28話 予選エビフライ
「ではこの大会について説明します!」
燕尾服の男によって、大会のルールが観客に説明される。
・料理人8人で争われる。予選と決勝がある。
・審査員8人が評価をする。審査員は町長、食品問屋の先代、街の歌姫、謎の覆面男、それに観客から選ばれた男女4人。
・予選は2人の料理人が同じ題材で料理を作り、評価の高かった方が決勝に進める。
・決勝は予選とは違う題材で4人が料理を作り、一番評価の高い料理を作った料理人が優勝となる。
・料理に魔法を使っても構わない。ただし審査員の魅了などは不可。
ファブレも含めて、参加している料理人には全て事前に周知されている。
ただし料理の題材は当日決めるとのことで、ファブレも何が選ばれるのかは分からなかった。
思ってもいなかったがファブレ以外にも魔法を使う料理人はいるらしい。
料理人たちがクジを引いて対戦相手を決める。ファブレは2番、いきなりの出番だ。
1番を引いた相手は
「なんでぇ、こんなガキが相手かよ!」
ファブレも顔を知っている串焼き屋台の店主、ザンゴンだった。だが客によって態度を変えるので評判はよくない。
「よろしくお願いします」
とファブレが礼をするもフン、とそっぽを向き言葉を返しもしない。
「さぁいよいよ始まりました、予選一組目のお題は・・これだ!」
司会の男が箱から紙を丸めたものを取り、広げて読み上げる。
「揚げ物・・揚げ物料理です! 最近我が町にも安価で高品質の食用油が多く入ってくるようになりました。だがまだまだ家庭では気軽に作れない揚げ物料理! これは楽しみです!」
ザンゴンがニヤリと笑う。
「こりゃもう勝負は決まっちまったな」
ザンゴンの店は串焼き屋だが、串揚げも扱うようになっていた。ただ串焼きに衣をつけて揚げただけだが。
「では調理を始めてください!」
司会が宣言し、若い女がドラを鳴らす。
ザンゴンはすぐに素材の置いてあるブースに行き、油と豚肉、野菜、パン粉などを選んで戻ってくる。
ファブレは顎に手を当て考え込んでいる。
「おいおい、料理の作り方も知らねぇのか? 早く帰ってママに料理を教えてもらいな!」
ザンゴンは肉や野菜を豪快に切り分け、串に刺している。
「おっと、ザンゴン選手はやはり串揚げのようです。一方のファブレ選手、どうしたんでしょうか、動きません」
司会が二人の様子を皆に伝える。
「なるほど、出来たものをワシらが食って評価するんじゃな」
「目の前で料理人が作るのを見れるのはいいですね」
「うわぁ、どんな料理が出るか楽しみです!」
審査員たちも自分の役割が分かってきたようで盛り上がっている。
ファブレは考えていた。揚げ物・・一般の審査員もいるが町長などはやはり舌が肥えているだろう。それに大会ということもあり、特別感のある、珍しい料理のほうが好まれるかも知れない。しかし料理人8人となると・・。
ファブレは動き出す。素材ブースに行きキャベツを手に取るとそれを洗い、千切りにし始める。
「おや、ファブレ選手はキャベツを切っています・・いったいどんな料理になるのでしょう?」
「はぁ? キャベツの千切りだと? そんなもの揚げたら油まみれで腹を壊しちまうぞ。おい、このガキは失格にしたほうがいいんじゃねえのか?」
ザンゴンは審査員席に怒鳴る。
「ザンゴン選手、そういう行動はいけません。あくまで料理で勝負してください」
司会に注意され、チッと舌打ちして料理に戻るザンゴン。やがて
「出来たぜ!」
と大量の串揚げを油鍋から取り出し、審査員用の皿に振り分ける。一人3、4本はある。
ファブレはまだキャベツを切って水に晒して水を切っただけだった。
「おっと、ザンゴン選手の料理が完成したようです。一方ファブレ選手はまだ油も火にかけてないようですが・・」
「おいおい、これから揚げるのを待たなきゃならないのかよ!」
ザンゴンがファブレをなじる。
「いえ、大丈夫です。料理召喚!」
ファブレがテーブルに4つ並べた皿に料理を召喚する。1皿に2本ずつのエビフライ、それにタルタルソース。
「な・・?」
ザンゴンも司会も驚きの声を上げる。
