52話 第三の従者
深い眠りから目覚めたヤマモトが、ベッドから軋む体を起こす。
大砲の音もなく、昨日まで戦場だったと思えないほど穏やかな朝だ。鳥の声さえ聞こえる。
伸びをするヤマモトにファブレが挨拶する。
「おはようございます、ヤマモト様。朝食は召喚のテストも兼ねて、3人別々のメニューにしてもいいですか?」
「おはよう。そういえばそんな事もできるのか。やってみようか。私は卵かけご飯の気分だから、生卵と醤油だけ召喚してくれればいい」
「わかりました。ミリアレフさんはどうします?」
「朝からなんでも好きなものを食べられるなんて、そんな贅沢が許されるんでしょうか・・では以前のフレンチトーストをお願いします」
「はい。ボクはエビグラタンにしてみますね」
食堂からご飯だけもらってきたあと、ファブレの挑戦が始まる。
生卵と醤油はとても簡単だ。フレンチトーストも以前召喚したばかりだ。エビグラタン。以前作ったグラタンの鶏肉の代わりに小さなエビを入れたものだ。焼きあがった表面のチーズの焦げや、フツフツと沸き立つホワイトソース、フォークに刺したマカロニが思い浮かぶ。
「料理召喚!」
深い小皿の中には割り入れた生卵に醤油をかけたものが、白い皿にはフレンチトーストが2枚、そして深めの皿の上にはエビの入ったグラタンが出現する。
「上手くいったみたいですね。う・・」
ファブレは一瞬だけ立ち眩みのような感覚がした。
ヤマモトが心配して声を掛ける。
「ファブレ、大丈夫か?」
「少しクラッとしただけで、もう何ともありません」
「魔力を消費した感覚でしょう。複雑な召喚だから今までの召喚より魔力を使うみたいですね。すぐに慣れますよ」
ミリアレフの説明にも、まだヤマモトは心配そうだ。
「あまり無理をするなよ」
「本当に大丈夫です。ありがとうございます」
ヤマモトの言葉はファブレへの気遣いに満ちており、それがファブレには嬉しかった。
三者三様の食事が終わると軍本部へ向かう。
ちょうどスパークも来たばかりだった。ヤマモトが昨日の顛末をミハエルに伝える。ファブレもバーログとの戦闘の話を聞くのは初めてだ。手に汗を握ってヤマモトの話を聞く。
話が一段落したところで、ミハエルが口を開く。
「バーログは魔王のことを何か言っていたかい?」
「ああ、そういえば死に際に何か言っていたな・・あの人間がとか何とか。ミリアレフ、覚えているか?」
「はい。あの悪魔はこう言ってました」
ミリアレフが咳払いしたあと、顔の両側で手をワキワキさせながら演技する。
「がああア! あノ人間さえいなけレバ! だが長くは持たン・・いずれ魔王様がお前ラヲ・・」
「そ、そうか・・意味深なセリフだな・・」
ミハエルはミリアレフを傷つけまいと演技には触れない。が、
「演技必要あったか?」
スパークは容赦ない。ミリアレフは頬を膨らませる。
「ほんとに下品な悪魔でしたね! 全く!」
あの怪演は下品な悪魔の再現だったようだ。だがファブレにはバーログのイメージは全く伝わらなかった。
「しかし、どういう意味だろう?」
ミハエルの呟きにヤマモトが答える。
「言葉通りならあの悪魔や魔王軍、あるいは魔王の邪魔をする人間がいる、ということだな」
「ヤマモト様以外に、魔王軍にとってそんなに邪魔になる人間がいるんでしょうか?」
ファブレも口を挟む。ヤマモトから遠慮なく意見を出してくれと言われているのだ。
「ボクには心当たりがないな・・皆は?」
ミハエルの言葉に皆首を振る。
「今のところ材料不足だな。まだ決めつけられる段階じゃない」
ヤマモトが冷静に告げる。
