8話 豆腐
「豆腐が食べたい気がする」
馬車に揺られて頬杖をついて外を見ながら、ヤマモトがつぶやく。
今はファブレと共に他の街へ乗合馬車で移動中だ。
「トーフですか? 名前は聞いたことがありますね」
昔シスターに聞かせてもらった勇者話に出てきた名前だ。
「豆腐は味噌汁にかかせない具材だが、そのままで食べることもある」
「どんなものなんです?」
「大豆を長時間水に浸し、膨らんだところで粉砕する。それをしばらく煮て絞ると豆乳になる」
「豆乳は知ってますが、作り方は知りませんでした」
ファブレはメモを取り出す。いつの間にか周りの他の乗客もヤマモトの話に耳を傾けている。
「その豆乳を沸騰しないように温めて、そこににがり・・海水を乾燥させて塩の他に残ったもの、を入れると豆乳が固まってくる。そこから余分な水分を抜いたものが豆腐だ」
「海水ですか? それはちょっと無理ですね」
ここは内陸で海は遠すぎる。
「そのようだな。だから召喚してみてほしい」
「街についたらやってみます」
さすがに乗合馬車の皆が見てる前での召喚は恥ずかしかった。
街で宿を取り、部屋で召喚を試みる。
トーフ。ようは豆乳を固めたものだ。味は大体分かる。これなら簡単だ。
「料理召喚」
と言った途端にヤマモトがハッと何かに気づき
「待て!」
と言ってきたがもう遅かった。
皿の上には豆乳がブロック状に固まったものが出現した。
「言うのが遅かったか・・」
ヤマモトが顔を抑える。
そしていつも通りハシを取り出して豆腐に刺そうとするが、カツンと弾かれる。
「やっぱり・・硬すぎる、こんな豆腐があるか!」
「昔聞いた勇者話でトーフにぶつかって死ぬ、とかいう言葉があったのでてっきり固いものかと思ってましたが、違うんですか?」
「逆だ。豆腐は今日乗った馬車だと崩れるほど脆いものなのだ。それで豆腐を思い出した」
「そうだったんですね」
ヤマモトからすれば誰でも知っている常識だったが、ファブレにとっては全く逆だった。
ナイフで角を削って食べてみるとボロボロと歯で砕け、濃厚な大豆の風味がする。
「これは美味いが・・豆腐では無い何かだな」
「あ、美味しいですねこれ」
おそらく大量の豆乳を圧縮したであろうものは、味はとても良かった。
二人で削って全て平らげる。
「私の国でもこんな食べ物はない。怪我の功名だな。中に具を入れたり、味付けするなどでもっと美味しくなる可能性もある」
「今までにない食べ物ですか。嬉しいです」
ファブレは自分の能力で新しい料理が作れて大満足だった。
「名前をつけようか。ファブレ式極限圧縮豆乳とかどうだ?」
「なんでそんな軍隊みたいな感じなんですか。もっと自然な感じのがいいです」
「ではトーフが元だからそれを入れよう。それに何か強そうな固そうな感じのもの・・鉄か。アイアンドーフでいいだろう」
「なんだかいい響きですね。ではアイアンドーフと呼びましょう! 僕のオリジナル料理!」
ファブレは大喜びだ。耳もピコピコ動いている。尻尾があればブンブンと振られていたであろう。
「しかし柔らかくない豆腐が美味くなるとは。常識にとらわれない発想も必要なのだな。もっと面白いものも作れるかも知れん」
ヤマモトは思案する。ピコピコ動くファブレの耳をつまみながら。
「やめて下さい!」