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第36話 アタシはまた、懲りずにやらかして……。 ②







 流石というか何というか。そう世の中は上手くいかないもの。やっぱりというか、そりゃそうだというか。


 本当に歯がゆいわ。


 ……そこから先がまったくアタシの思惑通りにいかなくて。


 だって、いざ誘おうにも、アイツの周りって、基本的に誰かいるのよ。

 大体男子ばっかりなんだけど、そりゃ、最高に良いヤツだもん。

 ガツガツ自分から話しかけるタイプじゃないし、クラスではぼんやりしてることが多いヤツだけど、どんなヒトでも、一度アイツと話をすれば、彼がどれだけ良いヤツかすぐに気がつくの。

 アイツってば本当に気が利くし、とんでもない聞き上手だから。そんな自慢の幼馴染みだもん。話してみると面白いヤツだな、なんて、自然と友達が増えていくのよね。


 それに、今更言うのもなんだけど、顔も悪くない。むしろカッコイイほう。

 以前、


 『……お姉ちゃんはバカだから気づいてないだろうけどさ』


 『ん? 何? ケンカする? 』


 『兄ちゃんってさ、すっごいカッコいいよね。イケメン』


 『は? 何かと思えば、くっだらない』


 妹もそう言ってたし、アタシもそこに異論はない。

 というか愚問よね。アイツがカッコいいなんて、もはや周知の事実でしょうに。

 不思議とライバルの存在がないのが救いよね。あんなにカッコいいんだもん。アイツのことを好きになる女子なんて、山のようにいてもおかしくないのに。

 まぁ、いたらいたで困るんだけど、まったく誰も居ないってのは、それはそれで不気味なわけで。


 当然、人それぞれに好みはあるだろうし、もちろん、アイツの見た目に否定的な女子もいた。


 あぁ。今思い出しても腹が立つわ。

 いつだったか、違うクラスの女子がアイツのことを、


 『うわー見てよ、地味な顔。雰囲気からして根暗っぽいし、たぶんキモオタってやつでしょ』


 って、彼に聞こえるほどの大声で、笑いながら小馬鹿にしやがったのよ。


 『――は? 』


 学校で、あそこまで頭に血が上ったのなんていつ以来かしら。……首根っこ捕まえて、ボコボコにしてやろうと思ったわ。


 とりあえずその時の心情としては、こうね。


 ――もう一度言ってみなさいよ。死ぬほど後悔させてやるから。


 あのね、別に地味でも根暗でもオタクでも良いじゃない。個性でしょ? その人が持つ、良い部分よ。そもそも、それがアンタ達に何をどう迷惑かけたというのか。


 確か、その女子達が廊下に捨てたゴミを、アイツが拾ってゴミ箱に入れたの。多分、その行動が彼女たちの目には不快に映ったんでしょうね。


 もう、アタシはブチッとキレた。


 だってアイツ何も悪いことしてないじゃん! 何も言わずにゴミ拾ってあげてんじゃん! それなのに、何、あの言い草は!

 短気は損気よ直しなさい。そうお母さんからずっと言われているけれど、アタシはね、彼がイタズラに侮辱されるのだけは絶対に許せないし許さない。


 アイツのこと馬鹿にしてんじゃないわよ! 笑われるのはアンタ達の方なんだから!


 突然アタシが机を殴りつけて立ち上がったもんだから、周りのクラスメイト達も驚いちゃって。そして、もちろんアイツも、驚いた顔をしていたわ。

 静まりかえった教室と扉を挟んだ廊下で、アタシと、そのクソ女ども。もう一触即発よ。

 アタシは怒髪天。マグマのように腸煮えくりかえっているし、同時に、怒りって許容量を振り切ると、とたんに表情を失うものだと知ったわ。握りしめた拳だけが、ブルブルと震えていて。

 その雰囲気にあてられたのか、なぜか、隣の友人が「……ご、ごめんなさい」悪くもないのに真っ青な顔で謝ってくる始末。


 そうね、その時も、アイツの友人達が間に入って撃退してくれたのよ。


 それはもう、アタシの中では拍手喝采。口の上手いヒトってホント得だと思うわ。胸のすくような見事な口撃だった。


 まさにタッチの差。援軍があと数秒遅かったら大立ち回りを演じる所。


 まぁ、アタシとしてはそのバカ女達が、いかにバカでアホでおたんこなすなのか、ネチネチと思い知らせてやりたかったけど、でも、そうね。同時に、アイツを助けてくれる人たちの存在に嬉しくもなったのよね。

 アイツはさ、口ベタでおとなしいヤツだもん。あのままじゃ間違いなく言われっぱなしで周りが悔しい思いをしただろうし、なによりも、あれ以上拗れると、アタシがあのふざけたバカ女の鼻っ面に、全力の右ストレートをお見舞いしていたと思う。

 でもだからといって悪目立ちするのはイヤだから、半泣きで逃げるように立ち去ったバカ達の背を見ながら、あのときは本当に感謝したわ。


 ――でも、本当に申し訳ないのだけど、今は、ごめんなさい。


 今度こそはと、休み時間に入ったら誘おうと、そう構えていたのに。

 アイツの御友人達よ。すみませんが、今はジャマなのです。ちょっとどいていただけないでしょうか。

 彼は今も、友人の一人と談笑していて、そんな中、アタシが割り込んでいくなんて、天地がひっくり返っても無理よ。

 出来るわけないじゃない。アタシを誰だと思ってんの? やっかいな人見知りよ?


