89話 女神召喚
ヤマモトが懐からペンダントを取り出し、それを両手で包んで目を閉じる。
「慈悲深き女神フレイアよ、使命を成し遂げた勇者の呼びかけに応え、願いを叶えたまえ」
部屋の中央に発行体が現れ、それが徐々に人の形を取る。
そして閃光が部屋を包んだあと、女神が顕現した。
姿形は神殿で見る像と同じく、緩やかな布をまとった女性だ。ヤマモトを溌溂とした美人というなら、女神は静謐な美貌というべきだろう。慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべている。
「おお、女神様・・」
ミリアレフは跪いて涙を流している。
ファブレは自分がこんなところにいていいのだろうかと悩むが、まさか今更部屋を出ていくわけにも行かない。固唾を飲んで成り行きを見守る。
女神が鈴の音のような心地よい声で告げる。
「勇者よ、魔王を討伐する使命を成し遂げたのですか」
「討伐はしていないが、魔王は改心しもはや人族の脅威では無くなった。これで使命を果たしたと言えるだろう」
女神が首を傾げて部屋を見回し、魔王が一緒にいるのを見て硬直する。
「な、なんで魔王と仲よくお茶を飲んでるんですか! 早く討伐なさい。スタンド・アンド・ファイト!」
女神は胸の前で両こぶしを握り締める。
ヤマモトは戸惑いながら答える。
「いや、先ほども言った通り、もはや魔王は人族と争う意思はないのだ」
魔王が頷く。
「そんなことが信用できますか! きっと従順なフリをしているだけです。そのうちまた人間界に侵攻するに決まってます!」
女神の言葉に魔王が口を開く。
「我は実際にもう長いこと侵攻を停止している。これだけでは信用できないか? 女神の名に懸けて侵攻しないと誓いを立ててもよいぞ」
「うっ・・で、でもでも! まだ魔族は人族を襲ってるじゃないですか! 人間界への侵攻を止めたというのなら、全ての魔物の争いを止めさせないと!」
魔王は首を振る。
「それは無理だ。戦うことは魔物の本能だ。我が一切の争いをやめよと指示しても収まるのは一瞬だけで、やがて争いはどうしても起こるだろう」
「やってみないと分からないでしょう!」
「では女神や王が人間に争いをやめよと言えば、人間界から争いは消えるのか? 無理であろう」
「うっ!」
魔王の言葉は女神を完全に論破してしまった。
「そういう訳だ。我に侵攻の意思はもうない。全ての魔物のことまで面倒は見れん」
「勇者の使命も全ての魔物を止めろなどとは言われてないぞ」
「えーでも倒してないのにクリア扱いなんて・・駄目だよね・・」
女神がオロオロとしている。
ミリアレフはなんだか幻滅した目で女神を見ている。
「それともう一つ、ルリのことだが」
ルリがペコリと頭を下げる。
「女神様、初めてお目にかかります。勇者の妹のルリといいます。私は勇者でないのに一緒に転移されたんですが、どういう事情からこうなったんでしょうか?」
「ええーっ、そんなの聞いてない!」
女神は完全にパニックだ。
「えっと、ルリさん? 勇者の妹で一緒に転移? ただの異世界人なのに勇者のユニークがあるの?」
「はい。そうみたいですね」
女神の顔が蒼ざめる。
「ま、マズイわ・・こんなに長い間気づかないなんて・・どうしよう」
ヤマモトが笑みを浮かべ、女神の肩をポンと叩く。
「まぁ起きてしまったことはしょうがない。女神にだってミスはあるだろう。別に時間を戻せとか、今までの分の補償をしろとか無茶をいうつもりはない。転移したおかげでルリは病気が治ったしな」
女神の表情が明るくなる。ヤマモトが話を続ける。
「ただ当たり前のことをして欲しいだけだ。まず魔王は脅威では無くなったのだから、使命を果たしたと見なしてほしい。もし駄目ならしょうがない。私は女神の真実という本でも出版しながらこちらの世界で生計を・・」
女神が慌てる。
「そそそそんなことは許されません! 分かりました。使命を果たしたと認めましょう」
どう見てもヤマモトは女神を脅している。ファブレは呆れて物も言えない。
「あとルリの願いを叶えてやってほしい。彼女は完全な被害者で、転移させられてからずっと寝たきりだったのだ。女神の慈悲を与えてやってもよかろう?」
女神がかなり渋い顔になる。
「ルリさんはどんな願いでしょう?」
「こっちの世界に残って、ずっとマーくんと一緒にいたい。それだけです」
女神が安堵の溜息をつく。
「分かりました。それくらいならお安い御用です」
「やったぁ!」
ルリがベッドで魔王を手招きし、抱きしめる。
女神がヤマモトに向き直る。
「お、おほん。では・・勇者よ、よくぞ使命を果たしました。あなたは元の世界に帰りますか? こちらの世界に残るのなら、願いを一つ叶えましょう」
ヤマモトは大きく息を吸ったあと、ハッキリと告げる。
「元の世界に帰る」
分かってはいたが、ヤマモトの言葉にファブレは衝撃を隠しきれない。
ヤマモトがいなくなってしまうのだ。
「分かりました。仲間との別れの猶予をあげましょう。帰還は明日の同じ時間になります」
ヤマモトが頷く。女神が周りを見渡す。
「勇者の従者らよ。そなたたちもよく勇者を支え、使命を果たす手助けをしました。私に答えられることであれば、一人につき一度だけ質問に答えましょう・・その代わりルリさんの事は秘密に。いいですね」
スパークが手を上げる。
「失踪した俺の親父はまだ生きてるか?」
「熟練の斥候よ、あなたの父は顔と名前を変え、東方の国にいます」
女神は空間に男の外見や名前、場所を映し出す。
「見つからんわけだ・・分かった」
女神はミリアレフに目を向ける。
「あなたは聖女ですね。我が信徒、我が子よ、よくぞ使命を果たしました。何か知りたいことはありますか?」
「女神様・・ミハエル様と結ばれるにはどうしたらいいでしょうか?」
「積極的にアピールするのです。何かと口実をつけて会いにいき、できる限り長い時間を一緒に過ごせば情が移ります。彼の欲しいものをプレゼントするのも効果的です」
「ありがとうございます!」
女神のアドバイスは平凡だが、ミリアレフは瞳をうるませて感動している。
「獣人の魔術師よ。あなたは何か知りたいことがありますか?」
女神がファーリセスを見る。ファーリセスは宙を見上げて記憶を探る。
「うーん。あ、私がもらうはずだった師匠の水晶玉はどこ行ったの?」
「魔術教団の所有物になっているようです。ここです」
女神がまた宙に地図を映し出す。
「分かった」
女神がファブレに向きかえる。
「料理人の少年、あなたは何か知りたいことがありますか?」
ファブレは唾を飲み込む。
「・・先々代の勇者、ハヤミ様の目を直す方法はありますか?」
女神はちょっと首を傾げる。
「先々代・・ああ、魔眼の勇者ハヤミですか。ハヤミは魔王を倒しましたが従者たちは全滅してしまい、彼は元の世界に帰ることや自分の目の治療よりも、仲間の蘇生を望んだのです。私も癒しを施したかったのですがすっかり忘れ・・いえちょっと事情が。今回は特別にこれをあげましょう。ハヤミの目に垂らせば直るはずです」
女神はファブレに指先ほどの小さなビンを渡す。
「あ、ありがとうございます!」
「では私はこれで。明日また迎えにきます」
女神は静かに微笑み、そそくさと消えて行った。




