57話 勇者ハヤミ
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雷が鳴ったらセーブしましょう。
「ですがヤマモト様。ここ最近の勇者様はすべて元の世界に帰られたり、その・・命を落とされてたりして、ヤマモト様以外に存命の方はいないと聞いてますよ」
ファブレの疑問にミリアレフが答える。
「先々代の勇者は魔王を倒したあと表向きは帰ったと発表されていますが、こちらに残ってひっそりと暮らしているそうなのです。先代の勇者様も会いに行ったことがあるとか。私も今まで知りませんでした。勇者様が神殿にお越しになったら、普段ボケ・・曖昧な状態の神官長様が急にシャッキリとして、このお話をされたんです。勇者パワーですね」
ファブレにもミリアレフが知らされていなかった理由は想像がついた。
「そうだったんですね。先々代の勇者様ってどんな方なんですか?」
「さぁな。ハヤミという名前以外は教えてもらえなかった。ギルマスやミハエルなら何か知ってるかも知れんが、他言無用とのことだしな。会ってみてのお楽しみにしようか」
ミリアレフの顔色が悪い。
「今度秘密をもらしたら本当に舌を抜くと言われました・・」
翌日、3人はハヤミに会いに出発する。片田舎の、さらに山奥だ。
山の入り口の狭い道に差し掛かり、3人が馬車を降りたところで、樹上から矢が飛んで足元に刺さる。
「ここから先は私有地だ。悪いが帰ってもらおう」
樹上から女の声がする。ヤマモトが前に出て答える。
「私は勇者ヤマモトだ。勇者ハヤミに会いに来た」
「なに・・?」
樹の枝から飛び降りた女を見て、ファブレは驚く。
青い肌に白い髪、額からは二本の角が生え、口からは上向きに牙が突き出している。かなり小柄だがどう見てもオーガだ。魔物は人の言葉を理解しないのではなかったのか。
「何か証明するものはあるか? 誰からここを聞いた?」
ヤマモトは女神から授かったペンダントを見せ、神官長から場所を聞いたと伝える。
女は納得したようだ。
「ついてこい」
と山道を歩きだす。
曲がりくねった山道をしばらく歩くと、景色に似合わない快適そうな家が見えてくる。
すぐにハヤミが会ってくれると言われ、部屋に通される。
部屋に入ると、袖や裾が途中で切られたような変わった衣装を着た初老の男性が、低いテーブルの前、床に置かれた四角いマットの上に座っている。
「やあ、よく来たね。僕がハヤミだ」
ハヤミは目をつぶったままこちらに顔を向ける。ファブレは驚いた。どうやら彼は盲目のようだ。
「ほう、座布団に甚兵衛か」
「適当に座ってくれ」
ファブレたちもハヤミと同じように四角いマットの上に腰を下ろす。
案内してくれたオーガの女がお茶をテーブルに置いたあと部屋を出て行った。
「彼女はオーガのハーフでね。僕の目がこんなだから身の回りの世話をしてもらっている。色々聞きたいこともあるだろうけど、まず訪問の本題から聞こうか」
「ああ。本題はあなたの使っていた装備を譲ってほしいということだ」
「理由は?」
「むろん魔王と戦うためだ。私は接近戦が強いだけで魔法が使えない。それを装備で補おうと思ってな」
ハヤミはにこやかだが簡潔に、ヤマモトもいつものように余計なことを言わないため、淡々と会話が進む。
ファブレはせっかく同郷の人と久しぶりに会ったのに・・と思わなくもない。
「ふむ・・従者はいるのかな?」
「料理人、聖女、スカウトだ」
「それは君が頑張るしかないな・・ってなぜ料理人なんだ?」
「ちょっとユニークのデバフの関係でな」
「ああ、美味い料理がないと本気が出せないのか。ハハハ」
ハヤミにはすぐ理由が分かったようだ。驚くべき聡明さと言えた。
「じゃあ色々話をさせてくれないか? その後で装備を渡すか判断しよう」
「了解だ」
ハヤミは体を揺らして座布団に座りなおす。
