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第13話 俺は、可愛い後輩たちのために、一肌脱ごうと笑った。 ②






 物陰から顔だけ出すと、そこには一人の男子学生が立っていた。


 ネクタイの色から、一年生だとわかる。しかも、手には俺と同じ園芸用のスコップと、ゴミ袋が。

 こんなヤツいたっけな?

 委員会の集まりなんざ、まともに顔出しちゃいないからな、同じクラスの世話焼き眼鏡女子以外は記憶にない。

 見たところ、どこにでもいそうな普通の一年坊主だ。イケメンでもなけりゃ、腕っ節が強そうにも見えない。

 こんな場面、マンガやアニメなら、ハイスペックな細身の美男子が、筋肉量に反した動きを見せ、プロの格闘家も真っ青な超絶技巧を用いてボッコボコに野郎を打ち負かすんだろうけど、スマンが逆立ちしてもそういうタイプには見えない。

 ついでに助けられた女子とラブコメに発展出来るようにも思えない。

 あれだな、クラスに一人くらいはいる一日中ぼんやりと窓の外を眺めているキャラだ。

 こういうヤツは話すと面白いヤツが多くてキライではないのだが、決して今みたいな場面で活躍する人種ではない。


 ――ないはずなのだが、


 突然、第三者が背後に現れたもんで、クズは言い訳でもしようと考えたんだろうか。焦ったように女子の腕を離し、少しだけ間を開けた。すると、


 「もう切り上げないと、集合時間に間に合わないよ」


 一年坊は、慣れた動きでクズと女の子の間に身体を入れた。

 うぅむ。お見事。

 思わず感嘆してしまう。まずは、自分を壁にすることでクズの手が彼女に届かない距離をとったわけか。

 俺ならばギラギラに睨みを効かせて威嚇して、『あ? 何やってんだ? ダセェことしてんじゃねぇぞ? あ? 』といった険悪な状態にしかできないが、なるほどな。勉強になる。


 「先輩たち待たせると、うるさいからね」


 そして、にっこりと無邪気に笑うと、当たり前のように手を引いて、まるでクズがその場にいないかのように少女を日の当たる場所へと誘導していく。

 へぇ、やるなぁ。

 確かに、あの手のタイプは人畜無害な雰囲気のヤツが多い。

 安心できる空気感をまとっているとでも言うか、彼女もそれを感じ取ったのかな。カンダタの蜘蛛の糸ではないが、文字通り救いの手に見えたんだろうね。嫌がる様子もなく一年坊の手をしっかりと握っている。

 知ってるか? この年頃の女子は、そう簡単に男子の手なんか握らないんだぜ。嫌いな奴の手ならなおさらだ。というか、触れるだけでNG。

 俺なんか、先日転ぼうとしたアイツの身体を支えてやったら突き倒されたんだぞ。

 確かに女子の腰に手を回したのはダメかも知れないけどさ。いや、俺が抱きかかえるように支えなきゃ間違いなく転んでただろうに。

 大丈夫か。って聞いた俺を、引きつった顔で突き飛ばすんだもんな。ヒドいもんだ。


 『皆が見ています』


 だから何なのだと。公衆の面前でスッ転ぶ方が余計に恥ずかしいと思うのは俺だけなのか?

 とまぁ、実体験だからな、間違いない。まぁイケメンは例外とも聞くけれど、目の前の一年坊はお世辞にも美形ではないしな。人のことは言えないけども。

 それにしても手際が良いもんだと、あらためて一年坊の立ち振る舞いに感心してしまう。

 あとは、勝手に彼女に逃げてもらうだけ。間にヒトがひとり入っているので、クズは追いかける際、あの一年坊をどうにかする必要が出てくるわけで。

 そんなこんなでウダウダしている間に、彼女はより遠くまで逃げおおせるというところか。単純なナンパなら、走って追いかけるよりも次を探したほうが早いからな。その場はそれで回避できるというわけか。

