37話 アスパラベーコン
ファブレはヤマモトに連れられて冒険者ギルドに来ている。
辺境の村が魔王率いる魔物の軍勢に襲われたと情報が入り、詳細な報告を待っているところだ。
やがてノックと同時に乱暴にドアが開き、男性が3人入室してくる。
「待たせたな」
そう言ってヤマモトとファブレの向かいのソファにドッカリと掛けたのが、ギルドマスターのハウザー。頭が禿げ上がり筋骨隆々でいかにも経験豊富な冒険者といった風情だ。
「おう坊主。ご活躍だったみたいだな」
スカウトのスパークがその隣、ソファの中央に座る。ファブレも挨拶を返す。
「あ、スパークさん。お久しぶりです」
もう一人はファブレの知らない人物だった。豪奢な金髪でハンサムな青年だ。よく見ると左右の目の色が違う。
「やあヤマモトさん。相変わらず美しいですね」
とその青年がヤマモトにナンパな声を掛けてくる。ヤマモトは虫でも追い払うかのように手をパタパタ振る。
「つれないなぁ・・」
青年は苦笑してスパークの隣に座る。ハウザーがファブレをジロリと見据える。ファブレは本能的に体を縮こませてしまう。
「この小僧がファブレでいいか?」
「そうだ。睨むんじゃない。怯えてるだろう」
ヤマモトがハウザーに注意する。スパークが両手を開いてファブレに言う。
「ギルド長はいつも荒くれ連中を相手にしてるから粗暴に見えるかも知れんが、悪気は無いんだ。許してやってくれよな」
ハウザーがガリガリと頭を掻く。
「チッ。じゃあスパーク説明してくれ」
「あいよ。実はまず謝らなきゃならん。辺境の村が魔王の軍勢に襲われたのは正しいんだが、魔王は動いてないらしい」
スパークの説明に、ヤマモトが首を傾げる。
「ん、どういうことだ?」
「率いていたのは魔王じゃなく別の魔物だ。仲間割れの可能性が高い」
「ほほう。そんなこともあるのか」
ファブレはキョトンとする。話が全く分からない・・。スパークが苦笑する。
「話を整理するためにも、坊主にもわかりやすく説明するか。魔王軍は魔王が率いている。それは分かるな?」
「もちろんです」
この世界の住人ならだれでも知っている。だからこそ魔王を倒さなくてはならない。
「魔物や魔王軍は自分より強いものに率いられて戦うのを至上の喜びとしている。だが魔王は城の奥から出てこないし、何の命令もしていないようなんだ。だから今回の件は何もしない魔王に業を煮やした奴が暴走したか、魔王に反旗を翻したのか。もしかしたら・・」
言葉を切ったスパークの後をヤマモトが続ける。
「魔王は出てこないのではなくて、監禁や封印されているのかもな」
ヤマモトの言葉にファブレは驚く。
「ええっ? 魔王は魔物の中で一番強いんですよね? それに魔物は魔王の命令に逆らえないと聞いてます。魔王が監禁されるなんてことがあるんでしょうか?」
スパークが肩をすくめる。
「まぁ本当のところは分からん。今分かってるのは魔王以外の奴が魔物を率いて暴れていて、魔王に動きはないということだ」
ハウザーが腕を組む。
「ふーむ、俺もそんな話は聞いたことがねえ。王家の方で何か伝承はないか?」
金髪の青年が答える。
「過去に魔王候補が二人出現して争ったという話はあるけど、今回は魔王は一人なんだよね?」
「ああ、それは間違いない」
「じゃあちょっと分からないや」
ハウザーがまとめるように言う。
「どの道、この軍勢は討伐しなきゃならん。王国軍も出る。冒険者からも討伐隊を出す。ヤマモト、お前の力も借りたい」
ヤマモトは目を閉じて呟く。
「ああ、仕方ないな」
スパークが頷く。
