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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
一章 魔王編
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52話 第三の従者

深い眠りから目覚めたヤマモトが、ベッドから軋む体を起こす。

大砲の音もなく、昨日まで戦場だったと思えないほど穏やかな朝だ。鳥の声さえ聞こえる。

伸びをするヤマモトにファブレが挨拶する。

「おはようございます、ヤマモト様。朝食は召喚のテストも兼ねて、3人別々のメニューにしてもいいですか?」

「おはよう。そういえばそんな事もできるのか。やってみようか。私は卵かけご飯の気分だから、生卵と醤油だけ召喚してくれればいい」

「わかりました。ミリアレフさんはどうします?」

「朝からなんでも好きなものを食べられるなんて、そんな贅沢が許されるんでしょうか・・では以前のフレンチトーストをお願いします」

「はい。ボクはエビグラタンにしてみますね」

食堂からご飯だけもらってきたあと、ファブレの挑戦が始まる。

生卵と醤油はとても簡単だ。フレンチトーストも以前召喚したばかりだ。エビグラタン。以前作ったグラタンの鶏肉の代わりに小さなエビを入れたものだ。焼きあがった表面のチーズの焦げや、フツフツと沸き立つホワイトソース、フォークに刺したマカロニが思い浮かぶ。

「料理召喚!」

深い小皿の中には割り入れた生卵に醤油をかけたものが、白い皿にはフレンチトーストが2枚、そして深めの皿の上にはエビの入ったグラタンが出現する。

「上手くいったみたいですね。う・・」

ファブレは一瞬だけ立ち眩みのような感覚がした。

ヤマモトが心配して声を掛ける。

「ファブレ、大丈夫か?」

「少しクラッとしただけで、もう何ともありません」

「魔力を消費した感覚でしょう。複雑な召喚だから今までの召喚より魔力を使うみたいですね。すぐに慣れますよ」

ミリアレフの説明にも、まだヤマモトは心配そうだ。

「あまり無理をするなよ」

「本当に大丈夫です。ありがとうございます」

ヤマモトの言葉はファブレへの気遣いに満ちており、それがファブレには嬉しかった。


三者三様の食事が終わると軍本部へ向かう。

ちょうどスパークも来たばかりだった。ヤマモトが昨日の顛末をミハエルに伝える。ファブレもバーログとの戦闘の話を聞くのは初めてだ。手に汗を握ってヤマモトの話を聞く。

話が一段落したところで、ミハエルが口を開く。

「バーログは魔王のことを何か言っていたかい?」

「ああ、そういえば死に際に何か言っていたな・・あの人間がとか何とか。ミリアレフ、覚えているか?」

「はい。あの悪魔はこう言ってました」

ミリアレフが咳払いしたあと、顔の両側で手をワキワキさせながら演技する。

「がああア! あノ人間さえいなけレバ! だが長くは持たン・・いずれ魔王様がお前ラヲ・・」


「そ、そうか・・意味深なセリフだな・・」

ミハエルはミリアレフを傷つけまいと演技には触れない。が、

「演技必要あったか?」

スパークは容赦ない。ミリアレフは頬を膨らませる。

「ほんとに下品な悪魔でしたね! 全く!」

あの怪演は下品な悪魔の再現だったようだ。だがファブレにはバーログのイメージは全く伝わらなかった。

「しかし、どういう意味だろう?」

ミハエルの呟きにヤマモトが答える。

「言葉通りならあの悪魔や魔王軍、あるいは魔王の邪魔をする人間がいる、ということだな」

「ヤマモト様以外に、魔王軍にとってそんなに邪魔になる人間がいるんでしょうか?」

ファブレも口を挟む。ヤマモトから遠慮なく意見を出してくれと言われているのだ。

「ボクには心当たりがないな・・皆は?」

ミハエルの言葉に皆首を振る。

「今のところ材料不足だな。まだ決めつけられる段階じゃない」

ヤマモトが冷静に告げる。


「魔王軍は西の果て、以前の境界線の向こうまで逃げて行ったみたいだ。ボクは戦後処理と念のための防衛でしばらくここに残る。ギエフが明日帰ると言っていたが、ヤマモトさんも一緒に帰るかい?」

