水曜日 無様な奴ら
「じゃあ、皆そろったし今日もやりますか!」
高須が言う。
「え!今日もやるの」
恭介先輩がちょっと不機嫌そうな顔をして言ってきた。
「そうだよ、今日はあかねちゃんもサークルにはまりたいって来てるんだし、鉛筆はちょっと!」
俺は恭介先輩の言葉を利用してうまく重ねてみた。
「え!私はいいよ、鉛筆やろうよ面白いからさ!」
あかねちゃんはそう言ってきた。
俺は?と思いつつも状況に流され「わかったよ、しょうがないな」そう言って仕方なく鉛筆遊びに参加することにした。
だが恭介先輩は鉛筆遊びにはまらなかった。
「俺はパスするわ、付き合ってらんねーからお前らでやってな、俺の事は気にしなくていいからさ」
そう言ってパソコンをいじりだした。
そんなこんなで、一人抜けとなり鉛筆遊びが始まった。
「ところで、昨日は家に帰ってから何か変わったことはあった?」
高須が急に皆に聞いてきた。
いったい何事だろうと皆首をかしげていると、高須が一人ひとりの名前の書いてある紙を俺たちに渡してきた。
皆ハテナな顔をしながら開封していくと、その紙には自分たちに向けての命令が書いてあった。
「なにこれどういう事?」
状況が掴めない俺は高須に問いただした。
「いつも、こうやって皆で集まってから鉛筆で遊んでるじゃん!だからその鉛筆の効果を目の前で確認できるわけだけど、個人個人バラバラの状況で命令した事って一回もないじゃん!だから昨日は帰ってから俺が皆に命令を書いてみたわけ、ちゃんと効果があるのかどうかね。」
高須が疑問に思っていた事だったらしい、もし、個人が家に居る時に命令の効果があればそれは鉛筆の効果の範囲はほぼ関係ないと考えていたらしい、だけど、その中でも一部の人しか命令が反映されなければその範囲は狭くなると考えていたらしい、かく言うメンバーの中で一番自宅が遠い恭介先輩でさえ高須の茨城県から栃木の距離になる。
そんな恭介先輩にも紙を渡して見てもらったが「いや、俺はこんなことは昨日してないから」そう言われてすぐ突っ返された。
その中身を確認すると(神奈 恭介 自宅でトイレに行こうと急いで階段を下っていると足を踏み外してちょっと転んでしまう)という内容だった。
「皆、それなりに印象に残るような命令にしておかないと仮にそういう出来事が起きたとしても記憶してないかもしれないから、ありえそうでインパクトのある内容にしたんだけどさ」
高須は鉛筆を振りながらちょっと偉そうな態度で話してきた。
だが、ほかのメンバーもまた皆首を横に振る。命令の効果は届いてなかったらしい。
「なるほどね。じゃあ範囲は限定されてきたね。鉛筆を持っている人の半径から近い距離じゃないと効果がないんだね。」
「高須先輩はそう言うけど、効果の範囲はもっと広い可能性だってあるわけじゃん、例えば埼玉県内とか、それともこの地区内とか?はたまた校内とか!どうかは分からないけど行動できる範囲で試してみても面白いと思うよ」
そんな正蔵君のツッコミに高須はワクワクしながら乗ってくる。
「いいねぇ~面白そう!やってみようよ、試しに範囲は校内でって考えて一回外に出てみるとか?」
そんな会話を聞いて真っ先に拓氏先輩乗ってくる。
「え!じゃあ俺やる。外行ってくる」
そう言ってさっさと部室から出て行った。
「面白いね。このメンバーで遊ぶの楽しいよ!!」
あかねちゃんは皆の反応を見ながらそう言ってくれた。
正直、そう言ってもらえたのはちょっとうれしかったが、なぜかあかねちゃんのその言葉がちょっと引っかかっていた。
「拓氏先輩乗り気だね。とりあえず何か命令書いてみようか!」
そう言いながら高須は拓氏先輩の携帯に電話をかけ始めた。
「あ、拓氏先輩ですか?もう校内から出ましたか?」
高須がそう言うと電話越しに拓氏先輩の声が聞こえてくる。
「ごめん、ちょっと待ってくれないかな。いま階段降りてる!」
電話越しだが、音量が大きいせいかスピーカーから息をちょっと切らせた拓氏先輩の声が聞こえる。
ちょっと焦っているのだろうか、そのまま電話をつなげているため拓氏先輩の「はあはあ」という息遣いまで聞こえてきた。
拓氏先輩の為に皆少し黙って反応をまっていた。
そんな沈黙の中、電話越しに階段を降りるコツコツという靴音まで聞こえてくる。
「ごめん、電話かかってくる前にトイレに行ってて遅れちゃってね。」
しばらくの沈黙後、拓氏先輩が息を切らせながら電話越しに誤ってきた。
その声は少し安堵な雰囲気を漂わせている。
そして「今出たから!」と拓氏先輩は声を上げた。
それを聞き高須は電話を肩で挟んで無言で命令を書き始めた。