「軍勢は村を占拠して居座ってる。残念ながらもう村に生き残りはいないだろう。俺らはしばらく敵の様子を探ってみる」
「気を付けて下さいね、スパークさん」
「ああ、俺は冒険者を引退したら勇者印のパンを売るんだ。死にゃしないさ」
スパークがファブレに軽口を返す。ヤマモトは逆に心配になる。
「ちょっとフラグっぽいぞ、それは・・」
「ところでヤマモトさん、せっかく彼がいるんだし何かご馳走してもらえません?」
「こんな状況でか?」
金髪の青年の提案にヤマモトが呆れた声を出す。
「ギルマスは彼の料理を知らないでしょ? 情報共有ってことで」
まるで自分は食べたことがあるかのような口ぶりだ。だがファブレは金髪の男に料理を作った記憶はない。
「あの、失礼ですけどボクの料理を食べたことがあるんですか?」
「ああ、あるとも。一番記憶に残ってるのはキャベツの千切りだ。あの心遣いは素晴らしかった」
キャベツの千切り、心遣いといえば料理大会予選のエビフライだ。そうなると思い当たる人物が一人だけいる。
「あっ、もしかして大会の審査員の方ですか? あの覆面をかぶっていた」
「そうそう。やっと思い出してくれたか」
「思い出すも何も、覆面してたんだから分かる訳なかろう」
ヤマモトがツッコミを入れる。
「僕の目は特殊だから、ああでもしないとすぐ正体がわかっちゃうだろう?」
「コイツはこんなでもこの国の第三王子、ミハエルだ」
ヤマモトの発言にファブレは文字通り飛び上がる。
「ええっ、これはとんだ失礼を!」
ファブレは地面に座ろうとするが、ミハエルはそれを手で遮る。
「いや、そういうのいいから」
「しかし・・」
「僕がいいというからいいんだよ。みんなそうしてるだろう?」
「いいんでしょうか・・ではお言葉に甘えまして」
どう考えても良くはないが、勢いに押されてファブレは椅子に座りなおす。ハウザーが割り込む。
「挨拶はそのへんでいいか? 俺も小僧の能力は見ておきたい。戦闘には役に立たんだろうが、何か使い道があるかも知れんしな」
ファブレはヤマモトを見る。
「ヤマモト様、どうします?」
「わたしは食欲がないから、男どもが喜びそうなやつを作ってやってくれ」
「わかりました」
ファブレは考える。こんな場面なら席に座って1人ずつ食べる皿料理でなく、気軽につまめるものがいいだろう。男性が喜びそうなもの・・やはり肉料理だろうか。しかし野菜も取れたほうがいい。よし。
ファブレは大皿を借りてテーブルに置き、魔法を発動する。
「料理召喚!」
大皿の上には植物の茎のようなものを肉で巻いて串に刺したもの、が大量に出現する。
「ほほう、また知らない料理だ。肉を巻いてあるんだな。この緑色のは何だい?」
金髪男の質問に答えるファブレ。
「緑色の物はアスパラガスという、離れた地方で栽培されている野菜です。疲労回復の効果があるそうです。それをベーコン、薄切りにした豚の塩漬け肉で巻いて焼いてあります。食べやすいように串に刺しました。軽く香辛料を使ったので少し辛味があります」
早速食べだす男性陣。
「なるほど、手軽にすぐ食べれるようにしたのか。それに一品で肉と野菜を食べられる。素晴らしい選択だ。しかも美味い」
ミハエルが感心する。スパークも気に入ったようだ。
「おお、こりゃピリッとして美味いぜ。酒が欲しくなる」
ハウザーは既に戸棚から酒を出し、グラスに注いでいる。スパークとミハエルが口を尖らす。
「おいズルいぞ、俺にもくれ」
「僕にもくださいよ」
呆れたヤマモトはファブレの手を引いて、酒盛りが始まった部屋を後にした。
「子供の目の毒だ。ああいう大人になっちゃいかんぞ」




