217話 研究所にて
階段を下りた先は広大な空間だった。一定間隔に床から天井まで透明な柱のようなものが立ち並んでいる。その中は液体で満たされ、時折ゴボゴボと泡が沸き上がる。
「なんだここは?」
ヤマモトは訝しみ、聖剣を構えて周囲を警戒した。ファブレもそれに倣う。
「ここは!」
「まさか・・そんな」
後から階段を降りてきたハヤミとヨーコが、息を飲み立ちすくんだ。
「ハヤミ、ヨーコ、知っている場所なのか?」
ヤマモトの問いにハヤミが口を開く。
「ボクの代の魔王が合成獣の研究をしていたと話した事があっただろう。ここはその研究所だ」
「・・私が産まれたところでもある」
ヨーコが付け加えた。
「ええっ?」
ファブレは驚きの声を隠せなかった。ハヤミが歩きながら柱の様子を確認していく。
「設備は間違いなく破壊したはずだが・・これは修理したというより破壊する前と同じだな。だが中身は全て空になっている」
ヨーコが一際大きな柱に触れ、中身を見上げていた。だがこちらも中身は液体だけだ。
「それがヨーコさんの・・」
「ああ。私の入っていた場所、揺り篭だ。魔王はそう呼んでいたな」
ヤマモトが静かに声をかける。
「ハヤミ、ヨーコ、聞いてくれ。前の階でハヤミも言っていたが、ここは君たちの知る場所と同じではない。感傷はあるだろうが、今までと同じように下り階段を探して下りようと思う。それで構わないだろうか?」
ハヤミとヨーコが頷く。
「ああ、もちろんだ」
「気を使わせてしまってすまない。もう大丈夫だ」
「よし、下り階段の場所は分かるか?」
「もうかなり記憶があやふやだが・・見た記憶はないね」
ハヤミが答え、ヨーコも首を振る。
「ふむ。じゃあ探索するしかないか。スパーク、どっちに進む?」
声を上げようとしたその時、スパークは床に伸びている柱の影のゆらめきに気づいた。
上を向き目をこらすと、ボヤッとした円形の物が天井付近を漂っている。
「天井に何かいるぞ!」
スパークの声に皆武器を構え、天井を見上げる。
「看破!」
ミリアレフの幻影解除の魔法が飛び、宙を飛ぶ物の姿が露わになった。
それは小鳥程度の大きさで、光を発し羽の生えた人の姿をしている。妖精だ。
「わわっ!」
隠れていることがバレた妖精は驚きの声を上げ、すぐにフッと消えてしまった。
「今のは・・?」
「大魔王の傍らにいた妖精だな」
ヤマモトが断定し、ファブレが聞き返す。
「違う妖精という可能性はないですか?」
「いや同じだろう。右目と顎の下にホクロがあったし、同じイヤリングをしていた」
「スゲェな」
「ええ? あの一瞬でよく見えましたね」
スパークとファブレはヤマモトの視力に驚愕する。
「しかし何だ今更? そういえば妖精が大魔王のところから魔剣を持ち去ったんじゃないかという話があったな。何か企んでいるのか?」
ヤマモトの言葉にハヤミが頷く。
「そうかも知れないね。気を引き締めたほうがよさそうだ」
「念のため確認してみますね」
ミリアレフが魔剣に巻いた布をほどき中身を確認する。だが魔剣には特に異常は見当たらない。
「何も変わりありませんね」
「分からないことを考えても仕方ない。とりあえず先に進むか」
「この広間には階段はなかったぜ。あっちの通路から進もう」
皆、スパークに続いて広間を出た。
通路は広く、3人が並んで歩けるほどの幅がある。
先頭はヤマモトとスパーク、中央にミリアレフとファブレとファーリセス、後ろにハヤミとヨーコといういつもの隊列で、前後を警戒しつつ通路を進んでいく。
「しかしなんなんだ? この溝は?」
通路には一定距離ごとに天井から壁、床までつながった溝がいくつも並んでいる。まるで包丁で輪切りにした跡のようだ。
「スイッチは見当たらんが罠かも知れん。溝は踏まず、壁も触らないようにしてくれ」
最初は恐る恐る進んでいたが、溝をいくつも通り越しても何も起こらない。
一行の気が緩んだところで、
「敵襲だ!」
「後ろからも来たぞ!」
挟撃を受けた。迫ってくるのはコボルドやオーク、リザードマン、ワーウルフといった亜人種たちの混合部隊だ。それぞれが鎧や剣で装備を固めており、後ろには杖を持った魔物も見える。
「いつものように前後で対処してくれ」
「はい!」
前の敵にはヤマモトとスパーク、ミリアレフで、後ろはファブレ、ファーリセス、ハヤミ、ヨーコで対応するといういつものパターンだ。だが、
「今だ!」
魔物の方から声が聞こえ、一行の中心にあった溝に鉄格子が下りてくる。
一行は鉄格子により、前と後ろのグループで区切られてしまった。
「くそっ、分断か!」
「慌てるな。敵を倒してから聖剣で壊せばいい。それより目の前の敵に集中するんだ」
「さっき魔物がしゃべった!」
ファーリセスが警告する。
「何・・?」
ヤマモトも敵の様子を伺う。確かに魔物たちは小声で話したり頷いたりして、連携しているかのように感じる。それに杖を持った魔物は明らかに部隊の統制を取っている。
しかし全てがフロアボスや、魔王軍幹部クラスの上位の魔物という事もないだろう。
「なんだ? どういうことだ?」
ハヤミが呟く。
「おそらく合成獣だ。魔物に人の知性を持たせたんだろう」
「なっ! あれ全てか?」
「来るぞ!」
スパークの声が上がる。ファブレの背後、ヤマモトたちの方で戦闘が始まった。しかし振り向いて戦局を確認することもできない。前の敵に集中しなければ。
こちらは前衛の魔物が盾を構えたまま動かない。後ろをかばっているかのようだ。
「あいつだ。やるぞ」
後列の杖を持った魔物が呟き、何か呪文を唱え始めた。
「フレイヤズベール!」
すかさずヨーコが皆に防御魔法を唱える。
「倒しちゃっていいよね?」
ファーリセスは火の玉の呪文を唱え始めた。ファブレも目つぶし弾をスリングにセットする。
その時、敵の魔物の魔法が発動した。ファブレの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「しまった! 転移か!」
ハヤミが気づき声を上げるが、ファブレは柵と皆に挟まれて避ける場所がない。防御魔法も効果はなかった。魔法陣が一際光り輝き、ファブレの姿はその場から掻き消えた。




