39話 焼肉
偵察に行っていたスパークから魔王軍の情報が入ったため、ヤマモトたちは冒険者ギルドに来ている。
3人でギルド長室に入るとハウザーが立ち上がる。
「来たな、っとその娘は新顔だな?」
「初めまして。ミリアレフと申します。聖女の2つ名を授かっており、この度勇者様の従者になりました」
ミリアレフがペコリと頭を下げる。
「ギルド長のハウザーという。そうか、聖女が入ったのか。ようやく勇者らしくなってきたな」
「ああ。で、状況はどうなんだ?」
ヤマモトの質問に、ハウザーがドカリと椅子に座り、机の上の地図を指して説明する。
「良くない。魔王軍の数は少なくとも数千匹。一万以上の可能性も十分ある。奴らは東に軍を進め、もう3つの村が占拠された。生き残った村人はロアスタッドの街に避難しているが、魔王軍もそちらに迫っている。ロアスタッドは西部穀倉の流通の要だ。絶対に落とされる訳にはいかん。王国軍はもう現地へ出発した。各地の冒険者ギルドからも人を集めて順次出発している。うちから出す分は明日の朝出発する。一緒に行けるか?」
「わかった。問題ない。二人ともいいな?」
「はい」
「いよいよですね!」
ヤマモトの言葉にファブレとミリアレフが頷く。ファブレがハウザーに尋ねる。
「スパークさんは無事ですか?」
「ああ無事だ。ロアスタッドにいるはずだから、合流して直接詳しい状況を聞いてくれ」
「よかった」
「ギルマスも行くのか?」
ヤマモトの質問にハウザーは顔を歪める。
「俺は一線を引いて久しいし戦力にならん。それに大規模な集団戦は経験がないから隊長としても役に立たんだろうよ。ここから出す部隊の隊長はギエフに任せている。奴は王国軍にいたことがあるからな。ちと不安なところもあるが・・。俺はここで吉報を待ってるよ」
ハウザーの言葉にヤマモトは感心する。
「顔に似合わず冷静だな」
「ほっとけ。ああそうだ。王国軍はミハエルが率いているそうだぞ」
「あの顔だけナンパ王子か」
「ヤマモト様、不敬ですよ!」
ファブレはあわてて注意する。ヤマモトの発言が衛兵に聞かれたら牢屋に入れられるだろう。勇者を取り押さえられる衛兵がいればの話だが。
「すまん。君たちにも迷惑がかかるな。今後は控えよう」
ヤマモトが素直に聞き入れ、ファブレは安堵する。
「お前たちは3人でいいか? それなら馬車を用意する。ロアスタッドまではおそらく4、5日かかるだろうから準備を怠るなよ。ギエフとは出発前に顔合わせしてくれ。他に質問はあるか?」
ヤマモトはファブレとミリアレフを見る。二人とも首を振る。
「大丈夫だ」
「無事を祈っている」
ハウザーは立ち上がりヤマモトと握手する。部屋を出ようとしたところでファブレがハウザーに声をかけられる。
「おお小僧。この前のアレはとても美味かった。戻ったらまた何か酒のつまみにいいのを作ってくれ。祝勝会ではお前も飲むだろ?」
「飲みません! 祝勝会の料理は考えておきますね」
3人はギルド長室を後にする。階下の受付でリンを呼び出してもらい、明日出発することを伝える。
「そうですか・・。私に何の力もなくて悔しいです。気を付けて行ってきて下さい。この方は?」
「新しくパーティに入ったミリアレフ、聖女だ」
「私が来たからには安心してください! 勇者様とファブレさんは必ずお守りします!」
胸を張ったミリアレフの両手をリンが強く握り、そこへ額をつける。
「どうか私の代わりに、二人をお願いします・・」
リンの涙が頬を、手を伝って床にこぼれた。
家に戻り、遠征の準備を終えて休憩をとる3人。
ファブレがヤマモトに尋ねる。
「そういえば・・リンさんは何かユニークを持っているんでしょうか?」
「一度魔法研究所に連れて行ったが、特にユニークはないそうだ。異世界人といえど勇者ではないからな」
「そういえばそうですね。じゃあミリアレフさん」
ファブレは今度はミリアレフに尋ねる。
「なんでしょう?」
「以前聞いた過去の勇者様は、どんなユニークをお持ちだったかご存じですか?」
「勇者様のユニークは口外禁止なんですけど、過去のことだしいいですよね! 日記にもこれとはっきり書かれてはいませんが、どうも召喚魔法だったようです」
「えっ、召喚魔法なんですか?」
「ほう、どんなものだろう」
驚くファブレ。ヤマモトも興味が沸いたようだ。
「過去の勇者様本人はそれほど強くなくても、竜の王や過去の英雄、天使の軍勢など、非常に強力な召喚ができたそうです。おそらくそれがユニークですね!」
得意顔で何度も頷きながら言うミリアレフ。
「それは派手ですね。ボクの召喚とは大違いです・・。魔王のことは何か書かれてますか?」
「高祖母含めて従者は勇者様と分断され、勇者様だけが魔王と戦ったそうです。いくつも頭がある巨大な蛇のような、おぞましい姿だったとありますね」
「うへぇ・・さすが魔王ですね」
「ふーむ、そういうこともあるのか。気を付けよう」
ミリアレフは自分の知識が役に立って鼻高々だ。
「盗み見しておいてよかったです! あっ、日記を読んだことは誰にも言わないでくださいね。バレたら舌を抜かれて魔法を使えなくなっちゃいます!」
「ええ?」
「それはシャレにならんな・・」
ファブレもヤマモトもドン引きだ。
「じゃあ英気を養うために豪華な夕食といくか。こんな時は・・やはり焼肉か。焼きながら食べるのが醍醐味だから、召喚じゃないほうがいいな」
「わかりました。準備しますね」
ファブレは肉や野菜やタレ、鉄板などを準備する。ヤマモトがハッと気づきミリアレフに聞く。
「先に確認すべきだった。何か食べちゃいけないもの、戒律などはないのか?」
「大丈夫です! 神は言っています。肉も酒も楽しめと」
「酒はまだダメだろう。バチが当たっても知らんぞ・・」
ミリアレフの適当な答えにヤマモトも呆れる。
鉄板が温まり、最初の肉や野菜などを乗せるファブレ。ご飯とスープ、エプロンを配り、あとは各自が好きなように焼いてもらうようにする。
「ではいただこう」
ヤマモトが両手を合わせ、最初の肉をタレにつけて食べる。
ファブレとミリアレフも食べ始める。
「美味い! これはいい肉だな」
「食品問屋さんからかなりいい肉を分けてもらったんです」
「うわあ、口の中でとろけますね」
3人は肉や野菜を焼いては口に運び、ご飯やスープもお代わりして多いに焼肉を楽しんだ。
「ふう、堪能したな」
「これで準備はバッチリです!」
「美味しかったですね」
片付けと食後の休憩が終わったところで、ヤマモトが立ち上がる。
「さて、明日からは忙しいし今日は早めに寝るか」
「はい。緊張しますね・・」
「大丈夫です! 私に任せて下さい!」
ミリアレフの根拠のない自信はファブレの不安を和らげてくれ、いつも通りに寝付くことができた。




