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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
一章 魔王編
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51話 じゃがバター

ファブレはスパークとともに井戸の底でヤマモトたちを待つ。

だがスパークはソワソワし始め、ついには井戸を上がって、小屋の壁の隙間から外の様子をじっと見守っている。

「おっ、勝ったようだぞ」

教会に立ち上る炎の揺らめきが消え、魔物たちが散り散りに逃げていくのを見たスパークが、井戸の底にいるファブレに伝える。

「ほんとですか!」

「ああ、魔物が逃げていく。もう上がっても安全だろう」

ファブレも井戸を上がり、小屋の前でヤマモトたちを出迎える。

ヤマモトは体の左側の防具が焼け焦げ、左足のブーツもなく素足に布を巻いている。

ミリアレフはいつもまとまっている髪が大きく膨らみ、神官帽に収まらない状態だ。

「おうお疲れ、大変だったようだな」

「ヤマモト様、ミリアレフさん、お疲れさまでした。すぐ着替えを用意しますね」

ファブレは笑顔で二人を迎え、体中煤まみれの二人に濡れタオルを差し出す。

「ああ、ありがとう」

「神罰を下してやりましたよ!」

「おっとそうだ、ミハエルに連絡しないとな」

ヤマモトは右耳のイヤリングを押さえてミハエルに勝利を伝える。ミハエルの声も弾んでいる。

遠くから喝采が聞こえた。


二人が小屋で着替えている間、ファブレは小屋の外で待つ。スパークはバーログのいた教会まで行って、宝石や装飾品をいくつか持って上機嫌で戻ってくる。

「こりゃなかなかだな」

「よく見つけたな。気づきもしなかった」

「うう、髪がまとまりません・・」

着替えを終えたヤマモトとミリアレフが小屋から出てくる。ミリアレフは髪を帽子に押し込むのをあきらめて結わえていた。

「こんな時になんだが、腹ペコで倒れそうだ。地下通路よりは外で食べた方がマシか」

「あっちにマトモな家があったぞ。ちと借りるか」


スパークが見つけた、損傷の少ない家のリビングを拝借して昼食となる。

ファブレがヤマモトにリクエストを聞く。

「何にしましょうか?」

「腹は減っているのだがこれという物が思い浮かばない。おまかせしていいか?」

「はい!」

ファブレは思案する。このところ食欲が戻ったとはいえ、激戦の直後だ。肉料理や見た目の悪いもの、今回は焼き物も避けたほうがいいだろう。それでいて腹にたまるもの・・。よし。

「料理召喚!」

1つ目の皿はバターと塩、2つ目の皿はハムとチーズ、3つ目の皿は卵のみじん切りとマヨネーズ、4つ目の皿は玉ねぎのみじん切りとケチャップ、が乗ったふかし芋が一皿に4つずつ出現する。

ヤマモトがすぐ今までの召喚との違いに気づく。

「ほう、違う料理を同時に出せるようになったのか」

「はい、レベルが上がってできる感じがしたので」

「魔力は大丈夫ですか?」

心配してくれるミリアレフにファブレが礼を言う。

「何ともありません。ありがとうございます。」


「目移りしちまうな。これから行くか」

スパークがハムとチーズが乗った芋に手を伸ばす。

「じゃあ私はこれ!」

ミリアレフは卵とマヨネーズの芋を手に取る。

「私はベーシックにこれだな。いただきます」

ヤマモトは手を合わせたあとバターと塩の芋を手に取り、かぶりつく。

「うむ、美味い!」

ミリアレフは目を閉じてしみじみと味わっている。

「お芋が体に染みますねぇ」

「じゃあ次はこれだな」

スパークはあっという間に1つ目を食べてしまい、もう2つ目を手に取っている。

ファブレは玉ねぎとケチャップの芋を取る。

まだ熱いが持てないというほどではない。皮は指で簡単にむくことができる。

かぶりつくとまずケチャップの強い甘味と酸味が感じられ、玉ねぎの刺激的な辛味が鼻に抜ける。しかしすぐに無骨ともいえるジャガイモの風味で中和されていく。予想通りの味だ。