「僕はゲームに詳しかったから、魔王と戦うまでの所は余り苦労しなかった。君の前の勇者もそうだ。ヤマモトさんは?」
「ゲームはほとんどしたことがなくてな」
「じゃあクエストをこなしてアイテムを集めたり、ダンジョン制覇したりしてないのかな?」
「ああ。魔王がずっと城にいて、討伐する必要すらなさそうだったんだ。だがこの間魔王の部下が暴走して戦になり、ちょっと焦りだしたところだ」
ハヤミの言葉はファブレに理解できない部分がある。なぜゲームとやらに詳しいと攻略が簡単なのだろう? だがヤマモトは分かっているようだ。異世界の符牒のようなものだろうか。
「ほほう、引きこもり魔王か。初めてのケースだな」
「それが人間の仕業だという話もあるが・・あなたがやっている訳ではなさそうだな」
「もう僕には何の力もないよ。大体分かった。これからダンジョン攻略で装備を集めたり、従者を増やすのは、魔王の覚醒に間に合わないという訳だな」
「そんなところだ」
ファブレは感心しきりだった。ハヤミは短時間でこちらの状況を正確に把握してしまった。
「じゃあ君たちの当然の質問に答えておこうか。まず魔王を倒しても帰らなかった理由は、この目だ。元の世界に帰っても直らないと言われてね。そんな状態で帰っても家族に迷惑をかけるだけだし、表向きは帰ったことにして隠れ住んでいるという訳だ」
ハヤミは言葉を続ける。
「そしてこの目の理由は力の代償だ。僕のユニークは目に関したもので、使いすぎでこうなってしまった。もちろん回復魔法やポーションなどは色々試したが効果がなかった」
当然、パーティや勇者の協力者はこの世界のあらゆる手段を探したのだろう。今のヤマモトたちにも直せないだろうということは容易に想像がつく。
「最後に世話してくれる彼女、ヨーコという名だ。僕がつけさせてもらった。ボクの時代の魔王はキメラ・・合成獣の研究が好きでね。彼女はその犠牲者だ。ボクの従者でもあったが、引退後は世話を見てもらっている」
ハヤミは悲劇的な事も微笑したままスラスラと話す。
ミリアレフはボロボロと泣いている。
「世界を救って頂いたのに、勇者様がそんなことになっていたなんて・・」
「君は今代の聖女かな? 力の代償は元から注意されていたことだから、僕が迂闊だっただけさ」
ハヤミは他人事のように言う。ファブレが恐る恐る聞く。
「失礼かも知れませんが・・魔王を倒した勇者は元の世界に帰らない場合、女神様から願いを叶えられると聞いています。目を直されなかったんですか?」
「ちょっと別に叶えたい願いがあってね。そっちを優先したんだ」
自分の視力よりも優先する願いとはどんなことだろう。だがハヤミが自分から言わないなら、
聞いても答えないであろう事は間違いない。
「他に質問はあるかな?」
ハヤミはあっけらかんと聞く。
「あなたが戦った魔王はどんな能力だったんだろうか?」
「魔王がキメラの研究をしていたのは自分を強化するためでね。いろんな魔物の能力といくつもの心臓を持った、タフな奴だったよ。そうだ、魔王城の抜け道を知っているから教えておこう。まだ使えるかどうかは分からないけどね」
ヤマモトとハヤミは色々と話あっているが、ファブレの耳には届かなくなっていた。
魔王を倒した勇者がその代償に目が見えなくなり、元の世界に帰らずにこの世界でひっそりと暮らしているなんて。
無理に召喚され、世界を救ったのにあんまりな結果だ。この世界を恨むのが普通だ。だがハヤミは全てを受け入れている。
自分にそれができるだろうか。もしヤマモトにそんな悲劇が訪れたら自分はどうするだろうか。
「・・ブレ、ファブレ、おい、大丈夫か?」
「あ、ヤマモト様、すみません」
ファブレはヤマモトの声で、思考の渦の中から現実に呼び戻される。
「君の出番だ。君の料理が気に入れば装備をくれるそうだ」




