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第1話 僕は、かっこ悪い男だな。

 




 それは、どこにでもある高校の、特に代わり映えのしない火曜日のことだった。


 『なんだか様子がおかしい』


 ちょうど三限目の授業が終わり、いよいよ腹の虫が鳴き始める、そんな休み時間に僕はその噂を耳にした。

 どうやら噂の種は僕の幼馴染のようで、


 曰く、

 『朝からずっと心ここにあらず。頻繁に溜息をついている』


 曰く、

 『こそこそとメモ用紙を見ながらブツブツと、何かの練習をしているようだ』


 そして、


 「おまえと全く会話をしていない」


 友人は、そう言って僕の肩を小突いてきた。

 噂の主である件の少女、僕の幼馴染は、一言で言うと高嶺の花である。

 通った鼻筋に薄い唇。背中まで届くあの髪を、サラリと耳にかける様は、女子生徒が溜息をつくほど。合わせて優しく微笑まれたとあっては、素敵な勘違いをする男子生徒が後を絶たない。

 そんな、物静かで人当たりの良いマドンナの様子がいつもと違えば、それは当然噂にもなるというものだ。


 「まぁ、アイツもいろいろあるんだろう」


 僕は我関せずと、友人の言葉をはぐらかした。


 「みんな興味津々なんだ。おまえなら知っているかと思ってさ」


 幼なじみなんだろう? そう言った友人に僕はため息をついて、あぁ面倒だ。向こうに行けと追い払った。

 渋々と離れていく友人の背を見送り、僕はなんともなしに少女の方を見やる。

 確かに、彼女の様子はいつもと違っていた。

 普段なら、休み時間ともなれば静かに本の世界へと旅だっているのだが、どうにも落ち着かない様子で窓の外を見ている。

 何かあるのかと、僕も窓の外を見てみたが、そこには見慣れた空と殺風景なグラウンドしかない。

 ぽっかりと大きく開け放たれた窓からは、気持ちのいい風が入ってくる。

 そんな季節のいたずらか、ふいに、小さなくしゃみが出た。花粉の時期にはまだ早いのだけど、突然の生理現象にあらがうことなど出来ようもなく。


 「――おっと」


 鼻を一度すすったところで、ポケットの中、スマホが震えメッセージを表示した。


 『こっち見んな、バカ』


 くしゃみの音で気づかれたらしい。一瞬目が合った後、なにやらコソコソやってるなと思ったら、これである。

 彼女らしい一言に、思わず出た短めの笑いの後、そうだな。僕もメッセージを送る。

 何がいいかなと少し考えはしたのだけど、できるだけ簡潔に、


 『成功するさ、頑張れ』


 携帯をいじる彼女の動きがピタリと止まり、きれいな黒髪から覗く耳が、見事なまでに真っ赤に染まった。


 ――そんな彼女の姿に、心臓がわずかに痛みを訴える。


 僕はもう一度、窓の方を向いて、情けなくため息をついた。

 とっくに整理をつけたと思っていたのは僕だけだったようで、ほんの少し、鼻の奥がツンとする。

 どうやらあの感情は、結局の所、まだ自分の奥底で小さく燻っているようだ。


 「……ほんと、かっこ悪い男だよなぁ」


 数日前のあの出来事を思い出し、うっすらと滲む青空に、僕は深くため息をついてそのまま机に突っ伏した。








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