9話 どら焼き
珍しくパーティを組んで迷宮探索にいそしむヤマモト。もちろん側にはファブレも一緒だ。
といってもファブレは全く戦えないので、荷物持ちとして参加し皆に守ってもらっている。
「そろそろ休憩しよう」
案内役のスカウトの指示で、広間で休憩を取るヤマモトたち。
「ふう疲れた。こんな時は甘いもの・・どら焼きを食べてもいいのか?」
防具を外しながらヤマモトが呟き、
「なんで疑問形なんです? それにどら焼きとは?」
それを手伝いながらファブレが聞く。
「甘い物は太るからな・・まぁ十分運動したし大丈夫だろう。どら焼きはカステラ・・しっとりした甘いパンのようなもので餡子・・小豆を煮て砂糖を足して練ったもの、を挟んで軽く焼いたものだ。形が銅鑼という楽器に似ているのでそう呼ばれる。前のしじみのような形だな。大きさは君の掌くらいだ」
「しかし小豆を煮て砂糖を足して練る・・ですか。ちょっと想像がつきません」
「餡子は和菓子の基本だ。和食における醤油のようなものだな。見た目は黒くてところどころ豆の皮が残っている。これを粒餡という。皮の残っていないタイプの漉し餡というものもあるが、私は残っているものの方が好きだ。そうだな、サツマイモをふかして練ったような感じだ」
「ああ、それならなんとなく分かります。しかし醤油や豆腐や餡子といい、ヤマモト様の国は本当に豆が好きですね」
「言われてみるとそうかも知れないな・・豆そのものを食べることはあまりないので、自覚はしていなかったが」
パーティの皆もなんだなんだと集まってくる。
「この子は私の世界の料理を召喚できるのだ。1日3回だけだが」
「ほう、ただの荷物持ち兼勇者様のオモチャじゃなかったんだな」
スカウトが茶化す。
「異世界の料理、ぜひ見てみたいです」
女神官が期待した目でファブレを見る。
「嬢ちゃ・・坊主にそんな力があるとはな」
ドワーフの斧戦士は召喚魔法を見たことが無かった。
「僕は料理人ですし男です! 実力を見せますよ、料理召喚!」
いつもより元気に、木の皿の上に召喚術をかける。
そこには焦げ目のあるパンのようなもの、が鎮座していた。
「まさかとは思うが・・」
ヤマモトが割ってみると中には餡が入っている。一口食べてみる。
「これは・・アンパンだな」
「アンパンですか? どら焼きではなく?」
「どら焼きではない。パンに餡子を入れたアンパンというものだ。それなら簡単にイメージできたな。私も迂闊だった」
「餡子に集中していて、周りの部分がおろそかでした。すみません」
「いや、今は重いどら焼きよりアンパンの方がちょうどいい。皆も少し食べてみるといい」
ヤマモトは人数分ちぎって皆に差し出す。
「甘い豆なんて初めてですけど、パンと合いますね」
「これは美味い。一口では物足りないな」
「儂にはちょっと甘すぎるかの」
「どら焼きではないようですが、これも美味しいですね」
とファブレが指についた餡を舐めながら言う。
「私の国ではアンパンもとても人気があるのだ」
残りを平らげてヤマモトが答える。
「これなら売れるんじゃないか?」
とスカウトの男が言うが
「でも砂糖は高いから、ものすごく高いパンになっちゃいますよ」
「そりゃそうだな・・」
ファブレに突っ込まれ、すぐに諦める。
「私の国には総菜パン・・パンにおかずを乗せたものや、アンパンのようにトッピングを入れたり乗せたりしたものも多く売っている。この世界でも安価で人気のあるものができるかも知れない」
「ほう、そりゃいいな。冒険者を引退したら勇者様印のパンとして売り出すか」
「アイディア料として、売上の1割は私がもらおう」
とヤマモトがスカウトの人生計画に水を差す。
「異世界ってのはずいぶんがめついんだな・・」
「当たり前だ。金は命より重いと言われている」
涼しい顔でヤマモトは言い放った。