265話 グルメ新聞
「ドーソン! 大丈夫か!?」
シェルハイドは最後のレッサーデーモンを切り伏せると、急いでドーソンの元へ向かう。
「ぐっ、チクショウ、ドジっちまったぜ・・」
ドーソンは右膝を抑え、壁際に座り込んでいた。手で押さえた箇所からはとめどなく血が流れ出る。
「ごめんなさい! 私をかばったせいで! どうしよう!」
新人の女冒険者が立ちすくんであわあわと左右を見渡す。だが事態は何も進展しない。
シェルハイドは慌てるなと自分に言い聞かせる。女冒険者の肩をポンと叩く。
「君のせいじゃない。ドーソン、足の具合はどうだ? 正直に答えるんだ」
「膝の骨が砕けた・・動けない。それに血が止まらない」
シェルハイドは豊富な経験の中から解決策を探る。黄金の羊のパーティメンバー、高位神官のアドリアがいれば何も問題は無かっただろう。だが彼女はこの場にはいない。となるとポーションやスクロールだが、新人育成の浅い層の探索だったのでせいぜい中級ポーションしか持ってきていない。この重症を完治させることは不可能だ。こんな浅い層にレッサーデーモンの群れが出るなど誰が予測できるだろう。
運よく神官のいるパーティが通りかかるかも知れない。だがいつになるか全く分からないし、逆に魔物が来る可能性もある。またレッサーデーモンが来たら全滅は必至だ。
こうなったら最後の手段しかない。シェルハイドが悲壮な表情で懐から女神の魔除けを取り出したのを見て、ドーソンはギョッとした。大魔王討伐の証として女神から授かった、強大な守護の力を持つ魔除け。それに秘められた力を使えばパーティ全員の全回復や迷宮からの脱出ができる。しかしその力を使えば魔除けは効力を失ってしまうのだ。
「おい、何をする気だ!」
「これしか選択肢がない。ドーソン」
「バカを言うな! それはお前の生きた証だ! 俺のために使うなんて俺が許さねぇ。こんなものはポーションで直るんだよ」
ドーソンが懐からポーションを取り出してラッパ飲みしてむせる。だがまた別のポーションを取り出して一気に口へ流し込む。
「ドーソン・・」
数本のポーションを立て続けに飲んだドーソンは口元をぬぐい、壁に寄りかかりながら歯を食いしばって立ち上がる。
「ぐぎぎぎ! ふぅ。どうだ、立てたぜ。けど肩くらいは貸してもらおうかな」
ドーソンの右膝から下は全く力が入っていない。片足で立っているだけだ。シェルハイドが額を抑える。
「ったく、どうなっても知らねえぞ。君も反対側を頼む」
「は、はい!」
ドーソンは二人に抱えられながら、迷宮を後にした。
「という訳です。やっぱり後遺症が残ってしまいました。日常生活は問題ないですが、走ることができないんです」
「そうでしたか・・ドーソンさん、それで冒険者を引退されると」
ここは王都、料理学校の校長室だ。ファブレの向かい側にはSランク冒険者パーティ"黄金の羊"の、騎士シェルハイドと地図描きのドーソンが座っている。ドーソンが肩をすくめる。
「まぁ"黄金の羊"もバラバラになってしまったしな。アドリアは故郷の神殿を継ぐらしいし、ロアは行方知れず、クラックは研究とかで塔から出てこねぇ」
シェルハイドが飲んでいたカップをテーブルに置く。
「ずっとSランクになることを目標にしてきたのですが・・いざSランクになってみると次に皆でやることを見つけられず、気づけばこんな状態に陥ってしまいました」
「それは残念ですね・・ドーソンさんはこれから物書きに集中されるんですか?」
ドーソンは自身の冒険譚やヤマモトの勇者話の本も出版している、人気作家でもある。
「そのつもりだが・・ちと困ってことがあってな」
「なんでしょう?」
