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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
六章 料理学校編
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エピローグ5 キングとクイーン

本編完結後のお話です。ネタバレを嫌う方はスルーを推奨します。

王都にラーメンの狼と呼ばれる料理人がいる。それがケビンだ。

彼は王都で初めて食べたラーメンの味に衝撃を受け、すぐにファブレ料理学校の門を叩いた。

それまで料理など全くしたことがなかった彼だが、みっちりと料理の基礎を学び、その後はひたすら理想のラーメン作りに情熱を注いだ。同じくラーメン好きの貴族からの支援を受けられた彼は、卒業後すぐに王都にラーメン店を開業し、毎日行列が絶えない人気店となっている。

その彼が厨房で悩んでいた。彼の店で提供されるメニューは醤油、味噌、塩の三種類だ。どれもファブレの作るものを完璧に、いや、今やそれを超える品質になっていると自負している。

しかしオーナーが発した

「そろそろ新しいメニューが欲しい。この店を、君を代表するようなメニューだ」

という発言が彼に重くのしかかっていた。むろん彼とて常に新メニューを考えて店での提供もしているが、定番のものと並ぶほどの出来にはならない。

(全く別の味・・カレー風味は大したことはなかった。ポタージュ風、シーフード、辛みを加えたものも悪くはなかったが、これだという程ではない・・)

何度も試作と味見を繰り返すが、もういいのか悪いのか、どこを改良すればいいのかも分からなくなってくる。

すっかり疑心暗鬼の沼に嵌ってしまい、光明が見えない。

悩んだ彼は母校、ファブレ料理学校を訪れた。

ファブレ校長はすぐに時間を作ってくれ、温かく彼を迎えてくれる。

「久しぶりですねケビン君。君の活躍は聞いてますよ。私も鼻が高いです」

「ご無沙汰しています校長。実は・・」

ケビンは単刀直入に要件を切り出す。ファブレはテーブルの上で手を組み、ケビンを見つめながら話す。

「正直に言いましょう。私の作ることのできるラーメンは醤油、味噌、塩の3種類だけです。異世界にはもっと多種多様なラーメンがあるそうですが、私の仕えた勇者様は余りラーメンが好きではなく、その3つしかレシピを知らないのです」

「そうですか・・」

ケビンは落胆した。

「ですが」

ファブレが言葉を続けた。ケビンは思わすファブレの顔を覗き込む。彼はいたずらっぽく笑っていた。

「私より遥かにラーメンに詳しい人物が二人います」

「ええっ!」

ケビンは驚愕した。始めて聞く話だ。異世界料理の生き字引と言われるファブレよりも、更に詳しい人物がいるとは。

「い、一体どんな・・」

ケビンがソファから腰を浮かせたのを見て、ファブレが苦笑して宥める。

「ケビン君、落ち着いて聞いて下さい。実はその二人は少し・・そうですね、センシティブというか、表に出るのを嫌うタイプなのです。ですから学校に呼んで指導をしてもらったりすることはできません」

「で、では! 私が直接行って指導を受けることは・・!」

ファブレは首を振る。

「残念ですがそれもできません。ですが彼ら、いえ彼女のラーメンに対する情熱、愛情は君に勝るとも劣りません。同じラーメン仲間として、きっと力になってくれるでしょう」

「私はどうすればいいでしょう?」

ファブレは困惑するケビンに告げる。

「まず私が彼らに話してみます。きっと二人は興味を持ち、君の店に行きます。君のラーメンを食べて合格と判断すれば、ケビン君に教えを授けてくれるでしょう。そうそう、二人はキングとクイーンと呼ばれています」


店に戻ったケビンは毎日厨房に立ちながら客の様子を伺う。もしかしてその二人だろうか、というペアを何度か見かけたがケビンが呼ばれることはなかった。ケビンは気が気でなかった。もしや不合格だろうか。

だが三日後、確実にその二人だろうという客が現れた。魔法使いのようなお揃いのローブをまとった二人は店に入るまで目深にフードをかぶり、目立たないようにしていた。客席についてからはフードを下ろし、愛嬌のある女性がはしゃぎ声をあげ、堀りの深い顔立ちの男性は落ち着ついた所作をしている。