「な、なんとファブレ選手、料理を一瞬で作ってしまいました! しかし何の揚げ物でしょう・・見たことがありません。尻尾がついているようです」
ファブレは4皿に2本ずつだったエビフライを8皿一本ずつにし、それぞれにタルタルソースをかけて、千切りにしたキャベツを添えていく。
「はぁ? 一人一本だけかよ! そんなんで満足できる訳ねーだろ! あんな妙なもんじゃなくて俺の料理を先に食ってくれ!」
ザンゴンは審査員の前に串揚げの皿を並べる。
「うわぁ、美味しそう」
「揚げたてとは嬉しいですね」
「うむ、食べてみるとしよう」
審査員たちは串揚げをつかみ、先端の具材を頬張る。
「肉がいつもより厚切りで美味しいね」
「ちょっと油の切れが悪いかな・・皿に油が溜まっている」
「串揚げは下の方の具が食べにくいわい」
審査員は食べながら雑談し、評価をまとめていく。
皆一本食べたところで食べるのを止める。
「おいおい、もっと食えよ」
ザンゴンが言うが町長は断る。
「いや、先にもう一人・・ファブレ君とか言ったか、そっちの料理を食べさせてもらおう」
「はい」
ファブレは審査員たちの前に皿を並べる。審査員たちは見慣れない料理を興味深げに観察する。
代表して町長が聞く。
「これは・・なんという料理かな?」
「エビフライです。海にいるエビというものを衣で包んで揚げたものです。その白いソースをかけて食べて下さい。尻尾部分は固いので残して下さい」
「ふむ・・こうかな」
町長がエビフライを切り、タルタルソースを乗せて口に運ぶ。
「! 美味い! なんだこれは!」
すぐに次の分を切り出して、同じようにソースを乗せて口に運んでかみしめる。
「美味い・・なんだこれは」
感動で語彙力の無くなった町長を見て、他の審査員も同じように食べ始める。
「うおお!」
「美味しい・・こんな美味しいもの食べたの初めてだわ」
「うめえええ! なんじゃこりゃ」
「これ、おかわりもらえるのかしら?」
審査員は皆夢中で尻尾以外を食べてしまう。町長がファブレに聞く。
「もっと食べたいが・・一人一本なのは理由があるのかね? それにこのキャベツは?」
ファブレが答える。
「はい。皆さんは8人分の料理を食べる訳ですから、ボクの料理は少しにさせてもらいました。キャベツは食べすぎで気分が悪くなるのを抑えてくれますから、一口どうぞ」
「おお、なんという心遣いだ」
覆面男が芝居がかった動作で顔を手で覆い、それからキャベツを食べる。覆面の下で。
「そうね。もっと食べたかったけど、お腹いっぱいになっちゃったら困るものね」
歌姫も頷いてキャベツを食べる。
「なんだと・・こんなガキが」
ザンゴンは驚きに目を見開いてファブレを見る。もう勝負はついていた。
「これは決まりですね」
審査員たちが顔を見合わせて頷く。町長が宣言する。
「うむ、ファブレ君、君の勝ちだ」
「ありがとうございます!」
ファブレは審査員に一礼する。ザンゴンはガックリと座り込む。
「結果が出ました! 予選一回戦はファブレ選手の勝利です! 素晴らしい料理と心遣いでした!」
司会が宣言すると観客は拍手し、足を踏み鳴らし、口笛を鳴らし、歓声を上げる。
司会はファブレに観客に答えるよう促し、ファブレは照れながらも観客へ手を振る。
リンとテオドラがピョンピョン跳ねながら手を振っているのが見えた。ヤマモトは運営で忙しいようだが、どこからか見てくれていただろうか。
審査員席で、覆面男が町長に問う。
「しかし海の素材をどうやって? それにあんなソースは僕も始めてだ」
町長の代わりに食品問屋の先代が答える。
「彼は料理を召喚する魔法が使えるんじゃ。それに彼は勇者の従者での。勇者の故郷の料理・・異世界の料理も作ることができる」
「な・・! あの料理は異世界から召喚したものなのか?」
覆面男が立ち上がる。
「いや、異世界の料理をこちらの世界の素材で再現したもの・・じゃな。彼が知っているものしか作れないそうじゃ」
先代に手で座るよう促されて椅子に戻る覆面男。
「ああ失礼。そうか、あんな子供が異世界の料理を作れるなんて・・」
「決勝の料理も楽しみですな!」
「ところでこのエビフライをまた食べるにはどうすればいいですか?」
歌姫は尻尾も食べ終わっていた。