 そわそわと浮き足立つアタシに、教室の窓からは、爽やかな風がながれてくる。


 それが少し肌寒くって、グラウンドを眺めながら、頬杖をついてしまう。

 まったく、溜息の一つも出るってものよ。あと少しなんだけど、そのもう少しがいつも上手くいかない。

 気ばっかりが焦ってしまって、空回りしてしまいそう。

 そうね、こんな時こそ深呼吸。出るのは溜息ばかりだけど、まずは落ち着かないとダメだ。

 今日は絶対に失敗できないんだから、ひとつひとつ丁寧にこなしていくほかない。

 最悪のパターンは容易に想像できる。なめてもらっちゃ困るわ。アタシがどれだけ失敗を重ねてきたと思ってるの。

 とにかく一番ダメなのは、彼をお昼に誘えないこと。

 これは最悪。きっと、アタシ泣くわ。お昼を食べながらめそめそ泣くでしょうね。


 今も想像しただけで涙ぐみそうになった。


 だって、自分の事だもん良く知ってるわ。

 そのままグジグジと失敗を引きずって、放課後も絶対ろくな事にならない。そうなると、いよいよアイツから愛想を尽かされかねない。

 いや、もしかすると、もうほとんど見限られている可能性すらある。妹も言ってたもの、今回ばかりは嫌われたかもしれないって。


 胸が、心臓が、チクリと痛む。アタシは、本当に『キライ』という言葉に弱い。


 アイツは昨日の晩に、怒ってないよと言ってくれたけど、でもね、彼が優しいの知ってるもん。アタシが傷つかないように、そう言ってくれただけかもしれない。


 どうしよう。なんだかマイナスの事ばかり考えてしまう。


 今までの自分の行いを振り返ると、アタシってば、ワガママばかりのウザったらしいイヤなヤツ。

 そんなの、小学生のときに居た、しつこくちょっかいかけてくる本当に苦手だったあの男子達と変わらない。

 そう、変わらないのよね。

 相手の事を考えない、自己中心的なダメなヤツ。アタシはまさに、アイツにとっての疫病神のはずなのに。

 それなのに。


 ――そう。それなのに、アイツはアタシの事を好きって言ってくれて、これからもずっと大好きって言ってくれた。


 でも、そんな彼に、結果的にだけど、アタシはとんでもなく酷いことをしちゃったのよね。


 ……あ、ダメだ。泣きそう。


 鼻の奥がツンと痛くなってきた。

 昨日から、そのことを考えると、心臓が握りつぶされるように痛んで、もう、どうにかなってしまいそう。

 もし、時間を巻き戻せるのなら、あの日曜日に戻りたい。戻ってすぐにアタシの気持ちをぶつけたい。

 なんなら、その時間にいるアタシを、ギタギタにして地面に転がしてやるんだから。


 『アンタのせいで、未来のアタシは散々よ! 』


 なんて、ついには自分自身に八つ当たりしてしまうんだから、アタシってヤツは本当に駄目なヤツね。救いようがない。


 あぁ、どうしよう。どんどんと、不安ばかりが大きくなっていく。


 ――もし、アイツをお昼に誘えなかったらどうしよう。


 ――もし、アイツに告白できなかったらどうしよう。


 ――もし、もしも、イヤだけど、アイツに『キライだ』とフラれたら……。


 いよいよ、あの窓ガラスから見える風景が、ゆらゆらと歪んで見えてきた。

 いや、だってこんなの涙ぐらい出るでしょ。まだこぼれてないのが、もはや奇跡。

 でも、ホントにどうしよう。面と向かってフラれたら。アタシ、ショックで心停止する自信すらあるんだけど。


 だって、そうでしょ。


 アンタはいったいこれから先の人生どうするの。


 アイツが隣に居ないのよ。楽しいことがあったとき、悲しいことがあったとき、お腹を抱えて笑ったとき、大声で泣いたとき、そして、無意識にアイツの名前を呼んだとき。


 そこに彼がいないのよ。どこにも居ないのよ。そんなの、辛いなんてもんじゃない……。


 ――たぶん、反射的にだと思う。


 そんなぐちゃぐちゃでボロボロの精神状態なのに、ふと、聞き慣れたくしゃみに、反応してしまったのは。

 見ると、アイツもこっちを見ていて、何でだろう、目と目が合う、それだけで無性に嬉しくて。

 照れくさくて、そして涙ぐんだ顔を見られたくなくて、すぐ目を背けちゃったけど、自然と口角が上がって仕方がない。

 別に、笑いかけてきたとか、手を振ってくれたとか、そんなうれしいアクションを起こしてくれたわけじゃないわ。ただ一瞬、ほんの一瞬目と目が合った、本当にそれだけのことなのに。


