31話 牛丼
料理人ギルドの設立、運用には一つ大きな問題があった。資金である。
冒険者ギルドは魔物討伐の依頼も多いため国から補助金が出ている。
商人ギルドは所属している者から会員費を取っている。
だが料理人ギルドは補助金も会員費も当てにできない。
そんな訳でまたヤマモトの家にカンディルが相談に来ていた。今回はメイリンでなく、ギルド長になる予定のパッサールが一緒だ。
「まさか小僧が勇者の従者だとはな!」
「ボクもパッサールさんがカンディルさんの兄弟子だとは知りませんでした」
カンディルの兄弟子、パッサールはファブレの顔なじみでもあった。市場の責任者だが、常に市場をうろついて買い物客や店員と雑談したり、迷子と一緒に親を探したりしている。言葉使いは乱暴だが親切で世話好きな初老の男性だ。買い物をしているファブレにも気軽に話しかけてくる。料理や素材、調理道具に非常に詳しい。
「ふむ、資金か・・」
ヤマモトが顎に手を当てて考える。
「ああ。何度も相談に来てすまんが、いい方法が浮かばなくてな」
カンディルが軽く頭を下げる。ヤマモトが整理するように指を折りながら呟く。
「国や貴族たちからの補助は望めんだろう。職を探している料理人から手数料を取る訳にもいかないな。そうなると・・料理人ギルド自体が金を稼がなきゃならない」
「うむ」
「だよなぁ」
カンディルとパッサールが頷く。
「思いつくのはレシピや料理本の販売、イベントの開催。だが一番安定するのは・・チェーン店の展開だろうな」
「チェーン店?」
「なんだそりゃ。聞いたことがねえ」
首を傾げるカンディルとパッサール。ファブレも聞いたことがなかった。ヤマモトの説明に耳を澄ます。
「先に言っておくが、おそらくチェーン店の話は君たちに不快な思いをさせるだろう。だが怒らずに、冷静に聞いて欲しい」
ヤマモトが前置きをして話し始める。
「普通のレストランや屋台は店主が自分の好きなようにやっているな? 店によってメニューも、値段も、経営のやり方も違う」
「そうだな」
「だがチェーン店はどの場所でも同じメニューを同じ値段で売り、同じように経営するのだ。店名も同じ、店の外観もできるだけ統一する。そのチェーン店を料理ギルドが全国各地に展開して、各地の店の利益を少しずつもらって資金源にする」
「なっ! そんな店が繁盛するはずがない!」
「バカな、他の街にもあるものなんて食べに来ねえだろ」
カンディルもパッサールも強く否定するが、ヤマモトは冷静だ。
「そうかな? もちろん色んな料理を食べたいという人も多いだろうが、美味いかどうか分からない料理や新しい店に挑戦するよりも、よく知っている料理を何度も食べたいという人もいる。店の常連はそういう人たちではないかな?」
「うっ・・」
返答につまるカンディル。パッサールがヤマモトに聞く。
「しかし、なぜ全く同じメニューなんだ? 店の場所によって地方色があった方がいいんじゃねーのか?」
「いや、チェーン店はどこでも同じ、ということがとても重要なのだ。内陸でも海辺の街でもメニューは同じ、味も同じ。それが店の信頼に繋がり、品質を保つことができる。それに本部が食材を一括して仕入れるから安くなるしな」
「食材の一括仕入れだと? そりゃ考えたこともなかったぜ」
「うーむ・・しかし・・」
「君たちのような常に上を目指す料理人が、同じものを提供するチェーン店を否定するのは当然だ。悪夢に思えるかも知れない。しかし食事に新しさを求めない、乱暴に言うと安くてそれなりのものでいい、という客がいるのも事実なのだ」
ドッカリと背もたれに倒れ込むカンディル。
「そう言われるとショックだな・・」
「いや・・言われてみればそうかも知れねーな。工夫をこらした新作料理には目もくれず、いつ来ても同じ料理ばっかり食う客は結構いる。それに家庭料理、オフクロの味とかは変わらないもんだしな」
パッサールは思い当たりことがあるようだ。カンディルが体を起こして聞く。
「しかし全国展開するために金がかかるんじゃないか? それはどうするんだ?」
ヤマモトが頷く。
「そうだな。だからまず一店舗だけこの街にモデルケース・・試験的な店を作ってみて、同じ店を別の街で経営したい人を募集する。応募した人は研修、訓練を受けて、店主になれるレベルになったら別の街に同じ店を出してもらう。本部が一括で仕入れた食材を各店に売る。各店からの利益が入って運営が軌道に乗ってきたら、店舗も料理人ギルドが用意する。やる気さえあれば誰でも少ない資金で店主になれるという訳だ。そうして店を増やしていく」
カンディルが顎髭をさする。
「ううむ。途方もない話だな・・」
「だが、これは成功すればかなり利益が出るんじゃねーか?」
「ああ。豪商と言われる商人くらいは儲かるぞ。それに成功したチェーン店の創立者は歴史に名が残る。従業員数百、数千人、他の国にも出店したら数万人の組織のトップだからな」
「うおお! そりゃあすげえ!」
パッサールは俄然やる気になったようだ。カンディルはまだ不安を拭えない。
「しかし・・料理は何を出すんだ?」
「ああ。メニューは簡単なほどいい。味がブレないし、オペレーション・・店の運営も統一化できる。私のオススメは牛丼だな」
「牛丼?」
「丼に炊いた米を入れ、薄切り牛肉とタマネギの煮込みを乗せたものだ」
「なんだか賄い料理みてーだな。それならお手軽だが・・美味いのか?」
「食べてみるのが一番だろう。ファブレ、牛丼を4つ出してくれないか?」
「分かりました」
ファブレはテーブルに丼を4つ並べる。牛丼はもう何度も作っている。
「料理召喚!」
ファブレが各人に牛丼とスプーンを配っていく。ヤマモトはもちろんハシだ。
パッサールはすぐに自分の分を食べ始める。
「ほう、こりゃなかなかイケるな」
「客への提供も早く、時間がない労働者などもサッと食べられる。回転率・・客の入れ替えが早いのが特徴だ」
「なるほど、これはいい。誰でも作れるしな」
カンディルも感心しきりだ。
「私の国では牛丼の店は100年続いている」
ヤマモトのこの言葉にはカンディルもパッサールも、ファブレも驚愕する。
「な、なんだと?」
「マジかよ・・おっそろしいな」
「100年ですか! 凄いですね!」
「だが私の国の牛丼は醤油、この世界にない調味料がベースなのだ。だから味付けは君たちが作り直すことになる。フフ、新しい料理に挑戦するのも悪くないが、100年食べ続けられるメニューを作るのも料理人の本懐ってやつだろう?」
「ああ、その通りだな。よし、やってやる! 燃えてきたぜ!」
パッサールはそういって残りの牛丼をかき込む。
カンディルは手にした丼をじっと見つめて考えこむ。とんでもない事になった。
どうして一介の料理人だった自分が、料理人ギルドの設立、チェーン店経営、100年も残るようなメニューに挑戦しなければならなくなったのか・・。
自分から相談に来たが、結果的にヤマモトの掌で踊らされている感じがする。
断った方がいいかもしれない。しかしパッサールはやる気だし、他にいい方法も浮かばない。
「成功したら相談役として雇ってくれ。ファブレもな」
ヤマモトは冗談めかして笑って言った。カンディルにはそれが悪魔の微笑みに見えた。