第1章:狗神のコト
1.
桜吹雪舞い散る4月のとある日。
まさに春爛漫と言ったところ。日差しが暖かくて、吹く風も心地いい。道ですれ違う人もみんなどこか幸せそうで町全体がこの季節の到来を喜んでいるみたいだ。
「…なのに、ねぇ?」
「わぅ?」
思わずそう零して顔を横に向けると、灰色の大きな毛むくじゃらがキョトンと首を傾げた。
駅から家に向かう道の途中にあるこの児童公園。
中央にある円形の砂場と小さな噴水、その周りに少し錆びて年代を感じさせる遊具。周りをぐるりと囲むように配置されたベンチ。その対面には大きな桜の木があり、その後ろのフェンスからは駅を見越して少し低くなっている町の様子が見える。
住宅街の中にあるここも、平日昼下がりの今ほとんど人影はない。いるのは有名な野球チームのロゴが入った大きなボストンバッグを抱え、おかしな色の犬を横に携えた自分くらい。
そりゃそうだ。普通の若者なら学校なり会社なりに行っている時間なのだから。
本来ならば僕もそうなるはずだった。はずだった…のに…
「まさか一社も受からないとは」
「…くふ」
「あ、馬鹿にしたろ今。こいつッ」
「ぅわん!わん!」
30戦全敗。いや、まさか何処にも受からないとは思わなかった。
共に就職戦線に立った友達からは「優吾、お前の倍受けてもダメだった奴がいるんだぞ?」と言われたけど、だからって「そうか、また頑張ろう!」という気持ちにはなれない。(因みにその友達は第一希望の会社にしれっと採用されてた)
だからこそ、こうして恥を忍んで実家に戻ってくることを選んだんだ。
…「これで禮守家は安泰だ!」なんてうちの両親は喜んでいたんだけど。もうちょっとこう、夢破れた息子に対して配慮とかないんだろうか。
配慮が無いと言えば、主人が切ない現実に肩を落としているというのに、さっきから嬉しそうに尻尾を振ってキラキラした目を僕に向けている我が愛犬ボンだ。
こいつとの歴史は長い。それこそ僕らの思い出を小説にしたら、きっとものすごい大長編になるだろう。生まれたときからずっと一緒に色んなことをやってきた。
お互いのことを知り尽くしている、まさに相棒ともいえる存在。
…たまに小憎らしく見えるときもあるけど。今がまさにそう。
「もうちょっと飼い主さんを労わっても良いんじゃないか?」
「……」
「おいおい、だんまりは無しだよ」
「わん!」
強かに育ったもんだよ、まったく。
そんなこんなで、ベンチに座ってボンと戯れていると、公園の入り口の方から賑やかな声が聞こえてきた。
どうやら、幼稚園帰りらしい子供たちが遊具の周りにわらわらと集まり始めている。のんべんだらりとしている間にけっこう時間が経っていたみたいだ。
「そろそろ行こうか、ボンさん」
「わふーん…」
「確かにこのまままったりしているのも良いけど、平日のこんな時間から児童公園でのんびりしてる成人男子は、ほぼ不審者なんだよ」
「…わう?」
「何でって言われても……時代、かな。世知辛いもんだよね?」
「わふ」
そんなの知ったことかと言わんばかりに欠伸をする愛犬の姿に、思わず苦笑いが零れながら腰を上げた。
帰りに菓子屋に寄ってお土産でも買おう。餡がたっぷり入った桜餅なんかきっと最高だ。
初めての小説です。
主人公の名前は[ひろもりゆうご]と読みます。
丑三つ時のあたりを狙って順次投稿しようと思っています…難しいかもですが。
宜しくお願い致します。