 こういった場面に慣れているというか、初めてでは無いのだろう。女子の誘導の仕方や会話の自然さが、経験値の高さを物語っている。

 けっして一朝一夕で身につくものではない。

 日常生活の中で、こんな場面に出会うことなどまれなはずなのに、よほど身近にナンパされっぱなしの女子がいるのだろう。

 だが、どう転んでもコイツに美人の彼女がいるとは思えないし、美形の姉や妹でもいるのかね。それなら、ぜひ紹介してもらいたいものだ。


 「――おい! 」


 突然の怒声と共に、そういえば、この場にはもう一人男がいたことを思い出した。男といっても頭にクズがつくクソ野郎だけどな。

 そしてさすがというか何というか。クズは後ろから一年坊の背中を思い切り蹴り飛ばしたのだ。

 大方、他に誰も見ていないからだろうね。それを良いことに、このバカな上級生は感情のまま暴力を振るうのだから呆れてしまう。

 この状況でまだこの女子をどうにかしたいのかと。その見てくれなのだから、真面目にしてりゃ相手には困らないだろうに、盛りのついたバカはどうしようもない。

 唯一の頼りである少年が突然攻撃されたのだ、しかも相手は恐怖の元凶であるクズ男。荒事には慣れていないはずだろうから当然、少女は短い悲鳴を上げ歩を止めた。

 続けざまに一年坊の横っ腹に蹴りが入る。

 その光景に思わず顔をしかめてしまう。他人事だが、アレは痛い。

 後ろからの不意打ちは結構こたえるんだよな。しかも腹回りはキレイに入れば悶絶もの。一年坊は膝をついて咳き込んでしまっている。

 すぐさま反撃しないところをみると、大方の予想通り、ケンカはからっきしみたいだ。


 「だ、だいじょうぶですか……」


 真っ青な顔のまま少女はクズに怯えながらも、一年坊の背中を震える手でさする。

 本当なら、一年坊がボカスカやられてる間に、女の子にはさっさと逃げてほしいんだけどな。でもまぁ、優しくて良い子じゃないか。彼女にするならこういう子だ。――なんて言ってる場合ではないか。

 いいかげん頭にきた。本当は、あの一年坊の見せ場だし、見物しとこうかなと考えたが、どうも旗色が悪い。それに、ただ見てるだけってのもストレス溜まるんだよな。それなら突然俺が出ていって、あのバカな上級生をタコ殴りにするのも一興だろう。


 「ヒトの告白邪魔しやがって、クソ一年が弱ぇくせにカッコつけてんじゃねよ! 」


 それにしても、悪いのは自分だろうに、這いつくばる一年坊に向かって、よくもまぁそんな上からモノが言えたもんだ。

 ダサすぎる。まったくいつ見てもくムカつく野郎だ。だいたい、あんなのが告白なわけねぇだろ、繁華街のキャッチが幾分ましに思えたぞ。

 でもまぁ、二三、小言を言わせてもらうならば、おい、一年坊。せっかく良いタイミングで登場したんだからよ、どうせ格好つけるなら、このボケナスに一発喰らわせて、彼女を抱えて逃げるくらいの体力は持っといてくれよな。

 こんなもん見せられたんだ、俺のフラストレーションは溜まる一方だ。


 「なんだてめぇ、それともその子に気があんのか? 」


 クズの怒声に、……そうなのか?