「ヤマモトさんの話がウケすぎて、俺の他の話を誰も読みたがらないんだ。いくつか書いたんだが、本にしようとか劇にしようとかって話にはならなかった。これじゃ儲けにならん」
ドーソンが手をすり合わせてファブレに頼みこむ。
「そんな訳で、ヤマモトさんの他の話を書いていいか? とてつもなく深い迷宮に行ったんだろう?」
確かに深淵の迷宮の話はウケがよさそうだ。だが封印されていた魔剣士や男神など、核心部分はとても他人に話していい内容ではない。ファブレはきっぱりと断る。
「すみませんがヤマモト様の許可なしでその話をすることはできませんし、勝手に本を作るのも禁止です」
ドーソンがガックリと肩を落とした。
「とほほ・・やっぱりな」
シェルハイドが頭を下げる。
「いや、無理を言ってすみません。そうだドーソン。せっかくだから本格的に料理を習ったらどうだ? お前はパーティの中で一番料理が上手いじゃないか」
ドーソンが首を振る。
「俺は美味い物を食うのが好きなんだ。料理が好きなんじゃない。冒険中はしょうがないから工夫してたけど、プロの料理人がいるなら自分で作る必要は無いぜ」
シェルハイドが舌打ちする。
「チッ、だから王都に来るたびに店をハシゴしてるのか。付き合わされる身にもなってくれ」
ファブレは二人を見てフフッと笑った。
「それでしたら、ドーソンさんにピッタリの仕事がありますよ」
「えっ、どんな仕事だ?」
ドーソンが驚いて顔を上げる。ファブレは空になった二人のカップを茶で満たし、二人が口を付けたのを見て口を開いた。
「新聞です」
「新聞?」
シェルハイドが首を傾げる。ドーソンは軽く頷いた。
「ああ。情報や噂話をまとめて、紙に印刷したものだな」
ファブレが頷く。
「はい。実は以前から、王都に新しくできた料理店の紹介や、この学校や料理人ギルドから伝えたい事などを記事としてまとめて、新聞を発行してくれる人を探してまして・・ドーソンさんなら適任だと思うんです」
ドーソンは思いもよらない話に目を丸くする。
「料理専門の新聞か? そりゃあ驚きだな」
「ええ。立ち上げまでボクや料理人ギルドも手伝いますし、一度陛下に話したらとても乗り気で、まだかまだかと催促されるくらいですから、そちらからの補助も受けられると思いますよ」
ドーソンがガタリと椅子から腰を浮かせる。
「お、王家のお墨付きか!?」
「はい。それに新聞には広告がつきものです。新聞を売るだけでなく、お店からの広告料も入りますから、上手く行けば・・」
「大儲けだな! よし、やるぜ!」
ドーソンがバシンと左の掌を右拳で叩く。シェルハイドが慌てる。
「お、おい。そんなにすぐに決めなくても・・もう少し考えてからにしたらどうだ?」
ドーソンはブンブンと首を振る。
「いいや。これ以上いい話が転がってるとは思えん。それに迷ってる間に誰かに取られてみろ。一生後悔しちまうぜ」
ファブレは満足気に頷いた。
「さすがドーソンさん。きっと引き受けてくれると思っていました。明日早速料理人ギルドに一緒にいきましょう」
「おう! しばらくよろしくな!」
ドーソンが立ち上がって差し出した手をファブレが握り返す。シェルハイドがため息をつく。
「はぁ。そういう事なら、俺もロアスタッドの冒険者ギルド長の話を考えてみようかな・・」
「お前にゃそれがピッタリだ」
「ボクもそう思います」
ご機嫌なドーソンを見て、ファブレはふと疑問が浮かんだ。
「ところで、ドーソンさんはご自分の魔除けを使おうとは思わなかったんですか?」
ドーソンは聞こえないという風にプイッと横を向いた。シェルハイドがドーソンの頭をバシッと叩く。
「こいつは事もあろうに賭け事で大負けして、魔除けを売っちまったんですよ。勇者話の収入も残ってやしません」
「ええ・・」
ファブレは人選を間違えただろうかと不安になった。




