44話 カプレーゼ
「赤い狼煙があんなに・・」
狼煙の数だけ、王国軍の兵士が対応できない魔物がいるということだ。
ファブレにも逼迫した事態だということは分かる。ギエフが自分に言い聞かせるように言う。
「慌てるな。まず目の前のことからだ。君たちのテントはあの入口に旗が立っている大き目のやつだ。分かるか?」
3人が頷いたのを見てギエフは続ける。
「よし、基本的に狼煙があれば救援に向かってもらい、狼煙が無くなればあのテントに戻って休憩してくれ。ミハエル様からの指示があればそちらが優先だ。ヤマモトさんと聖女はここで馬に乗り換えてすぐに救援に向かってほしい。装備と持ち物の点検をしてくれ。他に質問はあるか?」
「大丈夫だ。ファブレ、君はどうする?」
「ヤマモト様が戻ってきたときにくつろげるよう、テントで準備をしておきます。今日は戻ってくるまで待っています」
「わわわ私も大丈夫です!」
点検を終えたヤマモトとミリアレフが馬車を降りて馬に乗り換える。ファブレとギエフで二人を見送る。
「ヤマモト様、ミリアレフさん、どうかお気をつけて・・いってらっしゃいませ」
「武運を祈っている」
装備を整えて馬に乗ったヤマモトは絵になるほど凛々しい。
「大船に乗った気でいろ。すぐ蹴散らして戻ってくる」
「神の威光を知らしめる時です!」
「よし、まずあの狼煙の場所からだ、行くぞ!」
「はい!」
二人は馬で駆けていった。ファブレは二人が向かった先をじっと見ていたが、ギエフに肩を叩かれる。
「大丈夫だ。あのドラゴンを見たろう? 勇者を倒せる魔物なんていないさ。俺たちは自分にできることをやろう」
ファブレは頷く。
ギエフは馬車の荷物を降ろし終わると、街で手の空いている冒険者を集めるため去っていった。
テントで荷ほどきや家具の位置の調整をするファブレだが、どうしても時折外に出て、赤い狼煙の数を確認してしまう。狼煙が消えてもまた新しい狼煙があがり、数が減っていないように思える。昼になってもヤマモトたちは戻ってこないが、狼煙の数ははっきりと減ってきた。そして午後、
ファブレは全ての狼煙が消えたのを確認する。そのまま外で待っているとヤマモトとミリアレフが
馬で戻ってきた。ファブレが二人を迎える。
「ヤマモト様、ミリアレフさん、お帰りなさい! ご無事で何よりです」
ヤマモトもミリアレフも、全身泥や血にまみれ、ブーツは肉片のようなものもついている。
「ただいま。さすがにちと疲れたな」
「も、戻りました・・」
ヤマモトは溜息をついて馬から降りる。ミリアレフはズルズルと馬からこぼれ落ちるように地面に落ち、そのまま座り込む。疲労困憊のようだ。
無理もない。ヤマモトは戦闘スキルとともにそれを支える腕力や体力、スタミナも超人的だが、ミリアレフの体力やスタミナは人並みなのだ。
ファブレは湯とタオルと着替えを用意し、二人が体を拭いたり着替えている間にテントの外で、馬に飼葉や水を与えておく。
もういいぞと声があったのでテントに入ると、ヤマモトはお茶をのみ、ミリアレフはテーブルに突っ伏している。
「大変な戦だったようですね。ミリアレフさん、ポーション飲みますか?」
ファブレがミリアレフに疲労回復ポーションを差し出すが、幼児のように拒否される。
「もうポーションは嫌ぁ・・」
「あのマズい魔力回復ポーションや疲労回復ポーションを散々飲んでたからな」
ヤマモトが苦笑する。ポーションは連続で使用すると効果が無くなってくる。今無理に飲ませる意味はなさそうだった。
「何か食べますか?」
「何か食べたほうがいいとは思うがちょっと食欲がな・・」
「わだしもぢょっと無理ですう」
ファブレが聞くが二人とも全く食欲がないようだ。当然だろう。戦場は無残な死体や、むせるような血の匂い、臓物から漂う悪臭、そういったもので溢れているのは容易に想像できる。
だがすぐに出番があるかも知れない。食欲がなくても取れるときに食事を取っておかなければならない。そして二人に食べさせるのがファブレの役割だった。
「簡単な料理を出しますので、よかったら食べて下さい。無理なら結構ですから」
ファブレはヤマモトたちを待つ間、食欲がない場合のメニューを考えていた。
肉は論外。丼など重いものも無理。匂いが強いものも無理。お粥等の見た目が悪いものも無理、熱いものも避けたほうがいいだろう。
軽く食べられて、匂いがなく、見た目がよく、熱くなく、かつ栄養もあるもの。
「料理召喚!」
テーブルの上の白い皿に、赤い球、緑の葉、白い球が刺さった小さい串がいくつも出現する。
「ほほう、カプレーゼか」
「コロコロしててかわいいですね! これ全部食べられるんですか?」
ミリアレフの問いにファブレが答える。
「串以外は大丈夫です。ミニトマト、バジルの葉、チーズを刺したものですから。オススメは全部一緒ですが、別々でも構いません。お好きなように食べて下さい」
「これなら気軽に食べれるな。いいチョイスだ。いただこう」
ヤマモトが串を取りトマト、バジル、チーズ全部を一度に頬張る。
噛み絞めるとバジルの爽やかな香りが鼻を抜け、すぐにトマトの酸味と甘さが口の中に広がる。その後にチーズの微かな塩気と濃厚な味わい、もっちりとした食感が伝わり満足感がある。
「うん、冷えてて美味い」
ミリアレフは1つ目の串は別々に食べ、2つ目は全部いっぺんに食べる。
「全部一緒の方が美味しいですね!」
「そういう料理だからな。しかし、このトマトは・・種がないのか? なるほどな」
ヤマモトはファブレの思惑に気づいたようだ。
トマトの断面やドロッとした種の部分は戦の後では不快なことを思い出すだろう。だからファブレは通常のトマトでなくミニトマトを使った。更に食感の不快をなくすため、種部分のないミニトマトを召喚したのだった。
食べ始めると空腹に気づき、ヤマモトもミリアレフも4、5本は食べることができた。
「ありがたいな。これで腹ペコで戦うのは避けられそうだ」
「ちょっと元気が出てきました!」
二人に食べてもらえてファブレはほっとする。
しばらくファブレが狼煙の見張りをして、二人は休んでもらうことにした。
横になると二人はすぐ寝息を立てる。ファブレは何事もないことを祈るが、小一時間ほどしたところで赤い狼煙が上がるのが見えた。
心苦しくも二人を起こすファブレ。ヤマモトは跳ね起きるが、
ミリアレフは横になって力が抜けてしまったようで、重病人のように起き上がるのに苦労している。
それでも何とか支度を済ませて、馬にまたがり狼煙へ向かう二人。
ファブレは二人の無事を祈ることしかできなかった。




