイラっとするんだよ」
「けどお前自身が関西弁喋ってるところ見た事ないんだが」
「郷に入っては郷に従えだ。話そうと思えば話せるけどさ」
「別にそこまでする必要ないんじゃねえの……?」
一体何が彼をそこまでさせたのかは知らないが、何か複雑な事情でもあるのだろうか。いや、なさそうだ。江出だし。
……と、欠伸を噛み殺しながらそんな事を考えていたら、教卓側の扉から教師が一人、意気揚々として入って来るのだった。
「おっすおっす。俺、功刀! 今から学年末考査のテスト返しをすっぞ! お前らの絶望に満ちた顔を見られると思ったらワクワクが止まらねえぜ!」
「最低だー!」
「死ね功刀―!」
「悪趣味無気力教師の分際でー!」
いつもの無気力さとは打って変わって非常に生き生きとした様子で教室に入って来るのは、我がクラスの担任である功刀 英次だ。
彼は教材の他に生徒たちの答案用紙を抱えており、それをどさりと教卓に置いてから、わざとらしく額の汗を拭う動作を見せていた。
「いやあ、テスト返すのが遅くなってすまんすまん。ほら、休校とかあって中々返す時間が取れなくてなあ。あと三分後、虐殺(テスト返し)するからそのつもりでいてくれよ?」
「うわぁー、聞けば聞くほど嫌な宣告!」
「教師の風上にも置けねえ! あいつ人の心持ってねえよ!」
先程までの騒々しさとは趣の異なる、悲鳴すら混じった非難囂々(ごうごう)とした空気が、一瞬にして出来上がっていた。
そのお陰で例の散弾銃事件についての話題は見事に吹っ飛んでいて、俺に向けられていた詰問の気配も吹っ飛んだ事に安堵する。
「お、どうした百鬼? テスト返しが怖くねえの?」
「寧ろ怖がる要素がどこにあるんすか? 対策しとけばそこまで難しいもんでも無かったですよ」
「……腹立つなお前。今回も無駄に出来が良いし」
「何で出来が良いと先生が腹立つんすか」
ぴら、と答案用紙の束を捲る功刀は、おそらく俺の点数を再度確認しているらしい。
「良いなあ、護は。羨ましいぜ」
「あんまり下手な点を取ると親も煩いんでね」
特に、ここ最近は百鬼組の人間としても活動するようになり、勉強の成績が仮に低下したら組の活動参加禁止を申し渡されかねないのだ。
故に、今まで以上に勉強に対しては抜かりない。
「なーなー、今度勉強教えてくれよお」
「問題集を二周か三周くらいして苦手な部分潰せば終わるだろ」
「時間が無いんだって」
「作れよ。どうせゲームとかで食い潰してんだろが」
土喰が救難信号を発していたが、俺はそれをあっさりとスルーした。直後に予鈴が鳴る。
「……さて、時間だな。世界史の学年末テスト、返すぞ~」
「遂にこの時が来たか……」
「誰か、介錯の準備をしてくれ」
「トイレに流して証拠隠滅しねえと」
「いや、どのみち通知表でバレるけどな」
「あ……そうだ。テストを返す前に平均点を発表しておこう。全員、しっかりとその目に焼き付けておけ」
言いながら、功刀が黒板に書き記した文字は43点。そして赤点ラインは小数点切り上げで二十二点、とも。
その数字が明らかになった途端、教室は更なる絶叫に包まれた。
「四十、三? 微妙なとこだな……赤点ラインは超えられるか」
「終わったわ……俺、三問くらいしか解けた自信ねえし。絶対赤点だ」
「くっそ、何で配る前に平均点から発表するんだよ!? 怖すぎるだろ!」
「そりゃだって、こうしてから配った方がお前らの絶望した顔を間近で見られるからな」
「清々しいほど下種かった!?」
にっこり笑って悪魔みたいな事を言ってのける担任の姿に、多くのクラスメイトは恐怖した。が、普通に勉強している人からすればそこまで怖いものでもないのだ。
だから俺自身、騒々しい教室の様子を傍観しつつ、前の席に座る奴の背に隠れて携帯端末を取り出していた。
そんな時だった。
「……ッ!」
携帯端末の液晶画面に表示されたチャットアプリのメッセージに目を通して、俺は息を詰まらせる。
『魔力反応増大。ノクスが動き出した可能性がある。要警戒するように』
メッセージの送り主は父だ。居ても立ってもいられなくて、素早く端末をポケットにしまってから席を立ち上がっていた。
「どうした、百鬼? もう授業は始まってんだぞー? 幾ら赤点の危険はないからって、あんまりふざけ過ぎると通知表の評価だって下げざるを得なく……って、おい」
「スンマセン、体調悪いんで早退します」
「……体調悪い癖して動き速いな」
素早く必要な荷物を纏めて教室を後にする俺の背中は、功刀の冷静なツッコミを跳ね返して、無かった事にしていた。
「……もしもし、父さん? さっきのメッセージはどういう意味だ? 何があった?」
『連絡が早いな。まだ授業中の筈じゃないのか?』
「そんな事は今どうでも良いだろ。とにかく、俺は今のところ自由に動ける。どこに向かって何をすれば良い?」
上履きを乱雑に下駄箱へ突っ込んで、運動靴に履き替えた俺は電話の向こうにいる父へ矢継ぎ早に問いかけていた。
すると、スピーカーの向こう側からは真っ先に溜息が返って来る。
『これで通知表の成績がよろしくなかったら覚悟するんだな』
「そんな事にならない様にしてきたつもりだよ。良いから早く指示をくれって」
『まだ全容は掴めてない。早とちりをして無駄な配置にはしたくないから、護は魔力反応の強い所へ先行して様子を確認して欲しい。前回同様、勝手に手を出すなよ』
「……はいはい。で、位置は?」
『今から送る。少し待っていてくれ』
場所次第では自転車よりも、脚力を強化した上で空中に飛び石を作って跳ね回った方が早いだろう。
難点とすれば、日中はそれをやると人目に付きやすいところであるから、やはりここは駐輪場から自分の自転車で移動しておくのが良さそうだ。
『オーバンの話では能力者同士の戦闘が始まっていると見ても不思議じゃないらしい。が、だとしたら“ノクス”とウチ以外の第三勢力に所属する能力者の可能性が浮上するんでな……詳しい情報を、調べられる範囲で頼む』
「おっけいおっけい、場合によっては介入も良いって事ね?」
『下手に動画を撮られたりしなければな』
「あいよ。気を付けますよってね」
送信された位置情報を確認した俺は、無線イヤホンを起動して、携帯端末をポケットにしまう。
それから自転車の鍵を解錠して、アスファルトの海へとペダルを漕ぎだしていた。
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