22話 カツ丼ストライク
ヤマモトとファブレが市場から戻ると、宿ではちょうど夕食の仕込みが始まったところだった。
「お帰り。市場はどうだった?」
女将が二人に聞く。
「すごく楽しかったです!」
「今日は目移りしてしまって何も買えなかった。明日はいくつか買ってみて調理したいんだが、
厨房を借りてもいいだろうか?」
「もちろん構わないよ! さ、今日はうちの料理を見学して分からないことがあれば聞いとくれ!」
女将は貝をナイフのようなものでこじあけ、中身をボウルに出していく。
亭主は魚を切り分けていく。
ファブレはどんな料理に使うのか質問したり、味見したり、
自分でも真似してはまた質問したりするが、宿の夫婦は嫌な顔一つせず教えてくれる。
ヤマモトは安心して厨房の脇でお茶を嗜む。
どの料理もほぼ完成しボチボチと客が入り始め、女将は客の対応で食堂に出る。
ヤマモトとファブレが夕食として色んな料理を少しずつ盛った贅沢な賄い料理を食べ終わったころ、
女将が浮かぬ顔で厨房に戻ってくる。
「何かあったのか?」
目ざとく気づいたヤマモトの問いかけに女将が答える。
「実は例のお客さんに内陸の料理人から肉料理を教えてもらってる、って伝えたんだけどさ。
そしたらぜひ今日食べたいっていうんだよ。レシピは教えてもらったけどまだ試作もしてないし、
食材も仕入れてないから無理だって言ったんだけどね、聞かなくてさ。どうしようかね・・」
「ふむ、どうやら君の出番のようだな」
ヤマモトがファブレを見る。
「作ってくれるのかい? でも食材が・・」
「心配しなくていい。彼は料理そのものを召喚する魔法使いでもあるんだ」
「ええ?」
女将も亭主も驚く。
「まぁ1日3回しか使えんがな。ファブレ、いいかな?」
「もちろんです。何にしましょうか?」
「そうだな・・女将、蓋のできる丼はあるかな?」
「ああ。大丈夫だよ」
「よし、じゃあカツ丼にしよう。丼はそこに並べてくれ。ファブレ、3つ・・いや4つ頼む」
「分かりました。料理召喚!」
カツ丼はヤマモトのリクエストで今まで2、3回自作したので召喚は全く問題ない。
それぞれの丼の下に魔法陣が現われ、あっという間に4つ並べられた丼の中にカツ丼が出現する。
「おお!」
「こりゃ驚いたね。これがカツドンかい?
教えてもらった中にはなかったけど、どんな料理なんだい?」
宿の夫婦は興味津々で丼に入った料理を見る。
「得体の知れないものを客に出すのは怖いだろうから、味見するといい。
そのために4つ出したんだ」
「そりゃありがたい。アンタ、食べてみようか」
「ああ。いただこう」
夫婦はスプーンでカツ丼を食べ始める。
「うまっ! なんだいこれは」
「こりゃ凄い料理だ・・。厚切りの肉に衣をつけて、揚げてから煮たのか?
それに卵とタマネギ、更にそれをご飯に盛るとは。
一見メチャクチャだが逆にこれ以上ないという一体感もある。それにこの甘いタレが凄い」
さすがに料理人の亭主にはある程度分かるようだ。女将は無言でかき込んでいる。
「私の国の料理でな。ここではタレが作れないし、手間がかかる料理だから教えていなかったんだ」
「なるほどな。これならあの客も喜ぶだろう。持って行ってくれ」
「あいよ」
女将が客にカツ丼を持っていこうとするのをヤマモトが引き留める。
「ああ、客にはこう伝えてくれないか・・」
ヤマモトが女将に耳打ちする。
「なるほど、言ってみるよ」
女将がカツ丼を盆に持って食堂へ向かう。まだ1つ残っているカツ丼に気づいた亭主が聞く。
「これはどうするんだ?」
「予備だ。たぶん必要になる」
「ククク、奴の反応が楽しみだ」
ヤマモトがニヤニヤしながら食堂の様子を見守る。
「ヤマモト様、意地が悪いですよ」
しかしファブレもヤマモトの後ろからこっそりと食堂の様子を見る。
女将が何やら伝えて客にカツ丼を出す。客は丼の蓋を開けて中身を訝し気に観察したあと
フォークをカツに突き刺し、一口食べると椅子から立ち上がる。椅子が蹴倒される。
驚く亭主も見守る中、客は椅子に座りなおして猛烈な勢いでカツ丼を食べ始める。
食べ終わった後すぐ女将を呼ぶ。
「おかわりだろう。予備を出してやってくれ」
「すべて計算づくか、恐ろしいな・・」
亭主はヤマモトの底知れなさに戦慄する。
さすがにカツ丼二杯は腹いっぱいになったようで、客は満足して部屋に戻り、
女将も客から解放される。
「やあ本当に助かったよ、ありがとうよ」
女将はヤマモトとファブレの両手を握って感謝を伝える。
「なに、ファブレによくしてくれた礼だ。ただカツ丼のレシピは教えられない。すまんな。
自分で再現するのは構わないがな」
「ああ。あんな料理があると分かっただけで大収穫だ。
まさかこんな子があんな凄い料理を作れるとはな・・」
亭主はファブレの頭をポンポンと叩く。ファブレもピコピコと耳を動かし嬉しそうだ。
「お役に立てて何よりです!」
「フフ、では部屋に戻ろうか」
部屋で交互に湯を使い、寝間着に着替えたヤマモトがベッドで伸びをする。
「今日もお疲れだったな。明日からはもっとのんびりしよう」
「はい。色々ありましたね。あ、そうだ」
「ん、なんだ?」
消灯しようとしたファブレがそれを止め、ヤマモトに尋ねる。
「女将さんがカツ丼を持っていくときに、何か言いませんでした?」
「ああ、あれは魔法の言葉だな」
「魔法の言葉?」
「これは王都でも有名な料理人が作った、いつも街を守ってもらっている感謝を込めた『勝利』という意味の、今日だけの特別料理だと言ってもらったのだ」
ファブレもカツ丼がゲンを担ぐ料理だとは聞いているが、
「ちょっと大げさじゃないですか? それにボクは王都で有名な料理人じゃありません」
「なに、そのうち間違いなく有名になる。あの反応を見ただろう。フフ、貴族が食事中に立ち上がるとはな。親に知られたら大目玉だろう」
「あれはびっくりしましたね」
「料理は味で勝負するのが本質だが、添える言葉一つで何倍も美味しくなることもある。
じゃあおやすみ」
「ためになります。おやすみなさい」
ファブレはランプの明かりを落とした。




