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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
一章 魔王編
33/304

33話 ヤマモトの秘密、とピザ

「ただいま」

「お帰りなさいヤマモト様。お昼はどうします?」

冒険者ギルドから戻ってきたヤマモトに、ファブレが昼食のリクエストを聞く。

「これから一緒に、前に行った魔法研究所に行こう。昼食はそこで召喚してもらってラプターと一緒に食べようか」

「分かりました」

着替えたファブレはヤマモトに連れられ、郊外の魔法研究所に向かう。

道すがらファブレがヤマモトに聞く。

「何かスキルや魔法のことで確認することがあるんですか?」

「そうだ。といっても君じゃなく、私のスキルだ」

「ヤマモト様のですか。ボクも一緒に聞いた方がいいんですか?」

「ああ。そろそろ本格的に魔王討伐のことを考えなきゃならない。私のスキルについても情報を共有しておいた方がいいだろう」

「なるほど」

ファブレはヤマモトのスキルについては何も聞かされていない。以前に時間が経つほど強くなるという話があっただけだ。たまの探索で見る限り、ベテラン冒険者に引けを取らない強さだということは素人のファブレでも分かる。

それ以降ヤマモトが喋らないので、ファブレも黙ってついていった。

研究所に着き、前と同じく受付でラプターを呼び出してもらう。

階上で少しドタバタと騒音があったあと、ボサボサ頭のラプターが階段から降りてくる。

「やぁよく来たな。研究室で話そうか」


ラプターがソファに座った二人にお茶を出す。今回はちゃんと準備していたようだ。

「また掃除されちゃかなわんからな」

ファブレはキョロキョロと研究室を見回す。流しに洗い物は残っておらず、前に比べれば整頓されているが、やはり床に乱雑に置かれた本やその上に積もった埃、テーブルの染み、向かいのソファの下から覗くペン軸などが気になる。

「遠慮しなくていいですよ。今日はエプロンも持って来ましたし」

「勘弁してくれ・・これでもどこに何があるか分かっているんだ」

ラプターが助けを求めるようにヤマモトを見る。

「フフ、主席研究員も形無しだな。ファブレ、今日は見逃してやれ」

「分かりました」

ラプターが安堵して溜息をつく。


「やれやれ・・今日はヤマモトのスキルの確認だったな。測定器を持ってくるから待っててくれ」

水晶球を持って戻ってきたラプターがヤマモトに聞く。

「この子に聞かせてもいいのか?」

「ああ、そのために連れてきたんだ」

「分かった。じゃあ手をかざして・・よし」

ヤマモトが焚火にあたるように、水晶球に両手をかざして目をつぶる。

ラプターが水晶球をペンのようなものでつついて、水晶球の中に浮かぶ数字を確認していく。

「よし、もういいぞ。戦闘スキルはどれもカンストしてるな」

「やはりそうか」

ヤマモトはラプターの言葉に頷くが、ファブレには何がなんだか分からない。

「カンストって何ですか?」

ラプターが早口で説明する。

「カンストはカウンターストップ、上限ということだ。ヤマモトの戦闘スキルはどれもレベル99に達していてこれ以上上がらない」

「ええっ!?」

ファブレは驚く。レベル50ですら到達する人が稀なのに、レベル99とは。しかも一つでなく戦闘スキル全部だという。凄いという言葉しか浮かばない。

「それは・・凄いですね」

ラプターがヤマモトに尋ねる。

「ユニークの内容は伝えたのか?」

「いや、まだだ。説明してやってくれ。専門家が話した方がいいだろう?」

「分かった。足りないところはフォローしてくれ」

ラプターがファブレに向き合う。


「勇者は固有スキル・・スキルというよりは強化能力だな。レベルも上がらない。まぎらわしいからユニークと呼んでいる。そういった他の人に無い能力を持っているのは知っているか?」

「はい、それは聞いたことがあります」

勇者話で聞いたことがある。勇者は転生の際に誰も持っていない力を授けられると。

ラプターが説明を続ける。

「ヤマモトは3つのユニークを持っている。ハッピーブーツとピッキーイーター、カリスマクイーンだ」

「3つもあるんですか。どれも知らないです」

「まぁ他に無いからな。まずハッピーブーツだが、簡単に言うと時間が経つだけで強くなる。正確には剣や盾、格闘など全ての戦闘スキルが、時間が経つだけで上がっていくという効果だ」

「時間が経つと強くなるのは聞いたことはありますが、やっぱり凄いですね」

「ああ。しかも時間が経つほどもらえる経験値が増えるんだ。普通ならスキルレベル40ともなるとレベルを1つ上げるのに年単位の時間がかかるが、このユニークだと1年で全てレベル99まで上がる」

ヤマモトも口を挟む。

「まぁ即席栽培だな。おそらく勇者のユニークはこういった早くレベルが上がるだとか、最初からレベルが高い、あるいはレベルに関係ない強さ、という効果のものが多いだろう。じゃないと数年で魔王退治なんてできないからな」

