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第5話 妹は、未経験を理由に混乱し、口走る。 ②






 姉との諍いはものの数分で片がついた。

 勝者は母で、決まり手は石のように堅いゲンコツだった。


 「ケンカなら外でやりなさいっ! 」


 わずかに傾いだ年季の入った木造建築である。そんなオンボロな二階で姉妹が二人、キーキーキャーキャードタバタやっているもんだから、――階下の人間はたまったものではない訳で。

 疾風のごとく母降臨。繰り出された神の鉄槌に、頭の形が変わったかと思った。


 「つぎ騒いだら、今月のおこづかいはお母さんがもらいます」


 そして、母は裁判官のように死刑宣告を告げると、


 「楽しみねぇ。さぁて、何に使おうかしら」


 きっと、嘘や冗談なんかではない、その手の悪い笑みを浮かべ、鼻歌交じりで階段を降りていった。

 母の後ろ姿に、このバカ姉のせいだと、言いたいことはいっぱいあったが、姉の方は玄関の分と合わせて二発ゲンコツを喰らっていたし、


 「痛つつ……同じ所に連続でとか、もう、アンタのせいだからね……」


 その泣き顔に、少しだけ溜飲が下がったので良しとしよう。


 「自業自得でしょ。ざまぁ」


 これ見よがしに鼻で笑うと、不意打ち気味に姉がクッションを投げてきた。だけど、こうみえても運動は出来るのだ。ひらりと体をひねり、すんでの所で回避。

 それを見た姉が悔しそうな顔するもんだから、少しだけ調子に乗って、


 「どうせ、兄ちゃんとケンカしたんでしょ。あーぁ、今度こそは嫌われたんじゃ――」


 なんならアタシが貰ってあげようか? 兄ちゃんなら、喜んで。なんて、軽口を叩いた時、――それはとても見事な早変わりだった。

 同時にアタシは、余計な一言を言ってしまった事に気がついてしまった。

 もしタイムマシンがあったなら、数分前に戻りたい。なんなら今日の朝くらいまで戻りたい。それくらいの大失敗。


 ――兄ちゃんというワードに、姉の顔が一気に赤面したのだ。


 あ、まずい。アタシの脳は、わずかに遅れて、待避せよと危険信号を発した。

 これは始まってしまう。姉のヤマもオチもない与太話が、我が家のジャ○アンリサイタルが、始まってしまう。

 虚を突かれ一瞬たじろぐと、姉の細く長い指が、アタシの手首をつかんだ。しまった、捕まった。振りほどこうにも思ったより力が強く、そしてキモい。姉の手はじっとりと汗でぬれていた。


 「あのさ……」


 そして、モジモジと顔にかかる前髪を片手でいじり始め、


 「あたしさ、なんというかその、」


 ……お、お嫁に行くかも。


 今にも溶けそうな顔で、とんでもないことをのたまったのだ。


 「……え? 」


 ふいに訪れた静寂の時間。カチコチと、秒針の音がする。

 先に口を開いたのは、姉だった。


 「だからさ、そういう事じゃん? アイツがね、いきなりだもんビックリしちゃって……」


 はっと、アタシは瞬時に察してしまった。そして、部屋の時計を見る。もうすぐ午後四時を迎えようとしていた。

 バクバクと、心臓が痛いくらいに暴れはじめる。

 たしか、今日姉が家を出たのは朝10時頃。昼はいつも兄ちゃんと食べるから、姉が帰ってきた15時過ぎまでの約5時間……。

 アタシは、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 え、ウソでしょ。いや、でも、もう姉も高一だし、え、でも、普通はどうなの、え、早いよね、違うの? ……って、アタシがわかるわけないじゃない。

 多分今、姉妹そろってゆでだこ状態である。姉はうつむいて何もしゃべらないし、アタシはパクパクと口を動かすだけで、言葉が出てこない。

 もちろん、今アタシの脳裏をよぎっているモノ。それがどういう事かは学校で習ったし、少女漫画や姉の雑誌で見たことある。

 当然、経験は無いんだもん。知識でしかないけれど、確かに、条件はそろっている。姉と兄ちゃんは、そういう関係では無いけれど、それでも好き同士が二人っきりで個室にいれば、何が起きてもおかしくないわけで……。


 「あわわわ……」


 もはや、脳の回路はショート寸前。目の前の景色がグルグルと回って見える。

 あのヘタレで鈍感な兄ちゃんが、まさか、え、え~っ!?


 ――見慣れた自室で、姉妹二人。畳の上で、だんまりとにらめっこ。


 耳まで熱い灼熱の体温に、空気が薄いのかとても息苦しい。

 そんな、何もかもがいつもと違う室内で、姉が顔を上げ、長いまつげを濡らしながら、


 「――ねぇ、こういうときどうしたら良いんだろう」


 ……姉は、こんなにも美人だっただろうか。


 そして、そのときに、驚きと羞恥と、もう何が何やらいろいろな感情が混ぜ合わさったものが、アタシの処理能力を越えたんだと思う。

 頭が真っ白になった後、アタシは姉の手を強引に振りほどくと、なぜだろう、瞳に涙を溜めて「ひえぇ~! 」と、マヌケな声を上げながら、階段を駆け下りた。

 そして、台所の母に抱きつくと、もう何が何だかよくわからないまま、


 「どうしよう!! 」


 母の胸に顔を押しつけて、


 「お姉ちゃんが、兄ちゃんと、あの兄ちゃんと、……ヤッちゃったって!! 」


 そう叫んだ。

 

 ――その後の事は思い出したくもない。


 鼻歌交じりでお赤飯を炊き始めた母に、今度は姉がしがみつき、


 「お隣さんにも御挨拶いかなきゃよね~♪ 」


 「やめて! ほんとにやめて!! アタシまだ何もしてないから!!! 」


 あのあとすぐ、アタシの素っ頓狂な叫び声を聞いたのだろう。駆け下りてきた姉は、『ばかぁっ! 』と一言。間髪入れずにアタシの左頬へと飛んできたのは、渾身の平手打ちだった。


 「――でも、結婚はちゃんと生活できるようにならないと許しませんからね~♪ 」


 「だ・か・らっ! 違うってば、も~!! 」


 ねぇ、あの子のことなんて呼んでるの? もしかしてダーリン? やだ~♪ ハニーとか呼ばれてたりして~♪  なんて、ニヤつく母に姉は真っ赤な顔で唸るしかない。


 ……はぁ、アホらし。


 ヒリヒリと痛む頬をなでながら、もう一度ため息をついた。

 今のアタシは、ただ遠巻きに眺めているだけといった、もはや完全に蚊帳の外。

 結局はいつもの展開である。姉のペースに振り回され、結果ひどい目に遭ってお開き。

 巻き込まれればこうなると、毎度のこととわかっちゃいるが、沸々と無性に腹が立ってきた。

 この感情は、きっと八つ当たりもあると思う。目の前の、あの様子じゃ本当にそういう行為は無かったのだろうけど、やっぱりアタシは、どこか気に入らないのだろう。

 アタシは、ゆっくりとその場を離れると、静かに階段を上りながら、スマホに指を走らせる。一言いわなきゃ収まりそうにない。

 なので、短いコール音の後、相手の返事を聞き終わる前にアタシは言ってやった。

 いろんな感情を込めて、


 「おしあわせに! ばーかっ!! 」






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