250話 王子の送別会 後編
皆が頭を下げる中、王と王妃たちがテーブルの中央へと移動して着席した。
「皆さん、ご自分の席にどうぞ」
進行役のミハエルの声で、立ち話をしていた出席者たちも指定された席へ付く。
「ではこれより、公国へ向かわれるギルガメス第一王子の安全な旅路を祈願した、壮行会を行います。今回の料理は全て奇跡の料理人、ファブレ氏に依頼しております」
ファブレが紹介され、皆の拍手で迎えられる。
「未熟な身ですが、精一杯務めさせていただきます。では前菜から・・料理召喚!」
料理の内容はミハエルと相談してあらかじめ決めてある。王国ではまだ珍しい、魚や貝をメインにしたコース料理ということになった。
ファブレの声と共に全員の目の前に、3種の前菜が盛られた大きな白い皿が現れた。皿の横にはワイン、ジュース、茶など、それぞれの参加者の好みの飲み物も添えられている。
「おお!」
「凄いわ、全員分が一瞬で・・」
「いつみても壮観な物ですな」
「料理の説明をお願いしてもいいかな?」
ミハエルの声にファブレが頷く。
「はい。まずは貝の三種盛りです。中央奥はトコブシの醤油煮。右は帆立の貝柱のパイ包み、左は赤貝と野菜のマリネになります」
参加者たちは早速料理を口に運ぶ。
「う、美味い!」
「この帆立というのは驚くほど甘いですな。もっと食べたいですが・・」
「トコブシというのは始めてですが、いいお味ですわね」
料理は好評なようだ。ファブレはホッと胸を撫でおろす。だが
「うむ、美味いは美味いのだが・・」
王の小声の呟きにファブレの鼓動が一拍飛んだ。何か不備があっただろうか。王の隣に座っているルイザリアがフォークで料理をつついたあと、フォークを皿の上に置いて言い放った。
「ガッカリですわ。私が期待していた料理はこういうものではありません」
ルイザリアの声に、一同の食事の手が止まり、広間はシンと静まり返った。
ミハエルが恐る恐る声を掛ける。
「は、母上・・それはどういう」
ルイザリアは笑顔で言った。
「私が食べてみたいのは、勇者話にあるような、カレーとか、かつ丼とか、刺身とか、そういう料理です!」
「ええっ? ですが・・」
ミハエルが顔を引きつらせて周囲を見渡す。しかし何人かはうんうんと頷いていた。王も含めて。
「儂も骨付き肉を手づかみでガブリと行きたいのう・・」
「聖女の好物だというおでんを一度食べてみたいんだよな」
王がコホンと咳払いし、口を開く。
「今日は身内だけの会だ。無礼講といきたい。皆冒険者にでもなった気持ちで、勇者話の宴会に出てくるような、気取らない異世界料理の数々を試してみるというのはどうかの?」
「さすが陛下!」
「賛成いたします!」
王の意見に同意の声が重なった。ミハエルは苦笑しファブレに向き直る。
「すまない。僕のセッティングのミスだったようだ。いつものをお願いしてもいいかな?」
「分かりました。では・・料理召喚!」
ファブレの声とともにテーブルの上に所狭しと、雑多な異世界料理の数々が現れる。
「うわっ、すごっ!」
「何だこれは? 真っ赤だぞ! 本当に食べられるのか?」
「おお、これがまんが肉・・なんともワイルドな」
「カレーの匂いってとっても食欲をそそりますわね!」
皆興奮して席から立ち上がり、テーブルに所狭しと並んだ料理を見て回り、気になった料理を摘まみだす。
「うーむ、素材が全く見当がつかんがおでんはどれも美味い」
「こっちは全く味がしないぞ! ・・いや、微かにするな。それもいい味だ」
「豆腐は薬味や醤油を掛けて召し上がって下さい」
「このスープ麺がラーメンという物か。麺はどうやって食べるんだ?」
「本来は一部を摘まみ上げて、口で吸い上げるんです。でも上着がビショビショになりますから、別皿に移したほうがいいですね」
「これが刺身、生で食べられる魚か。しかしこの真っ白のは何だ?」
「それはイカです。魚とはまた違った海の生き物です」
「うわぁ、なんて柔らかいパン! 鷹の目のより上等だわ」
「おや、ロアスタッドステーキだ。これなら知っているぞ」
「このお菓子の家は持ち帰ってもよろしいんですの?」
「はい。ただ一日立つと消えてしまいますから注意して下さい」
「兄さん! これどうやって作るの! これも!」
ジョゼフが取り皿を持っているのを見てファブレはギョッとした。
「ジョゼフ、今度教えるから。頼むから今ここでは食べないでくれよ」
いくら無礼講とはいえ、王族と一緒の席で食事をとるメイドなど前代未聞だ。
「ええー、いいでしょ?」
「いいわけあるか!」
「チェッ、じゃあエドさんに持ってくよ」
皆、目を輝かせて異世界の料理に挑戦し、忌憚なく感想を言い合っている。忙しくテーブルを回って料理の説明をするファブレ。時折ギルガメスとエドワルドに目をやると、談笑していたり、肩を叩かれていたり、涙目で手を握る女性の姿も見えた。ファブレは何とか上手くいっただろうかと胸を撫でおろした。
参加者の何人かが酔いが回って寝息を立て始めたため、会はお開きとなった。
ファブレが最後に主賓のギルガメスに挨拶と感想を聞きに行く。ヤマモトも渋々立ち会った。
「殿下。こちらが僕の主、勇者ヤマモト様です。それと、今晩の料理はいかがでしたか?」
ヤマモトは憮然とした表情で腕組みしている。
「私がヤマモトだ。だが君がファブレたちに危害を加えようとしたことは忘れてないぞ。今回は見逃してやるから、とっとと公国へ行くんだな」
ギルガメスはヤマモトの言葉を聞き流し、呆然とヤマモトに見惚れていた。
ハッと我に返ると、ヤマモトを正面から見据えて口を開いた。
「異世界に戻るのはやめて、俺の妃として一緒に公国へ来い」
ヤマモトは呆れ顔で否定する。
「断る。どうして私がお前に好意を抱くと思うんだ?」
「クッ、もっと早くお前たち二人に会っていれば、結果も違ったろうに・・」
ギルガメスは俯いた。
「私を正面から口説いた精神力は褒めてやろう。だが悔いても過去は戻ってこない。これからの事に全力を注ぐんだな」
ギルガメスは顔を上げ、ファブレがいたことを思い出す。
「ああ、料理の感想か。うむ、今まで見たこともない、刺激的な料理が多かったが・・」
ギルガメスは言葉を探りながら感想を述べる。
「食材のチープさを感じたり、まだ工夫の余地があると思える物もいくつかあった。最初の料理の方が洗練されているように思えたぞ。異世界料理であっても、もっと食材を吟味したり、高度な物に仕上げることはできるのではないか?」
ヤマモトが渋面で頷いた。
「チッ、舌だけは肥えてる奴だな。それは認める。私は異世界では一般人だ。ファブレに教えたレシピは一般人が口にするもので、まだ改善の余地があるメニューが多いのは確かだ」
ギルガメスがニンマリと笑った。
「フッ、勇者から一本取ってやったぞ。ファブレ、今度会った時はもっと俺を満足させる料理を作ってみせろ」
ファブレは頷いた。
「はい、精進いたします」
いつの間にかギルガメスの隣に、エドワルドが笑顔で佇んでいた。
「君の料理のおかげで久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ。礼を言わせてもらう」
「じゃあね、兄さん」
ジョセフに付き添われたエドワルドと共に、ギルガメスは広間を去っていった。