(国原 拓氏 ゴーゴーダンスを踊りだす)「ちょっ!何書いてんのよ」命令を隣で見ていたあかねちゃんがちょっと含み笑いをしながら声を上げる。
「え!何書いたの?ちょっと笑ってない?」
拓氏先輩の声が聞こえてくる。
「あのー拓氏先輩、所で何か今やってますか?」
「いや別に何も変わったことはやってないけど?」
「なんか遠くから変な音楽聞こえてるんですけどそれなんですか?」
高須の突っ込みで俺たちもその音楽に気付いた。
「ほんとだ、携帯の音量でかいから、かすかにだけど聞こえる。」
正蔵君が音楽に反応した。
「ああ、これ斜め迎えで路上パフォーマンス的な事やってるみたい、なんか古臭い音楽使ってるけどね。」
拓氏先輩はそう言うと高須が曇った表情になって問いただす。
「確かに古臭いみたいな感じですけど、踊る的な事ってないですかね?」
「それじゃ、誘導尋問でしょうが」
高須の行動にすかさず突っ込む俺、電話越しの拓氏先輩にはそんな声は聞こえておらず、巣の反応で返事をしてくる。
「そんなことはないけど、なに?命令何なのよ?」
高須の変な質問のせいで拓氏先輩は命令が気になり始めてきていた。
「これは効果ないみたいですね。誘導尋問したって無駄ですよ、とにかく呼び戻してもいいんじゃないんですか?」
状況を察した正蔵君は無駄な時間だ、そういうような顔をしてそう答える。
「確かにそうみたいだから、もおいいっすね。拓氏先輩、効果ないみたいなんで戻ってきてください」
拓氏先輩を部室に呼び戻すことにした。
だが、拓氏先輩は何もない事にモヤモヤしてしまったようで、自分から提案を促してきた。
「ちょっと待って!とりあえず部室の近くに行くからまた命令書いてみてもいいんじゃないかな?」
「そんなもん、近く過ぎてもあまり面白くないから別にいいだろう」
拓氏先輩が目立ってイジられているのが気に食わないのか、一平さんがそうぼやく。
「きっと拓氏先輩も楽しみたくてやってるんですよ」
そんな一平さんの気持ちを察してか、正蔵君がなだめるように発言する。
その話を横目に高須は面倒くさそうに「ああ、うん」と発し、薄い反応をしながらも拓氏先輩の発言に乗ってあげたみたいだった。
電話がつながったまま、拓氏先輩はまたひたすら歩いて目的の場所へ向かう、聞きなれたコツコツという靴の音がまた携帯から聞こえてくる。
しばらくすると扉が開く音が聞こえてきた。「いいよー」と拓氏先輩の声が聞こえると、心なしか声が響いて聞こえてきた。
「あれ、もしかして拓氏先輩トイレの個室に入ってます?」
声の響きから察した正蔵君はすかさずそう問いただす。
「そうだよ、同じ階のトイレに居るから意外と効果あるんじゃないかと思って」
拓氏先輩は事情を説明し高須に命令を書くよう促す。
そして、高須はそれに反応して無言でまた命令を書き始めた。
(国原 拓氏 便座に座ってウ○コを始める。)下品である。
いくらトイレに居るとはいえ馬鹿極まりない命令だ。
「いや、ダメでしょ!それはダメでしょ、実行されたら最悪だぞ、音が!!」
メモを見ていた俺は間髪入れずに突っ込んでしまったがなぜか高須は冷静である。
「俺の感ではこの部室内でしか効果はないと思う、だからこんなもの書いても絶対実行はされない!俺が保証する」
苦い顔をしながら冷静に答えてきた。
「なに?命令なに?、俺がそう聞いちゃう命令?え、何?」
さすがの拓氏先輩も二回目になってくると気になってしょうがないらしくしつこく聞いてくる。
「気になる。なに?もう実行されてる?」
しつこいのでもう帰ってきてほしいのだが、高須は一向に「戻ってきて」と言わない、そんな高須の顔を見ると半分嫌な顔をしている。
「先輩、効果はないみたいです。戻ってきてください」
高須は諦めたような表情でそう言って電話を切った。
電話を切る前の先輩の声が少し漏れて「りょ」で消えてしまったが、テンションが高い事がわかるくらい高い声だった。
今の一連で疲れたのか高須が浮かない顔をしてこっちを向く。
「とにかく、効果があるのは部室内と分かったからいいよ。あと拓氏先輩がテンション上がるとめんどくさいってのも分かったかし・・・」
あかねちゃんがそんな俺らのやり取りでちょっと苦笑いになっている。
それはそうである。ゴーゴーダンスに下ネタ、女子の前ですることではない、彼女がいるのにデリカシーのない男だ!ゴーゴーダンスも時代遅れはなはだしいくらいの死語だし、基本的にセンスがないのだ。
「とりあえず、鉛筆は近くに人がいないと効果はないんですね。」
正蔵君がオウム返しのように高須と同じことを言ってきた。
微かに遠くから軽快な足音がコツコツと聞こえてきた。