水曜日 紅一点
今日も高須が見つからない、目的があって探している時ほど会わないものである。
だが、俺には何となくだが高須が居るところは分かっている。きっと奴は部室にいるはずだ、しかし今はそこに行くことは出来ない、これから最終講義がある。
それが終わらなきゃ部室へはいけない、まずはそれが終わってからだ。
講義が終わり、そそくさと部室へ行くとやはり高須はそこにいた。
「よお!今日も一番乗りだな修介」
部室の扉を開けた瞬間に高須は一言放ってきた。
「お前、やっぱりここだったか、いつから居たんだ?」
「かれこれ二時間前くらいから居たんだな、今日はいろいろ皆に質問したいこともあってね。こっちの講義はつまらないからさぼってずっとここに居たわ」
「お前、どんだけ鉛筆にほれ込んでんだよ、俺はお前に言いたい事あって今日ずっと探してたんだぞ、もうその鉛筆使うの止めろ!それ俺に貸せ折るから」
そう言って高須ともみ合いになる。
「ふざけんな、お前どういうつもりだよ!急に俺から鉛筆奪おうとすんじゃねえよ」
高須の抵抗が強くなかなか鉛筆を取り上げる事が出来ない、するとその現場に正蔵君が現れて、俺と高須のもみ合いを止めに入ってきた。
「なにやってんですか二人とも!喧嘩はやめてください」
まさかの仲裁役乱入で高須から鉛筆を奪うことが出来なかった。
「お前邪魔すんな、鉛筆!高須の持ってる鉛筆」
俺が叫んでいると正蔵君の俺に対する顔がどんどん冷めていくのが見えた。
それを見ていると、自分の今の現状を客観視してしまった。
怒りが収まってしまった。
「ごめん、なんか変に取り乱しちゃったよ俺」
正蔵君にそう誤ると高須のほうを見て、「とにかくお前にも誤っておくよ、ごめん」そう言って部室に入って自分の椅子に座った。
とにかく冷静になりたかった。そうじゃなきゃ他の皆が来た時に顔が合わせられないと思ったのだ。
そんな時、部室に思わぬ来客が訪れた。
「修ちゃんいる~?おひさー」こんな軽い言葉で急に顔をのぞかせた女子は俺が中学校の時の同級生の寺山 あかねである。
いつもこういう態度で接してくる。俺はこの女を好いた覚えはないのだが、たまに校内で俺の顔を見かけると追いかけて話しかけてくる。
周りからは「彼女?」と声をかけられるので正直近づいてきてほしくないのだが、なぜか彼女は俺を好いて近づいてくる。
「なに!いったい何?」さっきまでの悲しい気持ちが一気に冷めてきた。
正直、あのテンションは勘弁してほしい、彼女は結構なおっちょこちょいで忘れっぽい性格なのだが、人間心理学科に入っている。こんな性格の奴がよく人間心理学科に入れたなと思えるほどだ。
「さっき、部室の入り口で修ちゃん見つけてさ!なんか悲しそうな顔してたから励ましてやろうかなって思って、ま!実際は私もサークルにはめてほしくてさ」
「サークルにはめろって、どういうつもりなんだよいつもはそんなこと言わないのに」
「私、帰宅部だし今日のバイトは家のお店がお休みで暇だからさ!」
俺にとってはあまり参加してほしくないのだが、彼女は一度決めると中々強情であきらめることはない、素直に乗っておかないと後でひどい目を見るのは俺なのだ。
「いいんじゃないの修介!たまには紅一点も必要でしょこのサークルも」
突然後ろから声をかけてきたのは恭介先輩だった。
「あっ、はい、僕もそのつもりで・・・」
彼女の言い分に否定はできないから賛成するしかない、だからこそ今回はメンバーに入れるわけだが、ただ一つこの現場に彼女にはマイナスになる存在がいる。
高須だ!あいつは今日も鉛筆で遊ぼうとしている。メンバーがそろえば彼女を含めて七人になる。彼女をそれに巻き込むのは嫌なのだが、巻き込んでしまったら、さらにややこしい事になる。
状況的にはあってほしくないのだ、高須がさらにテンションを上げてしまうような気がするのだ、さっき高須にちょっとだけ釘を刺したが奴は絶対のってくる。
「はい、あかねちゃんこれ読んでおいてね」
高須は鉛筆の説明書を渡してきた。
「ちょっと!なにやってんの高須、あかねちゃんを巻き込むなよ」
「いやいや、説明書を読ませてるだけだよ、鉛筆触らせたら取引が始まっちゃうからとにかくルールだけでも」
完全に高須は、彼女もはめて鉛筆で遊ぼうとしている。
「なにこれ、面白そうだね。私もはまっていいの?」
突然来たのに彼女も乗り気になってしまっている。嫌な予感しかしない、なぜ彼女は来てしまったのか、招かれざる客である。
しかし、こんな状況になってしまっては受け入れるしかないのが事実、もう否定はしないほうが無難だ、今の状況に流されていこうと決意した。
今は、俺と高須と恭介先輩、そして正蔵君がいる。
あと二人来ればメンバーはそろうわけだが、その二人がちょっと遅れているため待ちぼうけをくらっている。
その間に高須は、乗り気になってしまったあかねちゃんに鉛筆の説明を事細かにしていて、その一方で恭介先輩は携帯をいじりながら正蔵君と話をしている。
取り残された俺は、今目の前で起きてしまった事実を飲み込み呆然としているしかなかった。
ただ唯一鉛筆に対する不信感だけは抜けず、それに対して何かしらの対策を考えねばという曖昧な思考だけが俺の脳裏に漂っていた。
そうこうしていると拓氏先輩と一平さんが一緒にこちらに歩いてくるのが見えた。
「あれ修介君、部室に入ってないなんて珍しいね。」
そう言いながら一平さんが歩いてくる。
すると何かに感づいたかのように一平さんが少し早歩きを始めた。それを追うように拓氏先輩が一歩遅いテンポで走ってこっちに近づいてきた。
「やっぱり、あかねちゃんだ!」
一平さんがちょっと声を張って言ってきた。
顔がキラキラしている。
かなりあからさまなリアクションだが一平さんは彼女の事が好きなのだ、部室に来るのは今回が初めてだが、たまに校内で俺とあかねちゃんがしゃべっているところを見かけて、その時に一目ぼれしたらしい、本人的には一方的にアプローチをしているらしいが、あかねちゃん曰く女ったらしみたいな性格が嫌であまり好かないらしい、ただ話している分にはいい人らしいが・・・
「あ、一平先輩お久しぶりです。」とあかねちゃんは愛想笑いをしてきた。
「久しぶりだね。最近は校内で顔を見かけないからどうしたのかなぁっておもってたんだよ、ははは」
「元気ですよ!一平先輩も元気そうで良かったです~」
あかねちゃんは明るく答えてくる。彼女はあまり深い意味の言葉を使わないのでほとんどの言葉がド直球なのだが、たまにお茶を濁したような言葉を使ってくるので正直、今のセリフがいい意味での発言なのか、黒い意味での発言なのか理解出来ない、俺にとっては彼女のそういう部分を知っているので後々の展開が怖いのである。
そのかたわらで高須は鉛筆をカバンから出して皆に声をかけようとしている。