26話 餃子
ヤマモトの家に、リンが料理のことで相談に来ている。
「ヤマモトさん、またギルドで異世界料理をふるまって欲しいって言われてるんですけど、
私にも作れて、多めの人数でも食べられるものってありますか?」
ヤマモトは少し目を閉じたあと、すぐにニヤリと笑って目を開ける。
「・・あるぞ、ピッタリのものが」
「えっ、なんですか? 焦らさないで教えて下さいよ!」
リンが口を尖らせ、ヤマモトの服の袖をチョイチョイと引っ張る。
「フフ、すまんすまん。餃子なんてどうだ?」
「餃子! それ凄くいいですね! みんな自分の好きなだけ食べられて、タレも色々用意できるし。餃子パーティにします!」
リンが目を輝かせて喜ぶ。ファブレも食器を磨いていた手を止め、話に参加する。
「ギョーザですか? また知らない料理ですね」
「ああ。餃子は元は隣国の料理だが、私の国でもとても人気があるのだ。前のオムライスと同じようにレシピを言うからリンちゃんと一緒に作ってみるといい」
「分かりました」
ファブレは拭いていた皿を片付け、リンの分のエプロンと髪をまとめる手ぬぐいを用意する。
「ありがとう!」
リンはエプロンを付けて髪を結びなおし、更に手ぬぐいで覆う。なかなかサマになっている。
ファブレの脳裏に女子力という言葉が浮かぶが、同時にヤマモトから受けた無限くすぐりのお仕置きも脳裏に蘇り顔色が悪くなる。
ファブレは頭を振って忌まわしい記憶を追い出す。
「じゃあ教官、お願いします!」
リンがヤマモトに敬礼する。
「フフ、やる気充分だな。餃子は皮と呼ばれる薄い膜で具材を包んで、鍋で焼いたものだ。水餃子と呼ばれるスープに入れたものもあるが、他人数にふるまうなら焼き餃子のほうがいいだろう。それを醤油・酢・ラー油・・唐辛子油をまぜたタレにつけて食べる」
「なんだか聞いてるだけで美味しそうですね」
「そうだろう。一般的な具はひき肉にキャベツや白菜のみじん切りだな。ニラや生姜、ニンニクなどの風味を効かせてもいいし、大葉でサッパリさせるのもいい。チーズを入れるなんてものもある」
「あっ、私チーズ入り好きです。作ってみようっと」
「だがまずは皮作りだな。強力粉と薄力粉・・パン用とクッキー用の小麦粉を半分ずつに、お湯と塩を入れて混ぜる。それを捏ねてまとまったら少し寝かせたあと小さくちぎる。それを薄く延ばしたものが皮になる」
「なるほど」
ファブレはすぐに準備を始める。やがて中に入れる具材が用意でき、こねた小麦粉を小さくちぎったものがいくつもキッチンテーブルに並べられる。テーブルにはヤマモトの指示で打ち粉がしてある。
「これをまず掌で潰して、その後に棒で伸ばして薄く丸くするのだ」
「やってみます」
「できるかなあ・・」
ファブレは3、4個も作ればすぐコツがわかったが、リンは棒で伸ばすと形が歪つだったり、形に気を取られると今度は厚さにムラができたりと悪戦苦闘だ。
「ひええ、難しいです」
「フフ、裏技を使おう。まず板ガラスを押し付けて薄く延ばす。それからこのお椀で丸く切り取る」
「あっ、それなら私でも大丈夫です。ありがとうございます!」
やがて丸い皮がいくつも出来上がる。
「よし、皮の中央に具材を乗せ、皮の縁に水を塗って、カーテンのようなヒダを付けながら閉じていく。これが慣れるまで少し難しい」
「こんな感じでしょうか?」
「そうだ。それでいい」
やはりファブレはすぐできるがリンは難しいようだ。
「あっ、また皮がやぶけちゃった・・」
「リンさん、慣れるまで具は少な目がいいですよ、それに三日月形にするといいです」
「あっ、そうだよね、餃子は曲がってるんだ・・できた! やった!」
ファブレのアドバイスで包めるようになり、リンは大喜びだ。一つできれば失敗が無くなる。
リンは夢中で餃子を包み続け、やがて皮が無くなった。
「あとは焼くだけだ。油を引いた鍋に餃子を並べて置き、下側が焼けたら水を入れて蓋をして蒸し焼きにする。最後に蓋を開けて水分を飛ばせば完成だ。鍋から大皿に直接乗せると恰好がつく」
ファブレが鍋を火にかけて醤油だけを召喚し、リンはタレを作る。ヤマモトの分はラー油なしだ。
「できました!」
ファブレが餃子が並んだ大皿をテーブルの中央に置き、リンがタレを配る。
「ではいただこう」
ヤマモトとリンの手を合わせるルーティンのあと、3人とも大皿の端から餃子を切り取り、タレにつけて口に運ぶ。
底になっていた部分はパリッとしていて、ヒダにして閉じた部分は蒸されてもっちりとした感触だ。噛むと中から汁があふれ出る。タレの酸味とピリッとした辛さも絶妙にマッチしている。
「うむ、完璧な餃子だ」
「おいしい!」
「うわあ、これはおいしいですね。ご飯とも相性いいんじゃないですか?」
ファブレがヤマモトに聞く。
「私も餃子とご飯を交互に食べるのが好きだが・・この料理の本国ではちょっと異常な食べ方に見えるらしいぞ」
「そうなんですか? なんだか意外ですね」
「チーズ入りは塩がいいよ!」
リンは自分が作ったチーズ入りの餃子に塩を付けて食べている。ヤマモトが補足する。
「今日のタレは基本的なものだが、ただの塩やネギ塩、味噌ダレ、ドレッシングなどもおいしく食べられる。色んなタレを用意して食べ比べるのも楽しい」
「なるほど、凄い料理ですね」
作った分はすぐに食べ終わり、今度はリンが主導で同じように作ってみる。鍋から皿へ直接ひっくり返すのはリンには無理だったが、フライ返しを使って無事完成した。
「これならリンちゃん一人でも大丈夫だろう。皆に手伝わせて一緒に作るのも楽しいしな」
「ヤマモトさん、ありがとうございました!」
リンは大喜びで帰って行った。
後片付けをするファブレにヤマモトが呟く。
「餃子は一つだけ問題があってな・・」
「え? なんでしょう」
「ニンニクだ。あれが入ってると美味いんだが、ニオイが残るからな。仕事中の昼食にはとても食べられない」
「ああ・・なるほど」
ファッションモデルという仕事はよくわからなかったが、ヤマモトのような美人からニンニク臭がしたらさぞ幻滅するだろうということは分かる。
「今は好きなだけ食べられますね!」
ファブレは笑顔で言う。
「そうだな。それでも代償はある・・」
おそらく5kg以上は増えただろう体重のことを考えると、ヤマモトは気が重くなるのだった。