 あぁ、やっぱりアタシ、アイツに完全に参ってしまっているのだろう。


 わかっちゃいたけど、そうなのよね。ぞっこんでベタ惚れで、メロメロなわけ。もはや両手を挙げて降参よ。これっぽっちも否定できないわ。


 ――でもね、習慣って怖いわよ。これから先のやったこと、ほぼ無意識なのよ。脳が考える前に、身体が動いてる。


 気恥ずかしさは確かにあったんだけど、だからってこれはないわよ。もしかすると、やっぱりアタシってバカなのかな。考えが足りないというか、浅はかというか。

 だって、呆れ果てて何も言えないわ。ここまで来ると、わざとやっているのかと疑うレベル。


 でも、もうそれは、ものの数秒で全部終わってしまったことで。


 気づいたときには遅くって、慌てて取り消そうにも、後の祭り。いよいよ呆然としてしまうわ。

 なんせ、いつもの感じで、


 『こっち見んな、バカ』


 可愛げのない攻撃的なメッセージを送ってしまっていたのだから。


 ……終わった。血の気が引いて、同時に、アタシの恋は今この瞬間に終わりを告げたと確信した。


 何度も何度も画面を操作するけど、時間は逆に進まない。やり直しがきかないの。


 あぁもう、なんでよ、もう……。


 どの面下げて、お昼に誘うのよ。

 アタシがアイツの立場なら、いよいよ無理よ。目が合っただけでこんな暴言吐かれるのよ。何だコイツ偉そうに、って思うもん。誰がお前みたいな面倒くさいヤツと昼ご飯なんて食べるかよ。って、そう思うもん。

 そうなったらどうするのよ。これからどう行動すれば良いのよ。そんなの、どの面下げて、今日の放課後アイツに想いを告げるのよ……。


 あれだけ騒々しかった教室の音が、全く聞こえなくなって、ぎゅっと胸だけがどんどんと締め付けられていった。


 これ以上、アイツの心証を悪くしちゃいけなかったのに。アタシはまたもや、間違えた。今までずっと、この繰り返し。間違えて、失敗して、間違えて、失敗して……。

 手に持ったスマホはそのメッセージの画面で止まっていて、アタシも、涙をこぼすのは、もはや秒読みで。

 もう無理。これは修復不可能よ。後戻りなんて出来ようもないわ。きっと、後ろを振り向けば、アイツはアタシを無視するでしょうね。もしかしたら、今からずっと口もきいてくれないかもしれないわ。だって、我慢の限界って、みんな絶対にあるもの。


 さっきまで肌寒かったのに、なんだか身体が熱くて仕方ない。同時に、胸が痛くて痛くて、どうしようもなくて、苦しくて、辛くて。


 ……もう、ヤだ。


 うつむいてそう小さく呟くと、いよいよ一粒だけ涙がこぼれ、膝上の手に持った携帯画面を叩いた。


 ――だから、きっとスマホが震えたのは気のせいだ。


 もし仮に、現実に起きたことなら、アタシは奇跡も神様も仏様も、まるっと全てを信じるわ。だって、アイツからの返信なんて、こんなタイミング良く届くわけないもん。

 きっと弱ったアタシの心が生んだ幻想ね。精神の安定を保つために、脳が無理矢理幻覚を見せているのかもしれない。

 いよいよ、もう精神的にへし折れて、潰れてしまいそうなんだもん。それくらい疑うわよ。


 なんせ、新しく表示されたメッセージには、こう一言だけ。


 『――成功するさ、頑張れ』


 アタシは、ゆがむ視界で確かにその言葉を見たわ。


 あぁもう、ホントにもう……。ウソよ。ウソ。そんなわけないわ。アタシの頭をよぎったのはそんな否定の言葉ばかりだった。

 だって、こんなのありえないじゃない。こんなバカでワガママで泣き虫で迷惑ばっかりかけてきた面倒な女に、――教室の中で、周りに何人も同級生がいるんだもん、もうアタシは、こぼれそうになる涙を堪えるのに必死。――だって、これじゃまるで、アイツがアタシからの告白を、心待ちにしてくれてるみたいじゃない。


 なんなのよ。なんなのよ。ホントにもう、なんなのよ。


 アタシの困っているときに、弱っているときに、どうしようもないときに、いつもココしかないというタイミングで、アイツは手を差し伸べてくれる、一番欲しい言葉をくれる。

 そんなのもう、


 ――好きになって当然じゃない。


 アタシは、次々とこぼれそうになる涙を周囲から悟られないように、鞄からタオルを取り出すと、顔に当ててそのままゆっくり机に突っ伏したわ。


 いいの? 勘違いしちゃってもいいの? 喜んでもいいの? 本気にしてもいいの?


 ――アタシはアンタに、好きだって言っても、ホントにいいの?


 「……うれしい」


 いつの間にか音の戻った教室で、きっと後ろのアイツは変に思ったでしょうね。


 だって、そのまま四限目がはじまるまで、アタシは、これっぽっちも顔を上げることが出来なかったんだから。









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