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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
六章 料理学校編
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233話 堕落した勇者

溜まっていた仕事も片付き、ファブレはヤマモトの世話をする余裕を取り戻した。

だが、

「ファブレ、ドーナツを追加で頼む」

「はい、どうぞ」

ソファに寝転がったまま本を読むヤマモトは、時折ドーナツをつまんで貪り、寝返りを打ってコップのジンジャーエールをストローでチューチュー吸っている。

「全く、だらしないのう」

「一日の半分寝ているお前に言われたくない」

ヤマモトがツァーレに言い返すが、ファブレも口を出さずにいられなかった。

「ヤマモト様、いくら食べても太らないとはいえ、さすがに自堕落が過ぎると思いますよ」

ヤマモトが口を尖らす。

「ファブレまで何を言う。今まで私は体形維持のために食べたいものをずっと我慢してきたんだ。いくら食べても太らないというのは男神からのご褒美、いわば神から与えられた許しだ。今はその恩恵を十分に受けるべきなのだ」

「でも、元の世界に帰ったらまた我慢しなきゃならないんでしょう。後が大変じゃないですか?」

ファブレの当然の指摘にヤマモトがひるむ。

「うっ・・い、いや。贅沢や浪費はやる時は思いっきりやったほうがいい。それでこそ次の節制につながるというものだ。うん」

ヤマモトは頷いているが、ファブレはそうだろうかと首を傾げる。贅沢になれた貴族や商人が一般市民クラスに没落すると、節約ができず破綻するというのはよく聞く話だ。

ヤマモトの吸うストローがズズーと音を立てた。ヤマモトが空のコップを持ち上げる。

「ファブレ、今度はレモネードを頼む」


「そんな訳で、ヤマモト様が最近だらけ気味なんですよ」

料理人ギルドで所用を終えたファブレが、お茶を飲みながらカンディルとリンと雑談している。

「深淵の迷宮は大変なところだったんだろう? ゆっくり休暇を取ってもいいんじゃないか」

「そうだ! いい計画があるよ!」

リンがガタッと椅子を揺らす。

「なんですか? リンさん」

「ファブレ君の美食に溺れさせれば、ずっとこっちの世界にいてくれるかも! それか誰かいい相手がいれば結婚してこっちの世界に残る選択もあると思うし・・」

「ええっ!?」

リンの大胆な提案に、ファブレが驚きの声を上げた。

「リンがヤマモトと別れたくないのは分かるが、本人の意思を歪めてはいかんな」

カンディルが窘める。

「ごめんなさい。でも、ファブレ君だってヤマモトさんにずっといて欲しいでしょ?」

「それはそうですが・・ヤマモト様は元の世界でやりたい事があるそうですから」

「ヤマモトさんがベタ惚れするような相手がいればなぁ・・誰かいない?」

リンの言葉にファブレは相手になりそうな男性を思い浮かべる。まずは王太子ミハエルだ。相手としては最高だがミリアレフがご執心なので、ヤマモトがそれを奪うようなことはありえないだろう。スパークやラプター、リチャード、ギエフ、シェルハイドなども適齢だが、ヤマモトは全く相手にしていないように思える。ハヤミは年齢が離れているし、既にヨーコというパートナーがいる。オウマも同じだ。真正面から挑んだカシルーンは壮絶にフラれてしまった。

ファブレは首を振る。

「全く浮かびません」

「もう、みんなだらしないんだから」

カンディルが肩をすくめる。

「まぁあんまり美人だと気後れすることもある。それにヤマモトには特殊な守りがあるんだろう?」

「そうですね。防護なしで堂々と求婚してきたのはカシューくらいで・・ん?」

「ファブレ君、どうしたの?」

「いえ何でもありません。そろそろ帰りますね。リンさん、できれば近いうちにテオドラさんと一緒に遊びに来てください。ヤマモト様もシャンとするでしょうし」

「うん、わかった!」

ファブレは料理ギルドを辞して家路へと向かった。


守衛に挨拶し、家に入る。

「ただいま戻りました」

「ファブレ、お帰り」

ヤマモトは相変わらずソファで寝転がって本を読んでいる。用意したドーナツの皿は空になっていた。

「夕食は・・」

「今日の夕食は鳥の唐揚げがいいな。それにご飯と味噌汁で」

ヤマモトの食い気味なリクエストにファブレはため息をついた。おやつにドーナツをいくつも食べたというのにまた揚げ物だ。

「お腹の具合は大丈夫ですか?」

「ああ。夕食前になれば普通に腹が減るぞ」

ファブレは少し躊躇したが、健康被害がないのであればヤマモトの希望に応えるのみだ。

「では、料理召喚!」

ライスに味噌汁、唐揚げにキャベツのサラダを召喚する。キャベツが少し多めなのはせめてもの計らいだ。しかし、

「そうだ。タルタルソースもたっぷりつけてくれ。サラダもそれで食べよう」

というヤマモトの提案で台無しになってしまった。


消灯前に、ファブレは思い切ってヤマモトに尋ねてみる。

「ヤマモト様、ずっとこちらの世界に残っていただく選択はありませんか?」

ヤマモトは驚いてベッドから起き上がる。

「どうしたんだ急に? いや、当然の質問か・・やはり私は元の世界に未練がある。引き留めてくれるのは嬉しいがな」

「でも、以前とは状況が変わりました。こちらの世界に残れば、ずっと体形を気にしないで好きな物を好きなだけ食べて暮らしていけますよ。それもある意味理想の生活ではないですか?」

「なっ! そんな・・! しかし・・ううっ」

ヤマモトは衝撃を受け、意思が揺らいでいるようだ。

「い、いや! 私はそんな誘惑に負けないぞ! ファブレ、いつのまにそんな悪魔じみた恐ろしい誘いを平気で口にするようになったんだ・・」

ヤマモトの怯えたような言葉にファブレは呆れる。

「事実を言っただけです。あともう一つ別の事をお尋ねしたいんですが・・」

「ん? なんだ?」

「以前カシューがヤマモト様にプロポーズした時、防護なしで求婚したのはカシューが初めてだとおっしゃってましたよね。逆に、防護ありの人には求婚されたことがあるんでしょうか?」

ヤマモトのカリスマクィーンの影響を受けない防護を持っている人物、つまりミハエルから求婚されたことがあるのではないかという質問だ。ヤマモトが苦笑する。

「私も口が滑ったな。まぁそれはノーコメントとさせてもらおう。皆には秘密にな」

「分かりました。踏み入った質問で失礼しました。ではおやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

ファブレは明かりを消した。

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