芋4つともなるとそれなりの食事量になり、勢いが早かったスパークも4つ食べたところで手を止める。

「いやあ、どれも美味かったな」

「出されてみるとこれが食べたかった、という感じだったな。いいチョイスだったぞ」

「とっても美味しかったですね」

「ありがとうございます」

3人の賞賛に礼をいい、拝借した茶葉とカップで皆にお茶を配るファブレ。

充分に食後の休憩を取ったあと、勝手に上がったお詫びの手紙と銀貨を家に置いて、井戸へと戻った。


来た時と逆のルートで地下通路を通って古井戸を上がる。今回はスケルトンはいなかった。

馬がいなくなっていないか心配していたが、無事に残っていてほっとする。野宿の選択肢もあったが皆早く帰りたかった。4人は馬に乗って帰路につく。

帰り道の半ばで夕食を取る。ヤマモトのリクエストでビーフシチューにした。

夕食後、また馬に揺られているとファブレはどんどん瞼が重くなる。

「すみませんヤマモト様。ボクは戦ってもいないのに・・」

シャッキリしなければ、と頭では思うが睡魔には抗えない。意識が途切れ途切れになる。

「今日は朝早かったからな。抑えててやるから安心して寝ていろ」

ヤマモトの懐に包まれて、ファブレは安らかな寝息を立てる。


「ファブレ、着いたぞ」

というヤマモトの声と、体を揺さぶられる感覚でファブレは目が覚める。

寝ぼけ眼に軍陣地の篝火がぼやけ、馬で揺られる感覚に自分がどういう状態なのか思い出す。

「す、すみません! ヤマモト様に働かせてボクが寝ちゃうなんて」

「気にするな。どうせ君がすることはない。むしろ寝ててバランスが取りやすかったくらいだ」

ヤマモトは言うがそんなことはないだろう。ファブレが落ちないよう抑えながら馬を操るのは大変だったはずだ。

ファブレは自分も馬に乗れるようになろうと心に決めた。もう茹で上がるのはごめんだった。


やがて軍陣地の入り口までくると、ヤマモトたちに気づいた門番が呼んだのか

既にミハエルや副官、それに多数の兵士たち、冒険者たちが出迎えに来ている。

ミハエルがヤマモトの手を両手で握る。

「ヤマモトさん、よくやってくれたね。魔物たちにも伝わったみたいで、連絡があった後に敵は引いていったよ」

ヤマモトが頷く。

「そうか・・では」

「私たちの勝利ですね!」

胸を張るミリアレフの言葉に、兵士たち、冒険者たちが雄たけびを上げる。

「俺たちの勝ちだ!」

「やったぞ! 俺たちは国を守ったんだ!」

「勇者様バンザイ!」

「聖女様バンザイ!」

「ミハエル王子、バンザイ!」

「スパーク、今度おごってやるぜ!」

ファブレは自分の名が呼ばれなくても気にしなかった。元より大した事はしていない。

勇者が自分を必要と言ってくれるのだ。それで充分だった。

歓声の中、ミハエルはファブレに近づいて手を取る。

「君もありがとう。小さな勇者さん」

「いえ、ボクは大したことはしてませんから」

「そんなことはないさ。僕も勇者も皆、君の活躍を知っている」

王子がここまで言ってくれるのだ。素直に受け取るべきだった。

「ありがとうございます。ミハエル様。ボクが少しでもお役に立てたのなら、こんなに嬉しいことはありません」

ミハエルは笑顔で頷いたあと、歓声に答えるべく手を振りながら、兵士たちのところへ戻っていった。

次は自分の番かと手を握ったり開いたりしていたミリアレフはガックリと落ち込んだ。


詳細な報告は明日、ということにしてヤマモトたちはいつものテントに帰ってきた。

ファブレが床につくと、まだ馬に揺られているような奇妙な感覚がする。

それにヤマモトの穏やかな温もりがまだ記憶に残っている。

帰路でも寝たはずなのに、ファブレはあっという間に眠りに落ちた。

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