226話 聖剣vs魔剣
ファーリセスは絶望に打ちひしがれた。
スパークが死んでしまっても、ミリアレフが生きていれば蘇生魔法がある。
スパークもそれを分かっていて、自分を盾にしてミリアレフをかばったのだろう。
だがミリアレフが死んでしまっては蘇生魔法は使えず、スパークもミリアレフも生き返ることはない。
「貴様・・スパークに続いてミリアレフまで・・よくも!」
ヤマモトが怒りにワナワナと震える。髪の毛が逆立ち、ヤマモトの周りの空気が熱気に揺らぐ。
魔剣士はそれをせせら笑うと、魔剣を持ったままの右手を天井へ掲げる。
すると床に散らばった龍王殻の鎧が魔剣士へと吸い寄せられ、魔剣士は再び鎧武者の姿となった。
ハヤミの額に汗がにじむ。
「これはマズい・・ヤマモト! 落ち着くんだ!」
しかしヤマモトにその声は届いていないようだった。ヤマモトは聖剣の力を引き出す祝詞を唱える。
「聖剣よ! 我が声に応えよ!」
キン! と金属の箍が外れるような音が響く。
聖剣の刀身が金属のそれでなく、太陽のフレアのような、白く輝き揺らめく炎へと変わっていた。
「殺す!」
ヤマモトが放たれた矢のごとく、鎧武者へと突進する。
鎧武者はヤマモトの渾身の一撃を交差した魔剣で受け止めるが、その勢いに押されてヨロヨロと後退する。
「!?」
ヤマモトは驚きの収まらぬ鎧武者へ致命的な斬撃を連続で繰り出す。
鎧武者は二本の魔剣でそれを捌くのがやっとだ。
力を増した聖剣の威力を受け止め切ることができず、攻撃を受けるにつれ鎧武者の態勢は崩れ、
ついには魔剣での防御が間に合わず、鎧ごと左手を切り飛ばされた。
魔剣を握ったままの左手が床に転がり、鎧武者の肩から血しぶきが上がる。
「グオオオオ!」
鎧武者のくぐもった悲鳴が響く。
「終わりだ!」
ヤマモトが空を駆け上がり、鎧武者へ渾身の打ち下ろしを放った。
片腕だけではその勢いは止められず、鎧武者は真っ二つになるだろう。
見ている誰もがそう思った。だが鎧武者は右手に残った魔剣を掲げて呟いた。
「魔剣ヨ、我ガ声ニ応エヨ」
「なっ!」
ハヤミが驚愕する。力を解放された魔剣が、ヤマモトの振り下ろした聖剣とぶつかった。
そこに雷が落ちたかのような轟音と衝撃が発生し、ヤマモトも鎧武者も部屋の壁まで吹き飛ばされる。
「ぐっう・・」
ヤマモトが起き上がり、鎧武者の魔剣を見る。それは力を解放した聖剣と同じように、揺らめく黒い炎の刀身になっていた。
「魔剣の力を・・解放したのか」
だが魔剣はすぐに元の金属の刃へと変わり、刀身に蜘蛛の巣のような細かいヒビが入ったかと思うと、魔剣の刀身は砕け散った。
「耐えきれなかったか・・?」
そしてヤマモトは手元の聖剣を見る。それは魔剣と同じように元の金属の刃へ戻る。刀身にヒビが走り、それが全体に広がったかと思うと、ガラスのように砕け散って破片が床に落ちた。持ち手を守る鍔とヤマモトが握る柄は、砂のように細かい粒子となり、サラサラと宙に溶けて流れていった。
ファーリセス、ハヤミ、ヨーコはそれを見て愕然とする。
「せ、聖剣が!」
「壊れちゃった!」
「なんてことだ・・これではもう」
皆が鎧武者を見る。右手の魔剣は喪失したが、もう一つの魔剣を握ったままの左手を床から拾い上げ、切断面に付ける。それはすぐにくっつき、調子を確かめるかのように肩を回し、魔剣を何度か振り下ろす。そして一行を見た。
「逃げるぞ!」
ハヤミが怒鳴る。もはや鎧武者に対する手段は何一つない。
「しかし、ミリアレフとスパークが!」
ヤマモトは躊躇する。
「悪いが置いていくしかない! 本当に全滅してしまうぞ!」
「くっ! ミリアレフ、スパーク、すまない!」
皆が部屋の出口へと駆け出す。
「逃ガサン」
鎧武者は部屋の出口に巨大な石の壁を出現させ、一行を阻む。ヤマモトはつい腰に手を伸ばすが、聖剣は失われてしまっている。ヨーコが石の壁を剣で叩いて固さを確かめ、ファーリセスに振り返る。
「ファーリセス、二人で究極魔法を使おう」
「分かった。でも詠唱に時間が・・」
「しばらくボクが食い止めよう。その間に魔法を使うんだ」
ハヤミが迫りくる鎧武者の前に立ちはだかる。ヤマモトが止めようとする。
「無茶をするな。あいつ相手にどうするというんだ」
「武器一つなら当たらない自信はある。ヤマモトはもしヤツが鎧を外したら、すぐに攻撃できるよう待機してくれ」
「分かった」
ヤマモトが予備のショートソードを抜き、ハヤミの背後に回る。ハヤミは剣も抜かずに、鎧武者に軽口を叩いた。
「思ったより小細工を使えるんだね。魔剣士なんて呼び名の割に、剣の腕にはあまり自信がないのかな?」
むろん時間稼ぎだ。鎧武者はハヤミの言葉に応えず、ハヤミへ袈裟切りで襲い掛かる。
ハヤミはそれを体を半身にして躱す。続く横薙ぎは地面スレスレになるほど深く体を沈めて躱す。
鎧武者は苛立ちに任せて魔剣を振るい続ける。ハヤミはいつしか目をつぶり、それらを全て躱してみせた。
「単調だね」
鎧武者の兜の隙間から吸気が漏れる。
「ブレスか」
ハヤミは腰の剣を抜き、鎧武者から吐き出された炎の奔流を、まるで剣で糸を束ねるかのように反らし、巻き上げて散らし、無効化してしまう。
その時、ヨーコとファーリセスの究極魔法、断罪の刃の詠唱が完成した。見えざる巨大な刃が部屋の出口を塞ぐ石の壁を両断し、出口が現れる。そこにはファブレと、合成獣たちが立っていた。ファブレはすぐにヤマモトに駆け寄る。
「ヤマモト様!」
「ファブレ! 無事だったのか!」