「魔王軍は西の果て、以前の境界線の向こうまで逃げて行ったみたいだ。ボクは戦後処理と念のための防衛でしばらくここに残る。ギエフが明日帰ると言っていたが、ヤマモトさんも一緒に帰るかい?」
ミハエルの言葉にヤマモトが頷く。
「そうさせてもらおう」
ミリアレフが笑顔になる。
「凱旋ですね!」
ようやく街に帰れるのだ。着くまでにまだ何日もかかるが、ファブレは家に戻るのが待ち遠しかった。パッサールの店は大丈夫だろうか。店名はどうなったのか・・リンはもう転職しただろうか。魔法研究所にもいかなければならない。
「魔王の状況がわかったら冒険者ギルドに連絡でいいか?」
スパークはまた魔王の偵察に戻るようだ。
「それで頼む」
「次は魔王城かな?」
ミハエルの質問にヤマモトが腕を組む。
「ああ。スパークの情報が入ったら出発しようと思う。どうも悪い予感がする。魔王が出てこなくてもまた今回のような事が起こるかも知れん。あの悪魔の言葉も引っかかるし、早めに手を打ったほうがよさそうだ」
ファブレは驚いた。ヤマモトは積極的に魔王城へ行くつもりのようだ。
「次はいよいよ魔王ですか! 神罰を食らわせてやりましょう!」
ミリアレフの言葉にヤマモトが笑う。
「フフ。だが魔王討伐は簡単ではない。従者3人とはいえ戦闘力不足だしな・・何か戦力増強を考える必要がある」
ヤマモトの言葉にファブレは訝しむ。
「ヤマモト様、従者3人と言いましたか? ボクとミリアレフさん以外にもう従者が決まってるんですか?」
「ああ、目の前にいるだろ」
ヤマモトはテーブルの向かいを見る。
「ん? 誰かいるのか?」
スパークが鋭く後ろを振り向く。だが誰もいない。
「お前しかいないだろ、スパーク。王子が一緒に行く訳ないだろ」
ヤマモトの言葉にスパークはキョトンとしている。
「はぁ? 何言ってるんだ?」
ヤマモトが腕を組んで指を1本立てる。
「あのな、お前は魔王城まで私を案内するんだろ?」
「ああ、そのつもりだ」
2本目の指を立てるヤマモト。
「それに今回、勇者と従者2人と一緒に、魔王軍の幹部を倒しに行っただろ」
「ああ、そうだな」
3本目の指を立てるヤマモト。
「それに従者の証たる、聖なるタリスマンを渡しただろう。誰がどう見たって従者だ」
「何が聖なるタリスマンだ! 鱗を渡しただけじゃねえか、首飾りにしたのは俺だ!」
「へぇ、手先も器用なんですねぇ」
「引退したらパン屋より細工屋の方がいいんじゃないか?」
ミリアレフとヤマモトはスパークの多彩さに感心する。
「スパークさんなら大歓迎ですよ! これからもよろしくお願いしますね!」
ファブレからも決定事項のように言われてしまう。
「ええ? マジかよ!?」
スパークは助けを求めてミハエルを見るが
「従者スパーク君。勇者と共に魔王を倒すのが君の使命だ」
拍手するミハエルにトドメを刺されただけだった。
「はぁなんてこった・・俺が勇者の従者だと? とんだ笑い話だ。酒場でつまみにされちまうぜ」
スパークはげんなりとした表情だ。
「普段は一緒に行動する必要はない。今まで通りでいい。魔王の偵察を命じられた従者だと言えば色々融通が利くだろ」
「あいあい」
スパークが力なく返事する。
「真面目な話、私は情報を重視している。君の偵察や斥候がもたらす情報は今までとても助けになった。これからも君の能力が必要なんだ」
ヤマモトが差し出した右手を、躊躇した後スパークが握り返す。
「よろしくな、従者スパーク」
「正直、まるで実感がないが・・」
「フフ、頼りにしてるぞ」
バーログは下品な悪魔だと聞いたが、スパークにはヤマモトの笑顔が上品な悪魔に感じられた。




