72話 サイハテのパンケーキ
翌日、一行はロアスタッドを後にしてサイハテへ向かう。
ロアスタッドの西、陣地があった丘を通り、まだ戦の爪痕が残る戦場跡地を抜け、
バーログの支配していた廃村を遠目に見ながら西へ進む。
御者をしているスパークに、後ろの荷台からファブレが話しかける。
「サイハテってどんな所なんですか?」
「普通の農村だが、一つだけ変わったことがある。魔物の領域との境界線が近いから、村人が魔物と戦う自営団を作っているんだ。魔物の素材で生計を立てている。皆かなり強いぞ。中堅冒険者くらいだ」
「へぇ、村の人たちだけで魔物と戦ってるんですか」
「まぁ冒険者崩れや、訳ありの奴が流れてくることもある」
「なるほど、じゃあ魔法使いの方も何か訳ありで?」
「そんなところだ。ん?」
スパークが上空を睨む。微かに馬車を追いかけてくる鳥がいるのが見える。
「奴の使い魔だな」
スパークが上空に向かってジェスチャーをすると、鳥は馬車を追い越して西へ飛び去って行った。
「4人で向かっていると知らせておいた。寝るとこくらいは用意してくれるだろうよ」
「あとどれくらいかかるんですか?」
ミリアレフも荷台から身を乗り出す。
「明日の昼くらいかな」
「ようやく馬車の旅も終わりですね。もう体が痛くって・・回復魔法も効かなくなってきました」
「ちょっとサスペンション・・衝撃を吸収するバネを付けたほうがよさそうだな。私も大体の仕組みは分かるが実際にどんな部品にすればいいかは知らないんだ」
「そういえば勇者話でも、快適さを求めてどんどん馬車を改造していく話がありました」
ヤマモトの言葉にファブレが記憶を掘り起こす。
「男勇者ならそういうのが得意かも知れんな。じゃあ夕食はミリアレフが好きなものを頼んでくれ」
「いいんですか? やったー! じゃあおでんにしてください!」
翌日の昼過ぎ、馬車の行く先に村の柵が見えてくる。
「あれがサイハテだ。・・む?」
砂埃が上がっているのが目に入り、風に乗って金属音や怒声が微かに聞こえてくる。
「マズい、魔物に襲われてるようだ」
「急いでくれ」
ヤマモトの言葉にスパークは馬に鞭を入れ、馬車の速度を上げた。
ヤマモトとミリアレフは揺れる馬車の中で装備を整える。
ファブレもスリングを握りしめ、スクロールをローブのホルダーにセットする。
馬車は逃げ出してきた老人や女子供とすれ違って村に入った。
「よし、私とミリアレフで行く。スパークとファブレは逃げて行った村人たちに魔物が近づかないように守ってくれ」
「あいよ」
「分かりました」
「お気をつけて!」
馬車は村の出口を塞ぐように止まり、ヤマモトとミリアレフが馬車から飛び降りる。
村人と戦っているのは鱗で全身がヌメヌメと光り、槍を持った魔物、リザードマンの群れだ。
「加勢する!」
ヤマモトの言葉に防衛していた村人たちに喜色が浮かぶ。
「ありがたい!」
ヤマモトがリザードマンの背後から大剣を振るうと、リザードマンは槍を振りかぶったままの上半身
だけが回転しながら家の壁に飛んでいった。
「な! なんだありゃ!」
「つええ・・」
ヤマモトが次々とリザードマンを屠っていく。
その間にミリアレフは怪我をした村人に駆け寄り、回復魔法を掛けていく。
「おお、あっという間に傷が・・」
「わ、儂は助かったのか」
リザードマンの数が減ってきたが、今度は上空から人の顔をした鳥が金切声を上げながら村人たちに襲ってくる。ハーピーだ。
「む・・」
ヤマモトが何か投擲するものが近くにないかと周囲を見回したところで
「マジックミサイル!」