二人は3種のラーメンを注文した。届いてからはまずレンゲでスープを一口飲んで頷く。麺をすすり上げて咀嚼する。具材を箸で持ち上げて女性が男性に何か言い、男性がそれに答える。やがて丼を交換し別のラーメンを食べる。ケビンは何度もそちらを見て、やきもきしながら食べ終わるのを待つ。やがて困惑顔の店員が彼を呼びにきた。

「ケビン店長、お客様がお呼びです。キングとクイーンと言えば分かると」


ケビンは緊張気味に二人の席に向かう。

「初めまして。この店の店長をやっております、ケビンと申します。お味はいかがでしたでしょうか」

女性は満面の笑みで答える。

「どれもすごく美味しかったよ!」

男性も頷いている。

「うむ、ラーメンに限って言えば師匠を超えているのではないかな」

「ありがとうございます!」

ケビンは頭を下げる。ファブレ以上と言われればこんなに嬉しいことはない。

「ただ・・」

女性の言葉にケビンは体を跳ね上げる。

「ラーメンはもっと自由でいいと思う!」

「自由、ですか?」

女性、クイーンの言葉にケビンは困惑する。ラーメンに自由や不自由などあるのだろうか。

「マー・・じゃなくてキング! この前のヤツを!」

「ああ」

男性、キングがテーブルに手のひらを向ける。するとすぐに丼に入ったラーメンが現れた。

「りょ、料理召喚!?」

一目でファブレ校長と遜色ないレベルの使い手だと分かる。しかも見たことのないラーメンだ。麺が隠れるほどの野菜や厚切りのチャーシュー、そして何より強烈な匂いの何かのみじん切りが丼いっぱいにかけられている。

「味を見てくれ」

キングに言われるまま、ケビンはレンゲと箸を取る。みじん切りのものをスープと一緒に飲む。口内に稲妻が走った。みじん切りの物は生のニンニクなのだ。

麺をすすってみる。麺に絡みついたニンニクのみじん切りがやはり強烈なインパクトだ。

「バ、バカな・・こんなラーメンが許されるのか・・」

クイーンが笑う。

「まぁこれは君の常識を壊すためのものだから。こういうラーメンがあってもいいでしょって。ラーメンの可能性は無限だから!」

「そ、そうなのですか?」

ケビンは衝撃でクラクラする頭を抑える。しかし確かめなければならないことがある。

なるべくニンニクを避けてスープだけをレンゲで掬い、それをゆっくり味わって飲む。

「しかしこのスープは? なんてまろやかな味だろう」

クイーンが頷く。

「さすがラーメンの狼と言われるだけはあるね!」

「このスープはトンコツ、第四のラーメンだ。もっとわかりやすい物を出そう」

キングが新しい丼を召喚する。白濁したスープに麺が浸り小ネギが散っているだけの、シンプルなラーメンだ。

ケビンはすぐにレンゲと箸で丼に挑みかり、それを夢中で味わう。

「す、凄い。極細麺とスープが一体に・・美味い、美味すぎる。これこそ究極のラーメン・・」

キングが紙片と代金をテーブルに置く。

「これがレシピだ。君ならきっとこれ以上の物も作りだせるだろう」

「またいつか来るから!」

キングとクイーンが立ち上がる。ケビンが丼から顔を上げる。

「ま、待って下さい! あなた方は一体・・」

しかしもう二人の姿は消えていた。ケビンはあわてて店の外に走るが、後ろ姿も見当たらなかった。

ケビンはキングの置いて行ったレシピを手で挟んで拝む。

「ありがとうございます。ラーメンの王と女王・・」


後日、ケビンの店に新メニューのトンコツラーメンが追加された。その人気はすさまじく、伸びた行列で入口が塞がれた周りの店から苦情が出るほどだ。ケビンとオーナーは二号店を作ることを決めた。そちらではトンコツがメインで、更に一杯ずつ客の要望を聞く。麺2倍でも無茶なトッピングでも、できないとは言わない。クイーンの言う自由なラーメンを体現した店だ。

ケビンは店の片隅に拵えた棚、そこに置かれた男女の像を毎日拝んでいる。

いつしかその風習は他のラーメン店にも伝わり、多くの店が棚に男女の像を飾るようになった。

ラーメン道を邁進すればいつかラーメンの王と女王が店に現れ、全く新しいラーメンを授けてくれる、という伝説とともに。

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