4話 しじみの味噌汁
ヤマモトが酒場での飲み勝負に勝ったぞ、と意気揚々と帰ってきた翌日のこと。
「しじみの味噌汁が飲みたい」
テーブルに突っ伏したままのヤマモトが呟き、エプロン姿のファブレが聞き返す。
戦闘では役に立たない分、家事や身の回りの世話をしているのだ。
「何ですか? シジミ? ミソシル?」
「しじみは淡水や汽水にいる二枚貝、こう殻が合わさったものだ。大きさは親指の爪程度」
と両手を膨らませて合わせる。
「味噌は醤油と同じく、私の国での独特の調味料だ。煮た大豆をつぶして塩や麹を加えて発酵させ、長時間置いて熟成させたものだ。しじみと昆布を水からゆっくり煮て出汁をとり、その後昆布を抜いて味噌を入れる。それがしじみの味噌汁だ」
ファブレは困惑した。しじみも食べたことがないし、味噌など想像もつかない。
「さすがに無理があると思いますが・・」
「まぁとりあえずやってみてくれ」
貝は水路についているものしか知らない。煮て食べたこともあるが臭みばかりで美味しいとは感じなかったし、腹を壊したので二度と食べなかった。
「では、料理召喚」
お椀の中に小さな貝がたくさん入ったスープが出現する。が、
「白いな・・」
煮た大豆をつぶしたものは白い。これでは豆乳スープだ。
ヤマモトがおそるおそるお椀に口をつけ、一口飲んで噴き出した。
「ぶはっ」
塩味の豆乳スープに貝のえぐみが足され、それに砕いた豆の粒と砂が混じったすさまじい代物だった。
「すみません」
ファブレは頭を下げる。
「いや・・さすがに味噌をよく知らないと無理だな。どこかに売っているのか、一度自作するか・・。これは食べないでいいぞ。こんな失敗を覚えられても困る」
「はい」
さすがにヤマモトも無理を言ったと思ったのか、ファブレを責めることはない。
ほっとするファブレだったが、
「では罰というほどではないが・・これを付けてくれないか?」
ヤマモトは飾りのついたカチューシャを取り出す。貴族のメイドなどが頭に付けているものだ。
「え? これはメイドの女の子が付けるものですよね? どうして僕に?」
「君なら似合うと思うんだ」
ヤマモトが鼻息荒く、ファブレの両手を取る。
「嫌ですよ、僕は男ですから」
ファブレはヤマモトの手から逃げ、プイと後ろを向く。
「そうか、あんなものを飲まされたからちょっと腹が痛くなってきた気がするな。
それに頭が重くて体がだるい。これじゃ勇者たる我がしばらく外に出れないかもなー。世界がピンチだなー」
ヤマモトは棒読みで世界の危機を告げる。
「ただの二日酔いでしょう! もう、分かりました。そんなにつけて欲しいならつけます。
でも今日だけですよ」
「ありがとう!」
ヤマモトはすぐカチューシャを手渡し、ファブレが犬耳の間にそれを付けるのをジッと見ている。
「もう・・これでいいですか?」
「ちょっと曲がっているな・・こう」
ヤマモトがカチューシャの位置を手直しする。
そして両手の親指と人差し指で四角い枠を作り、それ越しでファブレを見る。
「うむ・・素晴らしい。異世界バンザイ」
「何を言ってるんですか・・こんなことをして楽しいんですか?」
ファブレは照れと怒りでヤマモトに突っかかるが
「とても楽しい。それに色々みなぎってきたぞ」
とヤマモトは真顔で答えた。
(駄目だこの人、美人だけど頭がおかしい)
ファブレはようやく悟った。