7話 コロッケ
「嵐だからコロッケが食べたい」
ヤマモトが吹き付ける風で揺れる窓から、外でしなる枝を見て呟く。
「なんで嵐だとコロッケというものが食べたくなるんですか?」
ファブレが食器を拭きながら聞く。
「それは分からない」
「ええ?」
いつもの事だがファブレにはヤマモトの事が理解できなかった。
「コロッケとはどういうものなんです?」
「じゃがいもを茹でてつぶし、炒めたタマネギとひき肉を混ぜる。形は楕円で平べったくする。それを前のトンカツと同じように、小麦粉、溶き卵、パン粉をつけて揚げたものだ」
「油を買ってくれば作れそうですけど、今日の天気じゃ市場もやってないですね」
「なので召喚で作ってほしい」
「でも、一個だけになりますよ」
「それでいい。オヤツがわりだ」
ファブレはイメージする。茹でたじゃがいもをつぶしたもの。これは分かる。炒めたタマネギとひき肉、これも分かる。それを混ぜると・・じゃがいものホクホク感に肉の旨味、タマネギの柔らかさが加わるだろう。それをトンカツと同じ衣で包む・・。これはちょっと難しい。
「料理召喚」
お皿の上に茶色い楕円形の揚げ物が出てくる。
「うむ、見た目はコロッケだな・・ちと大きいが」
サイズがトンカツくらいあった。
「これなら半分ずつにしよう」
ヤマモトは愛用のハシの一本をつきさし、もう一本で線を引くようにコロッケを半分にする。
それをもう一つの皿に移し、ファブレに渡す。
「ありがとうございます」
「ではいただこう」
両手を合わせ、ハシで小さくカットしたものを口に含むヤマモト。
「うーむ・・ちょっと衣が固いな。それに中身に油が通ってない。これは衣に包まれたポテトサラダだな」
「揚げたあとの中身が想像できませんでした・・すみません」
「まぁしょうがない。今度揚げ物をする機会があれば試しに作ってみるのもいい」
「はい、そうします」
二人はすぐにコロッケもどきを平らげた。
「トンカツもそうだが、ウスターソースというものをかけて食べるとまた違った美味さがある」
「ウスターソース・・どんなものです?」
「甘酸っぱく、少しスパイスの風味もある調味料だ。野菜や果実とスパイスと調味料を合わせて熟成させたものだが、分量の配分が難しい。素人がすぐに美味いものを作るのは無理だろう」
「難しそうですね」
「一度作ればずっと世界中で売れるくらいのものだからな」
「それは凄い!」
ファブレは目を輝かせる。自分もそういったものを作れるようになるだろうか。
ファブレもいつの間にか、ハッキリと料理人を目指すようになってきたのだった。
「コロッケは醤油やいつもの出汁つゆで食べないんですか?」
「醤油で食べる人もいるが、コロッケは洋食だからな。一般的にはウスターソースだ」
「洋食?」
「私の国独自のものが和食、国外の一定地域発祥のものが洋食だ」
「ビーフシチューやカレーも醤油を使いませんが、洋食ですか?」
「ビーフシチューは洋食だが、カレーはまた別の地域発祥の料理なんだ」
「もしかしてヤマモト様が世界中のレシピに詳しいわけではなく、ヤマモト様の国では世界中の料理を作ったり食べたりするのが当たり前ということですか?」
「そういうことだ」
ファブレは頭がクラクラした。この国でうどんを作ろうとする人はいないだろう。素材の問題もある。
だがヤマモトの国でも同じことが言えるはずなのだ。国外の料理を作るためにわざわざ食材を取り寄せているということになる。
「ヤマモト様の国は、なんでそんなに食事に情熱を注ぐんですか? 毎日のように違う国の料理を食べるのが当たり前なんて。ちょっと・・どころではなくかなり異常です」
「そう言われても困る。だがやはり国外から、私の国は異常と言われることはあるな」
なぜかヤマモトは、おかしい国のおかしい人は誇らしげだった。