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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
六章 料理学校編
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260話 ゴローの迷い

王都防衛隊は文字通り、王都の守護を一手に担う部隊だ。だが王都は長年外部の脅威にさらされた事はなく、防衛隊は継ぐ家のない貴族の次男三男などの受け皿になっている。城や重要拠点の警護などの楽な仕事は貴族出身が占め、士官学校を卒業した一般人は外壁での監視、門番、市民の小競り合い、犯罪者の取り締まりなどの面倒な作業に任る事がほとんどだ。

その隊長室の机で、ルードヴィヒは怒声を上げた。ワナワナと握りこぶしが震えている。

「あの親衛隊の若造、儂を怒鳴りつけおった! 伯爵家の儂をだぞ! 陛下のお気に入りか知らんが何様のつもりだ!」

ルードヴィヒの向かいには不動の姿勢で副官のベルヒが控えている。

「ベルヒ! 外壁と水路の補修は貴様に命じただろう! どう責任を取るつもりだ!」

ベルヒは表情を変えずに口を開いた。

「閣下。お言葉ですが人夫を雇う予算をいただかないと実施できないと3度申し上げました。それに見積もりを出せと言われ提出しましたが、その費用もまだ頂いておりません」

ルードヴィヒが机を拳で叩く。

「見積もりくらい無料で出さんか! それに予算がなくても何とかするのがお前の仕事だろう!」

「私的な財で他人に隊の仕事をさせるのは重大な規則違反です」

「ええい、もうその事はよい! 間に合わん! 有事に備えた部隊の編制と訓練は行っているのだろうな?」

「そのような命令は受けておりません。各隊員の予定は一か月先まで決めているので、二か月ほどかかろうかと」

「今すぐやれ! 最優先だ!」

「かしこまりました」

ベルヒは恭しく一礼すると隊長室を後にする。ルードヴィヒは机を何度も拳で叩く。

「くそっ、迷宮からゴブリンが溢れるだと! 知ったことか! ハウザーめ、自分の失敗を棚にあげて陛下に泣きつくとは! 陛下も陛下だ! 儂は前王の治世から何十年もこの街の平和を守ってきたのだぞ! 外壁や水路の綻びなど小さなことではないか!」

ルードヴィヒが棚から酒のビンとグラスを出した時、ベルヒが再度隊長室に顔を出す。

「閣下」

「なんだ!」

「隊員の予定を大幅に変更するので、追加の予算が必要です」

ルードヴィヒはグラスを投げつけた。


ファブレがゴローを伴って家へ転移すると、ハヤミとヨーコ、それにラプターが出迎えた。ファブレが驚く。

「あれ、ラプターさん?」

「多分ゴローを連れてくるんじゃないかと思ってね。ラプターも呼んでおいた」

「助かります、ハヤミ様」

ファブレはハヤミの機転に感謝する。ゴローを魔法研究所へどうやって連れて行こうか悩んでいたところだ。

全員が椅子についたところでラプターが口を開く。

「ゴロー君、久しぶりだね。君の人生の目標は見つかったかな?」

ラプターの声にゴローが大きな体を俯かせる。ソファがギシリと音を立てた。

「その事でお前に相談したかったんだ。もうオウマ様とルリ様にお仕えする必要もなく、充てのない旅を続けてもやはり目標は見つからなかった。俺はどうすれば・・」

「ふーむ、では原点に返ってみるのがいいかも知れないね」

「原点?」

ラプターの言葉にゴローが顔を上げる。

「君は人間に付けられたジムという名前を嫌がっていた。一方でルリさんやオウマからつけられたゴローは受け入れている。やはり強い者に従うという魔物の習性はあるのだと思う」

「ふむ・・そういうものなのか」

「君が否定したがっても、やはり君がゴブリンロードである事は事実だ。失礼かも知れないが、ゴブリンたちの王になりたいとか、あるいは集団で人里を襲いたいとか、そういう欲求は本当にないのかな?」

ゴローは首を振る。

「いや、そんな事は面倒で楽しくなさそうだ」

「他のゴブリンと会うことはあるかい?」

「いや、全くない」

ラプターが腕を組む。

「ええと、何というか・・君は長い期間ゴブリン離れをしすぎている。もっとゴブリンと触れあえば、何か本能を呼び覚ますような発見があるかも知れない」

ゴローは渋面になる。

「本能ねぇ・・本能ってのは結局ゴブリンの王になるって事じゃないのか?」

その時守衛が扉を激しく叩いた。

「失礼します! 陛下からの緊急のお呼び出しです! 皆さん急いで街の東門の上に集まるようにと!」

「来たか」

ハヤミが立ち上がり、ヨーコがハヤミの装備を付ける手伝いを始める。ファブレも着替えを始める。

「ラプター、君も行くんだろう? ゴロー君はどうする?」

ゴローは渋々立ち上がる。

「まぁせっかく来たんだし・・野生のゴブリンがどんなだか見てみるか。見るだけだぞ」


東門の上にはミハエルとサラヴァン、王を守る親衛隊の面々、ハウザー、ルードヴィヒとベルヒ。それにスパークとファーリセスも既に到着していた。連絡係もバタバタと走り回っている。

皆の見つめる方向に目をやると、ゴブリンの大群が並べたレンガの如く、整然と陣を為しているのが見える。王都の壁際には防衛軍も陣を構えているが、隊ごとの人数が違ったり、形が歪んでいるのが分かる。

「まさか正面から来るとはね。しかもゴブリンの方が練度が高そうじゃないか」

ハヤミが眼下を見やって肩をすくめる。

「ん、そちらの方は?」

サラヴァンが全身を隠すような怪しい恰好のゴローに目を光らせる。認識疎外の指輪をつけているので普段は見過ごされやすいが、王の警護のため不審者に目を光らすサラヴァンは誤魔化せない。

「こちらはヤマモト様の従者の一人、ゴローさんです。姿を見ても驚かないでくださいね」

ファブレの紹介の後、ゴローが指輪を外して顔を覆っていたフードを取った。緑色の肌、それに口元から除く牙が露わになる。顔見知りのスパークとファーリセス以外は愕然とする。

「まま、魔物!」

サラヴァンはミハエルを後ろ手に守り、剣に手を掛ける。ゴローがそれを見てフンと鼻息を吐く。

「落ち着け。害を成すつもりはない」

「魔物がしゃべった!?」

「いや、確かヤマモトさんが話していた。人の言葉を話すゴブリンロードを従者にしたと。あれは本当だったのか・・」

ミハエルの言葉にファブレが頷く。

「はい。ゴローさんはヤマモト様が認めた従者の一人で、人に対する敵意はありません。大魔王討伐でも大きな活躍をされました」

「なんだ、お前も来たのか」

「ゴロー、久しぶり!」

「スパーク、もう魔王城に盗みに入るんじゃないぞ」

「う、うるせえ! 俺の勝手だろ!」

スパークとファーリセスが声を掛けるのを見て、周囲も納得したようだ。サラヴァンはゴローに目線を向けたまま、ゆっくりと剣から手を離した。

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