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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
一章 魔王編
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27話 料理大会、はじまる

「どうしてこんなことに・・」

ファブレは今の自分の状況に、まるで実感がわかなかった。

ファブレが立っているのは、いつも買い物に使っている市場の噴水広場だ。

しかしいつもの買い物の服装ではなく、コック帽とコックコートを纏っている。

普段休憩のために置いてあるベンチは片づけられ、目の前にはテーブルと、いつも家で使っている調理器具が並んでいる。

周りには何人かの料理人がおり、ファブレと同じように調理器具の並んだテーブルの前に立っている。

広場の片隅にはいろいろな食材が山と積まれている。

広場の外周には何十人かの見物人がおり、料理人にヤジや声援を送っている。

やがて広場の中央のステージの上に燕尾服の男が立ち、

「お待たせしました。これより料理大会を開始します!」

と宣言すると、若い女性が大仰な銅鑼を鳴らす。見物人の歓声がますます大きくなる。

ファブレはハァと大きなため息をついた。


「失礼します」

「うむ、ありがとう」

急にヤマモトの家を訪ねてきた白髪の老人に、ファブレがお茶を出す。

ファブレも見知っている町の顔役の一人で、食品問屋の先代店主だ。

老人がお茶を啜り、ヤマモトに訪問の理由を切り出す。

「料理大会?」

「うむ、町長の・・いや皆を楽しませるイベントをと思って案を募集したんじゃが、それが一番面白そうだったのでの」

ヤマモトが老人に尋ねる。

「しかしなんで私のところに?」

「この案を出したギルドの娘はあまりに若く、実際にイベントを開催するのは無理じゃった。おヌシなら代わりにこなせると太鼓判を押されたのじゃ」

「ああ、リンちゃんが考えたのか」

リンが頼るとしたら当然ヤマモトになるだろう。それは合点がいく。

「しかし、私のような部外者が街のイベントのプロデュー・・責任者になってもいいのか?」

「正直、ワシらには料理大会がどんなものなのか全く分からん。おヌシはあの娘と同じ知識があるのじゃろ?」

「まぁ・・な」

確かにヤマモトには料理大会、料理勝負の知識がある。テレビ番組や、漫画の世界の話だが。

リンもきっとそうだろう。

「よし。それならワシが文句は言わせん。おヌシに料理大会の運用を任せよう。なに、指示だけしてくれればいい。あとはワシらが手配する」

「正直、断りたい気分だが」

ヤマモトはそう言ってお茶を飲み、老人の反応を待つ。

「イベントが終わったら他国の珍しい素材や調味料を仕入れて、儲けなしで売ってやろう。おヌシの探していたミソという物もツテがある」

「よし、やろう」

ヤマモトは即決した。老人は立ち上がりヤマモトと握手する。

「おおありがとう。大まかな案を考えたら教えてくれ。そんなに細かく考えんでもええぞ。しょせん町長の人気取りと、うちの店の宣伝のイベントじゃ」

と老人がぶっちゃける。ヤマモトは苦笑する。

「ところで、うちのもか?」

「もちろんじゃ。では待っておるぞ」

老人は玄関でファブレから帽子と杖を受け取り、帰って行った。


ファブレがヤマモトに尋ねる。

「料理大会ですか・・ヤマモト様の世界では頻繁に行われていたんですか?」

「いや私も実際にやるのは見たことがない」

「ええっ、大丈夫なんですか?」

ファブレは不安になるが、ヤマモトは微塵も不安を感じていないようだ。

「大体の流れは分かる。何人かの料理人を集めて、テーマを決めて料理を作ってもらう。審査員がそれを食べて点数を付ける。それで勝敗を決める。そんなところだ」

「なるほど。でも負けた人はいたたまれないですね・・」

「君は優しいな。だが参加できただけで知名度が上がり箔がつくということもある」

「そう考えることにします。ボクの知ってる人も出るでしょうか」

「何を言ってるんだ、君も出るんだぞ」

ヤマモトに涼しい顔で言われ、ファブレは絶句する。

「えっ?」

「帰り際に確認しただろう。フフ、私が審査員でも贔屓はしないからな」

ファブレはバン! と音を立ててテーブルに手をつき、ヤマモトに抗う。

「い、嫌ですよ! ボクはまだ若いですし、大した料理も作れませんし・・」

しかしヤマモトは腕を組み、正面からファブレの目を見て言い放つ。

「そんな気弱で魔王討伐に行くつもりか?」

「うっ」

ファブレはたじろいだ。

「で、でもそれとこれとは関係ないじゃないですか」

「いや、君は自分で言ったように若くて経験が少ない。だから色んなことを経験する必要がある。

先日の海でこれまで全く考えなかったことも多く学んだだろう」

「それはそうですが・・こんな見世物みたいなことは」

「別に君を笑おうという訳ではない。料理の腕を買われて出場を頼まれたのだ。誇りに思っていい。

それに競うことは争うこととは違う。誰かと競うことが刺激になり、互いに学び、上達するのだ」

「で、ですが・・」

ファブレは言葉を探すが思い浮かばない。それにヤマモトに口で敵うはずがなかった。

ヤマモトは組んでいた腕をほどいて優しい表情になり、うなだれるファブレに近づくと、後ろから被さるように抱きしめる。

「そんなに心配することはない。見ている人がいようといつも通り料理を作るだけのことだ。負けたらどうしようとか、恥を掻いたらどうしようとか考えるな。どうやったら相手が喜ぶ料理を作れるかという事にだけ集中する。雑念は追い払うのだ」

「ヤ、ヤマモト様!」

ファブレの腕や背中にヤマモトの体温、柔らかい体の感触が伝わってくる。それにいい香りもする。

ファブレは気恥ずかしさに振りほどこうとするがヤマモトの腕からは逃れられない。

ヤマモトがファブレの耳元で囁く。

「なぁ頼むよ。私のために大会に出てくれないか?」

「わ、分かりました! 分かりましたから離れて下さい!」

ファブレは耳まで真っ赤にしてジタバタと暴れる。腕をほどき、ファブレの頭を笑顔でなでるヤマモト。

「フフ、ありがとう。期待しているぞ」


リンはその様子を窓の外から見ていた。

「ジゴロだわ・・」

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