245話 家飲み
ファブレの呼吸が一瞬止まった。
しかし大きく息を吸い込むと、ファブレはヤマモトの言葉を自分でも驚くほど冷静に受け止められた。
「薄々そうじゃないかと思っていました。やはりこちらの世界に残って頂く訳にはいかないんですね」
ヤマモトが頷く。
「ああ。元の世界での私の目的もあるが・・この世界での私の存在は異質だ。君も大きな目標ができたことだし、異世界人は異世界に還る時が来たということだ」
そう言ってふうと大きなため息をつき、空のカップを手に持つ。すぐファブレがその中を茶で満たした。
「ありがとう」
ヤマモトがにこりと笑ってカップに口をつける。
「ふむ・・私好みの濃さと温度。この快適さを手放すことになるのは残念だがな」
「ボクの本当の望みは、ずっとヤマモト様のお傍にいることです。それが叶うなら料理学校なんて放り投げてしまっても構わないんです」
ヤマモトが笑って首を振る。
「ありがとう。ファブレの気持ちは嬉しいが・・物事には引き際というものがある。ずっとブラブラしていたら、きっと王家は暇そうな私に聖剣探しを命じるだろうし、ハヤミも同じように誘ってくるだろう。私も聖剣を壊した引け目があるから、それを無視して楽しく暮らすという訳にもいかない。もう迷宮探索はこりごりだ。そうなる前に逃げ出すさ」
ファブレがヤマモトを見ると、いつもの溌剌とした表情が浮かんでいる。ファブレは力強く頷いた。
「分かりました。残された期間全力でお世話しますね」
「いや、そんなに気合を入れなくてもいいぞ」
ヤマモトは照れ隠しにツァーレを抱き上げたが、ツァーレは迷惑顔でジタバタと暴れ、すぐにヤマモトの手から逃げだした。
翌日、ヤマモトの家に魔王討伐者たち、ミリアレフ、スパーク、ファーリセスが集められ、ヤマモトが帰還することを伝えた。もちろんファブレもいる。
「そういう訳だ、皆。今まで世話になったな。ミリアレフ、それまでに女神とコンタクトを取るような事があったら伝えておいてくれ」
「勇者様帰っちゃうの!?」
ファーリセスは泣きそうな顔になる。
「おう、お勤めご苦労さんだったな」
スパークはいつも通り飄々としている。
「勇者様・・いずれはと思っていましたが、やはりお帰りになってしまうのですね。この世界をお救い頂いた事、改めてお礼を申し上げます」
ミリアレフが立ち上がり深々と頭を下げる。ヤマモトが手でそれを遮る。
「いや、そういうのはいい。私と君の仲じゃないか」
「もったいないお言葉です。女神様には私の方からお伝えしておきますね。今は手軽に連絡を取れるようになったんですよ」
「ほほう。どうやるんだ?」
皆がソファに座りなおし、ファブレは皆のお茶とお茶菓子を用意してヤマモトの隣に座る。
「女神様から頂いた箱に手紙を入れるんです。そうすると消えて女神様の元に届きます。女神様の方から送ってくることもあります」
「なるほど、ちゃんと連絡体制を改善したのは評価してやらないとな。最近は何かやりとりがあったのか?」
ミリアレフが首を傾げる。
「えっと、過去の日記の事で分からない点をお聞きしたのと・・あっ、女神様の方から、異邦人が来るかも知れないという話がありました。ミハエル様にはお伝えしたんですけど」
ヤマモトが眉根を寄せる。
「異邦人?」
「リンさんやルリさんのような、勇者召喚以外でこちらの世界に迷い込んだ人のことです」
ヤマモトがポンと手を叩く。
「ああ、なるほど。しかし今まで気にしてなかったが、そういうことは度々あるのか?」
「えっと・・どうなんでしょう」
ミリアレフが首を傾げ、代わりにファーリセスが答える。
「数年に一度くらいあるみたい。こっちの世界と勇者様の世界の境界は常に揺らいでいて、隙間が大きくなると異邦人が現れるとか聞いた」
スパークが補足する。
「ただ、地方に飛ばされてそこに定住したり、あるいは人里まで生き延びれなかったり・・記録に残らない奴もいると考えると、もっと頻度は高いのかもな」
ヤマモトが頷く。
「ふーむ、私の世界では神隠しと言われる、人が突然いなくなる現象が昔からあった。それはこっちに来ていたのかも知れないな。さて脱線してしまったが、せっかく久々に皆で集まったんだ。いつもの宴会と行こうか。ファブレ、いいかな?」
「もちろんです」
ファーリセスが立ち上がる。
「焼き魚がいい! スパークが醤油かけた奴!」
「自分でかけろって・・俺は足をやっちまった時の貝の丼が食いてえな。それと酒」
「牡蠣ですね、分かりました」
「私はおでんとたこ焼き、それとワインを」
「また妙な組み合わせだな・・私は肉じゃがと冷奴を、それと私も少し飲もうかな」
「分かりました、料理召喚!」
ファブレの声と共に、テーブルの上に皆がリクエストした料理が現れる。
「うひょう! この匂いがたまらんよな」
「スパーク! 醤油かけて!」
「うーん? どっちから食べた方がいいんでしょう」
「ファブレは何にしたんだ?」
「これです」
以前ピエールの店で食べた、牛ミンチのパイ包みの皿を指さす。
「ああこれか。お世辞抜きで美味かったな」
「自分で作ってみると何か一味足りない気がするんですよね」
「おっ、美味そうだな。ファブレ、俺にもそれくれ!」
「はい、どうぞ」
「そういえばあの男女はどうしたの?」
「ジョゼフですか? 安全になったので出て行きました」
「ふーん。あっ、マーボードウフも食べたい!」
「はいどうぞ。辛すぎたら出し直しますから」
「うわっ、真っ赤です! ファーリセスさんそれ好きですねぇ・・」
「そうだファブレ、久しぶりにカニが食べたいな」
「あっ、私も頂きたいです」
「分かりました」
ファブレは皆のリクエストに応えて次々を料理を召喚する。
宴会は深夜まで続き、満腹になった皆は思い思いの場所で寝息を立てた。




