266話 王都防衛隊特別顧問
新聞の第一稿の試し擦りを読み終えたミハエルは満足げに微笑んだ。
「うん。かなりいいんじゃないかな。特にこの、一つのお店を何人かで点数を付けるレビューというのが面白いね」
読み終わるのを待っていたサラヴァンが頷く。
「ではこの内容で発行を進めさせます」
「メインの著者は元冒険者だったかな?」
「はい。元S級冒険者で、大魔王討伐の勇者話の作者だそうです」
「それは思わぬ人材だなぁ。ファブレ君に感謝しないと」
そこで執務室の扉がノックされ、衛兵が声を張り上げた。
「失礼します。王都防衛隊の副隊長、ベルヒ殿がお見えです」
「ありがとう。入ってもらってくれ」
ベルヒは真っすぐにミハエルの前に向かうと、音もなく片膝をついた。
「お呼びでしょうか」
「君が集めてくれた証拠のおかげで、ルードヴィヒ隊長もさすがに横領を認めた。昨日辞表を出してきたよ。まぁ表向きはこの前のゴブリン騒ぎの責任を取るという形になるけど」
ミハエルはテーブルの上の書面をヒラヒラと翳す。
「で、次の隊長は君に・・」
「いえ。私は隊長の器ではありません」
王の辞令を遮って拒絶するなど無礼を咎められるのが当然だが、ミハエルは苦笑するのみだ。サラヴァンも顔を顰めたが何も言わない。
「そう言うと思ったよ。じゃあ君には引き続き副隊長をやってもらいたい」
「は」
ベルヒは短い言葉で応諾する。
「で、次の隊長だけど・・貴族出身じゃない実務畑にして、防衛隊の組織改革を進めていきたいんだ。本当は王位を継いだときに変更したかったけど、そこまで手が回らなくてね。君は誰がいいと思う?」
「それでしたら、能力的にはギエフ氏が適任かと」
サラヴァンも頷く。
「私もギエフ先輩・・いえ、彼が適任と思います」
「ふむ。しかし・・」
ミハエルが腕を組み椅子に寄りかかる。"千人将"ギエフはロアスタッド防衛戦の際に王都からの遠征隊をまとめ、大魔王討伐でも討伐隊の遠征の総指揮をとっている。サイハテ奪還戦では見事な作戦を立案し成功に導いている。文句のない実績だ。
しかしミハエルは王子時代からギエフをよく知っている。本人の自己評価が非常に低く、また極度の心配性。王都の防衛隊長という精神的負担が大きく、気の休まる暇のない職務は長く続けられないだろうというのも予測できた。ベルヒが能力的にはと限定したのもそのせいだ。
「何かいい手はあるかな?」
ベルヒが顔を上げる。
「隊長にしなくとも、隊長の仕事さえしてもらえればいいのです」
「どういうことかな?」
ミハエルが聞き返した。
翌日、王宮に呼び出されたギエフは、ミハエルの前でカチコチに緊張して言葉を待つ。ミハエルが第三王子だった頃は何度か冒険者ギルドで一緒に飲んだこともあったが、それは昔の話だ。
「忙しいだろうに急に呼び出してすまなかったね。実は君を見込んで頼みたい仕事があるんだ」
「はっ、なんなりとお申し付け下さい」
ミハエルは頷いて言葉を続ける。
「君もこの前のゴブリン騒ぎは知っているだろう。王都防衛隊の面目は丸つぶれだ。隊長のルードヴィヒは責任を取って辞めることになり、しばらくボクが変わりを務める事にした」
ギエフは少しホッとした表情になる。隊長になれという最悪の予想は外れた。
「とは言ってもボクがずっと現場で指揮をする訳にはいかない。実務は副隊長のベルヒにやってもらって、君にはその手助けをしてやって欲しい」
ギエフが驚いた表情で顔を上げる。
「手助けでございますか?」
「うん。君の目から見て王都防衛隊の足りない部分を指摘してやって欲しいんだ。外壁の穴だとか、水路の綻びだとか、賄賂を受け取っている奴がいる、衛兵の態度が悪い、人員が足りてない部署がある、もっと効率のいいやり方がある。気づいたことを何でも片っ端から、遠慮なくベルヒに伝えて欲しい」
さすがにそれはギエフも快諾はできない。
「し、しかし、部外者の私が防衛隊の仕事に口出しをするのは・・!」
「そこは心配しなくていいよ。ベルヒから君に頼みたいと名指しで話があったし、君のために王都防衛隊特別顧問という役職を作ったから。もちろん給料も払う。君も王都の住人として防衛隊には思うところが何度もあっただろう。君の指摘でそれが改善されていくんだ。どうかな?」
ミハエルの配慮と信頼にギエフは感激した。深く頭を下げる。
「そんなにも私の事を気遣っていただき感謝の念に堪えません。謹んでお受けいたします」
ミハエルは満足げに笑った。
「ありがとう。とりあえず1年ほどやってみて欲しい。詳しくはベルヒと打ち合わせをしてくれ。立場は君の方が上だから遠慮することはないよ。ボクが欲しいのは防衛隊の改革なんだ」
「かしこまりました。全力を尽くします」
ギエフは立ち上がって再度一礼し、部屋を後にした。
ファブレは市場でギエフの後ろ姿を見かけた。だが様子が妙だ。ギエフは買い物をするでもなく、キョロキョロと人の流れを見たり、衛兵の様子を伺っているようだった。
「ギエフさん、何をされてるんですか?」
ファブレの声にギエフがハッと振り向く。
「ああ君か。そうだ。ファブレ君は王都防衛隊に何か不満なところはないかな?」
突然の思いがけない質問にファブレは面くらう。
「ええ? 突然なんですか? そうですね・・ええと、この前ゴブリン騒ぎがありましたが、外の脅威に対する備えが少し足りないように思えました」
「うん。王都防衛隊は本来は王都を外敵から守るための組織なのに、長い平和で街の治安維持にばかり目を向けすぎているな。これも直さないと」
頷くギエフを見て、ファブレが首を傾げる。
「どうしてギエフさんが王都防衛隊の事を気にかけてるんですか? あっ、この前隊長が辞任したと聞きましたけど、もしかしてギエフさんが次の隊長に?」
ギエフはやめてくれというようにファブレに手のひらを向け、ブンブンと首を振る。
「俺が隊長なんてとんでもない!」
「じゃあ副隊長をされていた方が隊長になったんですか? ベルヒさんでしたっけ」
「いや、隊長には陛下が就かれるんだ。まぁ実務は副隊長のベルヒが処理してるんだけどな。俺は特別顧問ってやつに任命されて、今の防衛隊の欠点をベルヒに伝えて改善させるのが役目さ」
ファブレは少し考え込んだ。多忙のミハエルが隊長になったとしても実務が不可能なのは目に見えている。実際は副隊長とギエフが取り仕切っているのだろう。そこでファブレはハッと気づいた。ギエフの妙な肩書は実質は隊長なのだと。きっと気弱なギエフの性格を考えての人事なのだろう。ギエフに気づかせてはならない。
「立派なお仕事ですね。よかったら少し休憩をどうぞ」
ファブレが小袋に入ったフライドポテトを召喚して差し出す。ギエフの好物だ。ギエフの顔が綻んだ。
「やあありがとう。ちょうど小腹がすいたところだったんだ」




