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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
一章 魔王編
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71話 ロアスタッドステーキ

夕方、ヤマモトとファブレは領主の屋敷を訪れた。

すぐに応接間に通されて領主と対面する。

「おお、肉はどうだった?」

領主が挨拶もそこそこに短刀直入に聞く。

「昨日の今日で手に入る訳がなかろう。それに私たちは魔王討伐に向かう途中なんだぞ。ドラゴン探しをしている暇はない」

領主は怒り心頭で立ち上がる。

「じゃあ私たちのドラゴンの肉はどうするんだ!」

「そちらで勝手に探せ、と言いたいところだが、そうも言えない事情もあってな。彼が変わりの料理を用意する」

とヤマモトがファブレを見る。しかし領主は懐疑的だ。

「そういえば勇者専属の料理人がいると聞いていたが・・変わりの料理だと? ドラゴンのステーキは今まで食べた料理の中で一番美味いと断言できる。それを超える料理をこんな子供が作れるはずがない!」

「あなた、重大な使命の途中に来て下さった勇者様に、なんて事を言うんですか」

応接間のドアが開き、執事に付き添われて車輪のある椅子に座った女性が入ってくる。領主の妻だろう。

痩せこけているが元は大層美人だったろうと想像できた。

「う・・」

領主は急に威勢が悪くなり、椅子に腰かける。女性が頭を下げる。

「ご紹介が遅れました。領主の妻でございます。体調が優れぬゆえ、勇者様に向かって腰掛けたままでの無礼をお許しください」

「ああ構わない。領主はまたドラゴンの肉をあなたが食べれば体調がよくなると思っているようだが、実際にドラゴンの肉は手に入らない。だから代わりの料理であなたの体調を直す。それでいいだろうか」

「まぁ、私のためだったんですね・・」

妻が驚いて領主を見る。領主は苦虫を嚙み潰したような表情だ。

「特別料理を作るために、うちの料理人にいくつか質問させてもいいかな?」

「恐れ多いことです。なんなりとお聞きください」

ヤマモトがファブレを見た。あとはファブレの仕事だ。

「では奥様、ドラゴンステーキを食べて体調はどう感じましたか?」

「そうですねえ。食べた後に体がポカポカしてきて、元気が体を駆け巡るような感じがしました。その後何日かは立ち上がって散歩できるくらいにはなったんです」

「料理の感想はどうでしたか? 例えば肉が固いとか柔らかいとか」

「夫はステーキは塊で食べるもんだなんて言うんですけど、私は歯が弱くって・・普段は野菜ばっかりで肉を食べるのも久しぶりでした。私にはあの筋張って固い肉は切り分けただけじゃとても食べれないから、料理人に細かく切ってもらいました」