ミハエルの言葉にヤマモトが頷く。

「そうさせてもらおう」

ミリアレフが笑顔になる。

「凱旋ですね!」

ようやく街に帰れるのだ。着くまでにまだ何日もかかるが、ファブレは家に戻るのが待ち遠しかった。パッサールの店は大丈夫だろうか。店名はどうなったのか・・リンはもう転職しただろうか。魔法研究所にもいかなければならない。

「魔王の状況がわかったら冒険者ギルドに連絡でいいか?」

スパークはまた魔王の偵察に戻るようだ。

「それで頼む」

「次は魔王城かな?」

ミハエルの質問にヤマモトが腕を組む。

「ああ。スパークの情報が入ったら出発しようと思う。どうも悪い予感がする。魔王が出てこなくてもまた今回のような事が起こるかも知れん。あの悪魔の言葉も引っかかるし、早めに手を打ったほうがよさそうだ」

ファブレは驚いた。ヤマモトは積極的に魔王城へ行くつもりのようだ。

「次はいよいよ魔王ですか! 神罰を食らわせてやりましょう!」

ミリアレフの言葉にヤマモトが笑う。

「フフ。だが魔王討伐は簡単ではない。従者3人とはいえ戦闘力不足だしな・・何か戦力増強を考える必要がある」

ヤマモトの言葉にファブレは訝しむ。

「ヤマモト様、従者3人と言いましたか? ボクとミリアレフさん以外にもう従者が決まってるんですか?」

「ああ、目の前にいるだろ」

ヤマモトはテーブルの向かいを見る。

「ん? 誰かいるのか?」

スパークが鋭く後ろを振り向く。だが誰もいない。

「お前しかいないだろ、スパーク。王子が一緒に行く訳ないだろ」

ヤマモトの言葉にスパークはキョトンとしている。

「はぁ? 何言ってるんだ?」

ヤマモトが腕を組んで指を1本立てる。

「あのな、お前は魔王城まで私を案内するんだろ?」

「ああ、そのつもりだ」

2本目の指を立てるヤマモト。

「それに今回、勇者と従者2人と一緒に、魔王軍の幹部を倒しに行っただろ」

「ああ、そうだな」

3本目の指を立てるヤマモト。

「それに従者の証たる、聖なるタリスマンを渡しただろう。誰がどう見たって従者だ」

「何が聖なるタリスマンだ! 鱗を渡しただけじゃねえか、首飾りにしたのは俺だ!」

「へぇ、手先も器用なんですねぇ」

「引退したらパン屋より細工屋の方がいいんじゃないか?」

ミリアレフとヤマモトはスパークの多彩さに感心する。

「スパークさんなら大歓迎ですよ! これからもよろしくお願いしますね!」

ファブレからも決定事項のように言われてしまう。

「ええ? マジかよ!?」

スパークは助けを求めてミハエルを見るが

「従者スパーク君。勇者と共に魔王を倒すのが君の使命だ」

拍手するミハエルにトドメを刺されただけだった。


「はぁなんてこった・・俺が勇者の従者だと? とんだ笑い話だ。酒場でつまみにされちまうぜ」

スパークはげんなりとした表情だ。

「普段は一緒に行動する必要はない。今まで通りでいい。魔王の偵察を命じられた従者だと言えば色々融通が利くだろ」

「あいあい」

スパークが力なく返事する。

「真面目な話、私は情報を重視している。君の偵察や斥候がもたらす情報は今までとても助けになった。これからも君の能力が必要なんだ」

ヤマモトが差し出した右手を、躊躇した後スパークが握り返す。

「よろしくな、従者スパーク」

「正直、まるで実感がないが・・」

「フフ、頼りにしてるぞ」

バーログは下品な悪魔だと聞いたが、スパークにはヤマモトの笑顔が上品な悪魔に感じられた。

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