224話 倒せぬ相手は
両手に魔剣を携えた鎧武者は、ズシンズシンと床を踏みしめるようにヤマモトたちに迫りくる。
ハヤミが慌てた声でミリアレフに叫ぶ。
「聖女、守りの魔法を! 作戦タイムが必要だ」
「分かりました。聖域!」
ミリアレフが床に杖を突き立てると、一向を包み込むように光の柱が立ち上った。
鎧武者は光の壁に遮られ進むことができない。
「グアアア!」
力任せに何度も魔剣を光の壁に叩きつけるが、斬撃は全て弾かれてしまう。
ハヤミが額の汗を袖でぬぐった。
「ふう、さすがに魔剣といえど聖域は切れないか」
「おっおい! あの鎧には聖剣も究極魔法も通じないんだろ? どうすんだ?」
スパークが上ずった声でヤマモトに尋ねる。ヤマモトが皆を見渡す。
「もし龍王と再戦した場合、何か通用する戦法を考えるよう宿題を出したろう。相手が違うが答え合わせの時間だな」
「ええ? 戦うのか?」
ヤマモトが力強く頷く。
「ああ。私がヤツを食い止めよう。その間に各自で考えてきた戦法を試してくれ。ミリアレフは私をフォローしてほしい」
「お任せ下さい!」
「では私から試そう」
ヨーコが申し出る。スパークがガリガリと頭を掻きむしった。
「しょうがねえな。じゃあ次は俺だ」
ハヤミが軽く片手を上げる。
「ボクは少し考えてることがある。三番手はファーリセスに頼んでいいかな? それもダメならまた聖域を展開してくれ」
「わかった」
「了解です」
ファーリセスとミリアレフが頷いた。聖域が解除され、一行を見て妖精が嘲る。
「作戦タイムは終わりかい? まぁあの召喚士なしで龍王殻の魔剣士に勝てるとは思えないけどね。フフ。今頃はあの召喚士も・・」
「お前少しうるさいぞ」
ヤマモトがノーモーションで聖剣を妖精に向かって投げつけた。
「うひゃあ!」
聖剣はうなりを上げて飛び、妖精の髪の一部をかすめて切り飛ばして、ブーメランのようにヤマモトの手に戻ってくる。
「ちっ、外したか」
「あ、後は任せたぞ! 皆殺しだからな!」
妖精は鎧武者に命令するとフッと姿を消した。
「ウグアアアア!」
ヤマモトは雄たけびを上げて突進してくる鎧武者を待ち構え、部屋の中央で魔剣と聖剣が同時に振り下ろされる。
ガキン! と重い金属同士を叩きつけた轟音が部屋に響き、ヤマモトと鎧武者は互いに後ずさる。
ビリビリと腕に走る衝撃に、ヤマモトが顔を顰める。
「くっ、重いな・・」
鎧武者は無造作に距離を詰め、両手の魔剣を振りかざしてヤマモトに襲い掛かる。
ヤマモトは鎧武者の斬撃を受け止め、躱し、時に反撃に出るが、やはり鎧には傷一つ着かない。
鎧の隙間からくぐもった哄笑が漏れる。
そして鎧武者の上段からの打ち下ろしをヤマモトが聖剣で受け止めた時、
「よし今だ! 奈落の穴!」
ヨーコが鎧武者の立っている床に向けて魔法を発動する。ゴーレムを落とした落とし穴の魔法だ。
狙いは過たず、鎧武者の姿が床下へと吸い込まれる。ゴーレムを落とした時よりも範囲を狭く、より深くしたため、鎧武者の姿は完全に床下に沈んでしまった。ハヤミが頷く。
「うまいぞ。倒せない相手でも動けなくしてしまえばいい」
「勇者様! 傷を癒します!」
「ああ、ありがとう」
聖剣を下ろしたヤマモトにミリアレフが駆け寄り、回復魔法を使う。
鎧武者は二刀流だ。聖剣一本で防御しなくてはならないヤマモトは細かい傷をいくつか受けてしまっていた。だが大きなダメージはない。
「ヤツはかなり重そうだった。この深さなら這い上がれまい・・ん?」
鎧武者が落ちた穴からガッガッと何かを叩きつける音が響く。その音は徐々に大きくなり、落とし穴から石の欠片が飛び散ってくる。
「くそっ! 床石を切っているのか!」
「そうか。聖剣でドアを切れるように、魔剣で床も切れるんだね」
「感心してる場合か! 上がってくるぞ!」
一際大きな床石の破片が穴から蹴り上がられ、放物線を描いて落ちる。鎧武者は落とし穴から切り開いた階段を悠々と上がってきた。鎧の隙間から湯気と荒い呼吸音が漏れる。
スパークがヨーコをチラリと見る。ヨーコは首を振った。他に通用する手段が無いということだ。
「やるしかねえか・・ハイドインシャドー」
スパークが小声で呟くと、その姿が自分の影の中へ溶けて消えた。
そしてスパークの姿は、今度はヤマモトに襲い掛かからんとする鎧武者の背後の影から出現した。
「もらった!」
スパークは大胆にも、鎧武者の振りかぶった二本の魔剣を背後から奪い取った。
鎧武者は呆然と自分の両手を見つめたが、すぐに振り返ると怒りの声を上げてスパークに掴みかかる。
だがスパークは一瞬で部屋の隅まで飛び退って下がり、
「ハヤミ!」
魔剣の一つをハヤミの方へと蹴り飛ばす。床を滑ってきた魔剣を受け取るハヤミ。
鎧武者は一瞬、どちらを追うべきか躊躇した。そこへ
「ファーリセス! やれ!」
「女郎蜘蛛の巣!」
ファーリセスが唱えた魔法で天井に巨大な蜘蛛の巣が出現し、それが鎧武者に覆いかぶさった。
蜘蛛の巣に絡み取られた鎧武者はたちまち動きが鈍くなり、やがて完全に動けなくなって床へと縫いとめられる。
「ふう、上手く行ったぜ。魔剣がなければ脱出できねえだろ」
「やるね。まさか魔剣を盗むとはね」
「スパーク、偉い!」
スパークは上機嫌だ。
「魔剣を使えばヤツを倒せるか? いや、使うのは危険か? うーむ、どうしたものかな」
ヤマモトが思案する。
「そうだね。ひとまず・・うん?」
ハヤミとスパークが持つ魔剣がカタカタと動く。その動きはやがて片手では抑えきれないほどになり、魔剣を両手で持つハヤミとスパークの体が鎧武者へと引きずられていく。
「マズいぞ。奴は魔剣を引き寄せられるのか!」
「ぐあっ! くそっ!」
スパークの持つ魔剣が激しく回転し、腕に傷を負ったスパークが思わず手を放すと魔剣は鎧武者へと飛んで行ってしまう。
ハヤミは魔剣の回転を躱すが、やはり剣は鎧武者に吸い寄せられてしまった。
やがて鎧武者の方からブツリブツリと糸を絶つ音が聞こえ、蜘蛛の巣から解放された鎧武者がゆっくりと立ち上がった。
「まいったね。どれも通用しないとは・・」