「ありがとうございました」

ファブレは頭を下げる。これで準備は整った。

「では領主様と奥様、それにドラゴンステーキを作った料理人の方。それにヤマモト様とボクの分、合わせて5人分の皿と、グラスをご用意いただけますか?」

執事が一礼して部屋を出る。

「なに、うちの料理人にも食べさせるのか?」

「あなた、きっとお考えがあるんですよ」

「そうか・・しかし、皿やグラスだけでどうすると言うんだ?」

領主の質問にヤマモトが答える。

「心配ない。うちの料理人は料理召喚を使うんだ」

「何? それじゃドラゴンステーキも出来るんじゃないのか?」

「いや、彼が食べたことがない、想像できないものは無理だ」

「なるほど・・」

「お呼びでしょうか?」

そこへコックスーツの男性が困惑顔で部屋に入ってくる。

「ああ。勇者の料理人が作る料理を一緒に食べて欲しいそうだ」

「ええ? 勇者の料理人というと、奇跡の料理人のことですよね? 彼が?」

男性が驚きに目を見開いてファブレを見る。

「初めまして。ヤマモト様の従者のファブレと言います」

そこへ執事が食器を運んで来て、テーブルに並べ出す。

「あまり時間もない。細かい説明は食べながらの方がよかろう。ファブレ、頼む」

「分かりました。料理召喚!」

5人分のグラスには少し黄色がかって気泡が浮かぶ液体が、皿の上にはソースのかかった肉の塊が一瞬で出現する。

「おお!」

「あら、一瞬で料理が・・」

「奇跡の料理人は一瞬で何人分もの料理を出せるというのは本当だったのか・・」

驚く3人に向かってファブレが説明する。

「グラスは食前酒です。体の弱い方でも、酒は少量なら血行・・体の血の巡りがよくなります。奥様の分はかなり酒精を抑えてありますので、安心してお飲みください」

「ふむ、頂こう。ほお、美味いな。少しネットリしていて口の中で気泡が弾ける」

「これは気泡入りブドウ酒ですね。初めて飲みました」

「これ美味しいわね、癖になりそう。ふふ・・」

3人がグラスを空にしたのを見てファブレは頷く。

グラスの中身は解呪ポーションのスパークリングワインだ。これで呪いは解除できた。

次に皿の料理の説明をする。

「メインはミルフィーユステーキです。普通のステーキと同じように切って食べて下さい」

「ミルフィーユ? なんだこの肉は? 渦を巻いているような・・」

「あなた見て、こんなに厚いのに簡単に切れるわよ」

「こ、これは・・薄い肉を何層も重ねているのか? しかしなぜこんな手間を?」

3人はナイフで切り分けた肉を口へ運ぶ。

「う、美味い・・」

「まぁ、私でも簡単に噛めるわ。前のステーキとは大違い」

「そうか、これなら歯が悪くても食べられて満足感もあるという訳か。それにこの味は・・」

ヤマモトもミルフィーユステーキを口へ運ぶ。

「うむ、美味い・・それに噛めば噛むほどに味が出るようだ。ファブレ、説明してくれないか?」

「はい。お気づきかと思いますがこれは薄切りの肉を何層も重ねて、塊に見立てたステーキです。塊肉のステーキよりも柔らかく、歯の悪い方でも簡単に食べられます。今回は少し違う種類の肉を混ぜて、味に深みを出しました」

「なんて発想だ・・薄切りの肉を重ねて塊にするなんて。真に食べる人のことを考えるとはこういうことなんですね」

領主の料理人が愕然とする。

「奥様の体調は血行不良と栄養の偏りが原因のようですので、今回のように少量の酒などの血行をよくする食べ物と、肉や魚などを食べやすくした料理を取り続ければ、徐々に回復していくと思います。あとでこの料理のレシピと、奥様の体にいい食べ物のリストをお渡しします」

「なんだかもう体調がよくなったみたいだわ」

「おお!」

妻の言葉に領主が喜色を浮かべる。料理人が恐る恐るファブレに尋ねる。

「いいんですか? こんな素晴らしい料理のレシピや、体を癒す食べ物の事まで教えてもらえるなんて」

「構いません。この料理は肉の間に脂身や香辛料、薄切り野菜を入れたりでアレンジの幅も大きいと思いますよ」

「そうか! タマネギを入れると食感も変わってよさそうだ。チーズ・・はちょっと難しいがこれも美味そうだな」

領主が立ち上がり、ファブレの両手を握って頭を下げる。

「ありがとう。君の料理のおかげで妻は元気になるだろう。ただこの料理を広めるときに名前を変えてもいいか? ミルフィーユ? というのはちょっと馴染みがなく言いづらい」

「ミルフィーユは異世界の呼び名ですから、呼びやすいように変えて大丈夫ですよ」

領主はソファに座り、腕を組んで目をつぶったあと、満足気に大きく頷く。

「ではこの料理をロアスタッドステーキと名付けよう。ふふっ、名物が一つ増えたぞ」

領主の妻が頭を下げる。

「大事な使命の途中ですのに、私のことでお手間を取らせてしまって本当に申し訳ありません」

「構わないさ。だがドラゴンの肉はもう諦めるんだな。私以外ではそう簡単に討伐できるものではない。肉を食うために何十人も死人が出るんじゃ割に合わんだろう」

ヤマモトの言葉を領主が素直に認める。

「ああ、この料理があるならドラゴンステーキはもういい。前はあれほど食べたかったのに今は全くそうは思わない」

「そうね、私も」

「私もです。何だか憑き物が落ちたようです」

妻も料理人も首を捻る。ファブレは黙って自分の分の料理を平らげていた。


「さて、用は済んだな。そろそろお暇しよう」

ヤマモトがそう告げると、領主が立ち上がる。

「いや、さすが奇跡の料理人と言われるだけある。素晴らしい料理だった」

「光栄です」

執事が豪華な飾りのついた腕輪をそっとファブレの前の机に置く。

「これは今回のお礼だ。召喚魔法の効果を高める魔法の腕輪だ。魔王討伐に役に立つかは分からないが、君にピッタリだろう」

ファブレは驚く。

「よろしいんですか? 魔法の装備なんて貴重なものを・・」

「もちろんだ。正直言って召喚魔法は使い手が少ないから、それほど市場価値は無いんだ」

領主は呵々と笑う。ファブレはヤマモトを見る。

「もらっておけ。君はそれに見合う働きは十分にした。正当な報酬だ」

「では、ありがたく頂きます」

ファブレは一礼して腕輪を取り左手にかぶせる。自動的に大きさが変わってピタリと嵌った。

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