「なるほど、そういえばそうですね」

ファブレも納得できた。

「2つ目のピッキーイーターはデバフ、強化でなく弱体効果だ。精神状態によってステータスにマイナス補正がかかる。分かりやすく言うと気分がいい時は全力が出せて、不愉快だと能力が大きく下がる」

「あ、それは分かります。だからボクの料理が必要なんですね」

「そういうことだ。強すぎるユニークにはデバフも着くことが多いらしい」


「3つ目のカリスマクイーンは・・」

ラプターは言っていいものか悩んでヤマモトを見るが、ヤマモトは澄ました顔でお茶を飲んでいる。

「カリスマクイーンは永続的に自動で発動する魅了だ。つまり、誰もが彼女に好意を抱きやすい。彼女を憎んだり害しようとする気にならない。彼女の言うことは非常に魅力的に聞こえて抗いがたい。彼女に強く命令できない、といった効果だ。動物や魔物などには効果がないがな」

「ええっ!」

ファブレは驚愕した。とんでもない効果だ。だがそう言われると思い当たる節がある。皆がヤマモトを頼りにするし、ヤマモトに言われたことに従っている。それにヤマモトに早く魔王を倒せと催促してくる人がいない事に違和感を覚えていた。

「あれ、でもボクは大丈夫なような・・」

ファブレは寝転がって文句を言うヤマモトを他の部屋に追いやって家の掃除をすることがある。女の子の衣装やドラゴンステーキなども断っている。

「君はずっとヤマモトの近くにいるから、耐性がついているんだろう。それと同じく抵抗力の高い、高名な冒険者などにも効果がないかもしれない。だがそうでなければ彼女に命令されればほぼ従う。まぁ自殺しろとかの命令は無理だがね。王や重臣は彼女には近づかない。何かとんでもないことを頼まれても断れんからな。危険だから排除しようと思うこともない」

「そうだったんですね」

ファブレは大きく頷く。

「でも、ヤマモト様は横暴な命令は一度もしたことはないですよ。言うことはいつも道理が通ってますし、常に相手のためを思って一番いい方法を提案していると思います」

「ファブレ、ありがとう! 優しいな君は」

ヤマモトは目を潤ませてファブレをガバッと抱きしめる。

「そういうのはやめて下さい!」

ファブレは顔を真っ赤にして腕から逃れようと暴れる。ラプターはそれを見て頷きながら言う。

「君はヤマモトが間違っていたら諫める、逆らうのも重要な役目だ。今のようにな」


ヤマモトの腕から脱出したファブレの息が整ったところで、ラプターが聞く。

「ユニークについてはこんなところか。他に聞きたいことはあるか?」

「今日は特にない。お礼にランチでもどうだ?」

ヤマモトの提案にラプターは手を擦り合わせて喜ぶ。

「嬉しいね。今度は何をご馳走してくれるんだ?」

「そうだな・・研究員といえば、ピザだな」

「ピザですか? まだ知らない料理ですね。どんなものか教えてもらえますか?」

ファブレはメモの用意をする。ヤマモトは頷く。

「本場ではピッツァという。餃子の皮と同じように、2種の小麦粉を混ぜて練る。今回はパン用のものが多めだ。練った生地を厚さは君の掌くらい、大きさは大皿程度まで丸く広げる。縁は少し厚いほうが安定する。生地の上にケチャップを塗り、細切れのチーズを大量に乗せる。更に腸詰めの輪切りとピーマンの輪切りを散りばめてオーブンで焼いたものだ。好みでタバスコと言われる辛みをかけることもある」

「具をのせたパンを焼いたような感じでしょうか?」

「ああ。だが私は生地はモッチリしている方がいいな。2つあれば充分だろう」

「なるほど、分かりました」

ファブレはピザを想像する。生地はパンと餃子の皮の間くらい。ケチャップの酸味と甘さに、溶けたチーズや腸詰めで濃厚な味になるだろう。ピーマンの輪切りは緑が映え、香りが立ちそうだ。よし。

「料理召喚!」

用意した2つの皿の上にピザが出現する。

「うむ、間違いなくピザだ」

「これは美味そうだ! どう食べたらいい?」

ヤマモトがナイフでピザを切りわけ、1ピースを手に取ってかじる。

「こうして手に取って食べる。こぼれるのが嫌なら丸めてもいい。うむ、うまい」

「なるほど。こうか」

ラプターは丸めたピザを頬張る。

「おお、これは美味い!」

あっという間に一ピースを食べ終わり、次に手を出す。

「フフ、君も食べたほうがいいぞ。奴に食いつくされる前にな」

「はい。うわあ、美味しいですねこれ」

「ああ。だがちょっとジャンク・・食べ続けるのは体にはよくないメニューだな」

3人はピザを堪能する。ラプターは特に気に入ったようだ。

「ふう、美味かった。しかしなぜ研究員向けなんだ?」

「それは私にも分からない」

「ええ・・?」

秘密が晒されても、ヤマモトは飄々としていつも通りだった。

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