 「はっ、冗談きついぜ。鏡で自分の面見て出直せよ? 」


 テメェみてぇなブサイクに、つきまとわれたら可哀想だろうが。

 なんて、バカな上級生は鼻で笑い嘲っていたが、ちょっと黙っていてもらえないだろうか。

 だってよ、それならそうと言ってくれ。

 傍らの少女は、初耳ですといった驚きと戸惑いをごちゃまぜにしたような顔をしているが、きっと俺も今、似たような顔をしていることだろう。

 もう一度言うが、それならそうと、なぁおい、言えよ。

 でもまぁ、なるほどと、そういうことなら話は変わるだろうよ。モヤシのくせに好きな子の為だからな、無い勇気振り絞って頑張ったんなら格好良いじゃねぇか。

 もちろん、例のクズに一年坊も言われっぱなしではないようで、


 「そ、そっちこそ! 」


 よほど痛むんだろうね。だけど、さすがというか、やはりタイミングのいい男である。咳込みながらも気持ちのいい声で、胸のすく一言をズバリ言い放ちやがった。


 「……本当に好きなら、大切にしろ! 」


 面白い。この土壇場で相手を睨みつけるなんざ、そうそう出来ることじゃない。

 情けなく地面にしゃがみこんじゃいるけれど、なかなかの男前だな。やっぱり人は見てくれじゃない。あれだな、俺の好きなタイプだ。

 そして、予想外の反論がグウの音も出ないほどの正論だったからか。バカなチャラ男もいよいよ頭にきたようだ。


 「キモいんだよ、てめぇ! 」


 ウザそうに唾を吐き、おいおい、それは死体蹴りってやつだろうが。一年坊の丸めた背中を踏みつけようとする。

 そんな、足を上げたクソ野郎に、


 「やめてください! 」


 少女は震える声で、はっきりと叫んだ。


 「か、彼は気持ち悪くないです!! 」


 一年坊を庇うように前へ出て、キッとにらみ返す彼女の姿に一瞬面食らったが、文句言う所はそこじゃないだろう。方向を間違えた彼女の切り返しに、すぐに笑みがこぼれる。

 そうそう。彼女にするなら真面目で優しくて、今みたいにここぞという時に啖呵を切れる。そんな芯の強い女の子が良い。

 もしクズ野郎の言うように、一年坊がこの子に惚れてるんなら、大変だ。この手の器量好しはべらぼうにモテるからな、自分と重ね合わせるわけじゃないけれど、きっとスゲぇ苦労するぞ。


 ――俺は上着を放ると、右肩と首をぐるりと回す。


 ここまで温まった舞台で、本来は一年坊の見せ場だが、なんだかんだ言ってもそろそろ止めに入る頃合いだろう。

 やいのやいのとまくし立てるクズ野郎に後ろから腕捲くりしながら近づいていく。

 奴さん、興奮しすぎてこちらに気がつかないようだ。このまま俺もコイツの真似して、この憎たらしい背中を蹴り飛ばしてみようか。

 きっと、アイツに見られたらまた怒られるんだろうな。でもまぁ、ああ見えて話の通じるヤツでもあるし、案外、以前の自分と重なって今回は許してくれるかも知れないね。


 ――逆光気味の夕日がより一層濃い影を作る。そんなカビ臭い所から、突然、こんなデカいヤロウが出てきたんだからそりゃあ驚くってもんだ。


 しゃがみ込んだまま、苦しそうに顔をしかめる一年坊には悪いが、あとは俺が仕切らせてもらおうかね。

 近くで見ると、やっぱり可愛いじゃないか。俺は口の前で人差し指を立てて、静かにしててなと女子に合図を飛ばす。

 きっと、彼女には何が何だか訳がわからないだろうけどさ、小さな頭が静かにうなずくって事は、まぁ、敵じゃないってことだけは伝わったんだろう。


 ……さてと。


 未だにぎゃあぎゃあと喚き散らす、バカでクズな先輩にはそろそろ黙っていただくとしよう。

 俺は背後から、わざとらしく目の前のバカの肩に手を置いた。

 まさか他に人が居るとは思っているはずもなく、面白いように、びくりとクズの身体が跳ねる。


 「よう、先輩。おひさしぶり」


 振り返り俺の顔を見た途端、――覚えていてくれたようで光栄だ。――凍り付いたバカ面にとびっきりの笑顔を見せた。そして、


 「選手交代だ」


 額同士がこすれ会う距離で、盛大にメンチを切りながら言ってやった。


 「可愛い後輩に代わりまして、代打、俺」








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