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第24話 僕は、やっぱり彼女が愛しくて、辛い。 ④







 ――先輩が、またなと足早に去った後、僕は彼女と二人、歩き始めた。


 それにしても、台風のような人だった。身体の節々が軋み、頭も痛む。でも、不思議と心が軽くなったのは、言いたいことを吐き出せたからかもしれない。

 ぐるぐると同じ事を悩み続け、抜け道がない迷路に迷い込んでいた。誰に相談出来るわけもなく、思考のループに陥っていた。

 結果的にそんな僕を引きずり出してくれただけでなく、強引だったけど背中まで押してくれた。

 今となっては、激高していた自分自身が恥ずかしい。なぜあそこまで腹が立ったのか、我が事ながら、まったく理解ができない。


 「……ちょっと、ちゃんと反省してんの? 」


 あぁ、してるよ。

 隣から、僕の顔をのぞき込むように、彼女が問いかけてくる。頬をわずかに膨らませ、怒っていますよと、こちらの二の腕に軽くパンチを繰り出してくる。

 本当はあの時、あんな恐い先輩と何話してんのかなと、色々聞きたいことはあるけれど、人見知りな彼女だ。足がすくんで待ちぼうけ。

 でも、いきなり僕が一方的に掴みかかったもんだから、相手があんなにデカい熊みたいなヒトだからな。あのままではどんな目に遭うだろうか。ボコボコにされるとこなんて見たくないわよゴメンだわ。と、コイツは泡を食って止めに入ったらしい。

 あの先輩も、僕みたいなヒョロイのに本気を出しはしないだろうけど、あの時、確かに彼女が止めてくれて良かった。

 彼女としては、何であんなに僕が怒ったのか。そのケンカの理由を知りたいようだけど、こちらとしては、あそこまで情けない理由もないからな。口が裂けても言えるわけがない。

 だからこんな時、いつもなら誤魔化すように、当たり障りのない話題を振るんだけど、


 『諦めんな』


 先輩の一言が臆病な僕を力強く後押ししてくれる。


 ――僕は、隣を歩く彼女の肩を抱き寄せた。


 理由もなく、彼女を抱き寄せたのは、初めてだと思う。少なくとも、僕の記憶の中には存在しない。

 多分、彼女の思い出の中にもないことなのだろう。僕の突然の奇行に、鞄を足下にドサリ。取り落とすとピタリと足を止め、とても驚いた顔を見せたのだから。

 でも、僕にはさっき、どうしても言っておきたいことが出来たのだ。しかも、今言わないと、きっとまた、後からは言えなくなる。

 彼女にとっては唐突だろうけど、今日言おうが明日になり、来週になり、そして、またずっと言えなくなる。だから、


 「……あのさ」


 彼女のまん丸になった目を見て、僕は言った。


 「これから先もずっと、僕はおまえの事を好きだから」


 先輩の『諦めんな』は、誰にも渡すなという意味だろうけど、やっぱり僕は、彼女の幸せが第一だと思うから。

 だから、せめてこれだけは言っておこうと思う。


 「ずっとずっと好きだから。多分、お前より好きな人なんて、これから先の人生で出会うことなんてないだろうからさ」


 突然肩を抱くなんて、ちょっと強引だけどさ、後から後悔するのはもう嫌だから。


 「そんな馬鹿なことを言っていた幼馴染みがいたな、くらいで良いからさ、」


 こんな時、どんな顔をするのが正解なのだろう。そして今、僕はどんな顔をしているのだろう。

 溢れる感情に、言葉が追いつかない。油断すると、すぐにでも支離滅裂なことを言ってしまいそうになる。

 でも僕は、これだけはきちんと伝えておきたいんだ。


 「ずっといつまでも、いや、せめて頭の片隅にでも入れておいてもらえると、……お前を好きな、僕は嬉しい」


 突然何を言い出すのかと思われたかもしれない。

 きっと意味不明な話を聞かされて、なんだコイツはと訝しんだかもしれない。かくいう僕も、昨日から自分が少しおかしくなってしまったかもしれないと疑っている。

 ただ、何も難しいことが言いたいわけじゃないんだ。だから肩肘張らずに聞いて欲しい。僕はこれから先、ずっとお前を好きでい続けますと、ただそれだけを知ってもらいたいだけだから。

 そんな僕に、


 「結局何が言いたいの? 」


 どうしたのよ急に。と、鼻同士が当たりそうな距離で、彼女は呆れたような苦笑いをみせた。


 「なによそれ? プロポーズか何かのつもり? 」


 彼女は自分の胸に手を当てて、呼吸を整える。


 「あのね、昨日からちょっと変よ? いつも言わないようなことばっか言ってさ。ビックリさせないでよ、もう」


 もう片方の手では暑い暑いと顔を扇いで見せた。

 確かに、言われてみればそのとおり。僕の言葉は、プロポーズの台詞に聞こえなくもない。

 いやはや、天下の往来で何を言っているんだと、我ながら笑ってしまう。つられて彼女もあきれ顔で笑った。

 でも、そうか、プロポーズか。

 映画やドラマでは、男が跪いて煌びやかな婚約指輪なんて見せるシーンなのだろうけど、あいにく今の僕にはそんな高価もの手に入れるすべがない。だから、――僕は、彼女の前に立つと、ゆっくり跪いた。

 珍しく人通りの少ない帰り道。ムードもへったくれもない、雑草の生えるアスファルトの上で、彼女の左手を握り、僕は言った。


 「……返事は、いつでも良いから」


 まだ今は、笑い話で良い。

 見事までにバッサリと、恋に敗れた男が、未練たらたらプロポーズの真似事をしたんだ。彼女にとっては呆れかえることだろうけど、ただこれから先、コイツでも良いかと思ったら返事をくれ。

 まったく、ずいぶん悠長でタラレバな話だと思う。

 10年先か、20年先か。それこそお前にとって何度目の結婚かわからないけれど、だけど、その時は僕が喜んで貰ってやるから。見たことのないくらいデカい宝石のついた指輪を持って、もう一度、この台詞を、お前の目を見て言ってやるから。そして必ず幸せにしてやるから。


 「……え」


 目の前の彼女はもう一度目をまん丸に見開くと、顔をゆっくりと朱に染めなおし、わなわなと口を震わせた。


 ――もちろん、返事なんて帰ってきやしない。


 彼女はたぶん、また気分を害したのだろう。日曜と同じ雰囲気を感じて、あぁやっぱりダメかと、項垂れてしまう。


 ……あれだけ背中を押されたのにな。


 先輩には申し訳ないけれど、これだけ足掻いてみても、結局僕は、彼女を振り向かせることが出来ないのだから、本当に情けなくて涙が出てしまいそうだ。


 ――見ると、赤紫色の空は、遠く夜の色に染まっていた。









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