魔法の詠唱が聞こえ、ハーピーたちに次々と魔法の矢が刺さり、屋根や地上に落ちてくる。
「落ちた奴をやれ!」
「ああ、分かってる!」
村人たちは落ちたハーピーに剣を突き立ててトドメを刺していく。
ヤマモトがリザードマンを片付け終わったころ、ハーピーの方も片付いたようだった。
「やあありがとう。おかげで助かったよ。俺はこのサイハテ村の代表をしているジャヒーラというもんだ。あんた勇者様かい?」
スキンヘッドの男がヤマモトに向かって手を差し出す。ヤマモトはそれを握り返す。
「ヤマモトという。あっちで回復してるのはミリアレフ、聖女だ。あと馬車に料理人のファブレがいる。スパークは知っているだろう?」
「もちろんだ。何もないところだがゆっくりしていってくれ。勇者様がいればこの村の安全は保障されたようなもんだな」
ジャヒーラが笑う。そこへスパークとファブレが駆け寄ってくる。
「戦闘は終わったか?」
「ご無事で何よりです」
「おっと、避難した連中を呼んでこよう」
ジャヒーラが村の出口へ走っていった。
「おい、そんなとこで何してる」
スパークが、近くの家の窓からこっそりとこちらを伺っている人影に手招きする。
すっぽりとフードをかぶった小柄なローブ姿が家からおずおずと出て来て
「あなたが勇者様?」
とヤマモトに話しかける。女性の声だ。
「ああそうだ。さっきマジックミサイルを使ったのは君か? 見事な術だった」
「そう。あの魔法を使ったのは私」
女性がフードを脱ぎ、頭部があらわになる。
赤髪の間から白い猫のような耳が生え、目は切れ長で金色の瞳孔が縦に開いている。
猫の獣人のようだ。
「スパークから聞いていると思うが、私がヤマモトだ。よろしくな」
「ん、私はファーリセス。よろしく」
ヤマモトが差し出した手にちょびっとだけ手を合わせる。ローブから出た手も毛だらけだ。
ファーリセスはミリアレフとファブレを順に指さす。
「こっちが聖女、こっちが料理人?」
「はい、ファブレと言います。よろしくお願いします」
頭を下げて挨拶してもファーリセスは気にも留めず、
「じゃあパンケーキ作って、パンケーキ!」
と早速リクエストをしてきてファブレは面くらう。
スパークがファーリセスの耳を引っ張る。
「ぎにゃー! スパーク、何するの!」
「すまん、コイツは空気を読めなくてな・・」
「いいさ。今まで世話になったし、今日は彼女の希望をかなえてやろう。ファブレ、いいかな?」
「もちろんです。腕輪をつければ30人分くらいはできますから、村の皆さんと食べましょうか」
パンケーキは都市部では一般的な軽食だが、こんな田舎では作る者もほとんどいないだろう。
村の集会場に大皿をいくつも並べてもらう。
「料理召喚!」
皿ごとに何もかかっていないプレーンなパンケーキ、バターと蜂蜜、ジャム、クリームとフルーツなど
何種類かのパンケーキが山積みで出現する。
「おお、すげえ!」
「うわーいい香り!」
「これ全部食べられるのか?」
村人たちがパンケーキの山にどよめく。
「いただきまーす!」
ファーリセスは立ったまま手掴みでパンケーキを食べ始める。
「おい、座って食え。皿とフォークを使え」
スパークが注意してファーリセスを座らせ、フォークを握らせる。コップの水を用意する。
その様子を見ながらファブレが呟く。
「何だかボクの魔法使いのイメージとかなり違う気がします」
「あんな遠くまで使い魔を飛ばせたり、あのマジックミサイルの数からすると、彼女は凄い使い手ですよ。それこそ勇者の従者になれるくらいです」
ミリアレフは冷静に分析する。
「しかし、扱いはスパークに任せたほうがよさそうだな・・」
ヤマモトがぼやく。