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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
五章 深淵の迷宮編
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エピローグ1 ファブレとカシュー 前編

エピローグは本編終了後の話となります。ネタバレを含みますので嫌いな方は読み飛ばしを推奨します。

「ファブレはまだか? なあ、俺のこと忘れてたりしないよな? ちょっと太ってしまったしなぁ」

完璧に仕立てられたオーダーメイドのスーツに身を包み、部屋をウロウロと不安げに歩き回る壮年の男性。彼こそがカシューバーガーのオーナー、カシューことカシルーンだ。公国で王の名は知らずとも、彼の名を知らぬ者はない。公国のどの町にもカシューバーガーの支店があり、店前には彼を模した等身大の像が立っているためだ。檻の中の肉食獣のようにウロウロと歩き回る彼を見て、彼の右腕たる女性秘書、タミナは何度目かのため息をついた。

「大丈夫ですよ。彼があなたを忘れるはずがありません。ほら、落ち着いて座ってください」

「う、うむ・・そうだな」

男性は取締役と書かれた高級そうな黒壇の机の、これまた高級そうな黒い革張りの椅子にドカリと座り込む。長年連れ添ってきた秘書のタミナでも、彼がこれほど緊張しているのを見るのは初めてだった。

今日これから訪ねてくる客、王国の最高料理人たるマスターシェフの称号を持ち、勇者ヤマモトとともに魔王、大魔王を討ち果たした奇跡の料理人、ファブレのことはタミナもよく知っている。取締役の席で指を組んだりほどいたりしているカシルーンが、若い頃に彼と結んだ友情のこと、王都のかがり火亭を模してカシューバーガーのチェーンを立ち上げ、一代で現在の地位を築き上げたこと、カシルーンの助言でファブレが王国一の料理学校を設立したことも、カシルーンから耳にタコができるほど聞かされていた。

「失礼します。ファブレ様がお見えになりました」

警備員がノックに続いて簡潔に要件を告げる。カシルーンは椅子から飛び上がったようだった。

「来たか!」

「わかりました。すぐに向かいます」


入口の扉が開け放たれた応接間にはすでに会社の重役たちが集まっているのが見えた。その談笑の輪の中心にファブレがいた。

聞いていた通り小柄で、童顔ともいえるあどけなさの残る顔立ちだ。

重役たちがカシルーンの前触れたるタミナが近づいてくるのに気づくと、みな姿勢を正して道を開け、カシルーンを迎える。

ファブレの前に立ったカシルーンはどういう顔をしていいかわからないようだった。ファブレが進み出て笑顔でカシルーンを迎え、右手を差し出す。

「ずいぶん遅くなってしまいましたが、約束通りあなたの国に来れて嬉しいです、カシルーンさん」

カシルーンはその他人行儀な言葉を聞いて一瞬寂しげな表情を浮かべた。タミナは同情する。しかし仕方のないことだろう。若いころに友情を結んだとて何十年もたっており、ましてや今は二人とも国を代表する重要人物だ。昔のように肩を叩いて馴れ馴れしい態度で接することなどありはしない。

カシルーンもすぐに笑顔になり、ファブレに歩み寄る。

「約束を覚えていてくれて嬉しいよ。私がどんなに君に会いたかったか」

カシルーンがファブレの手を握る。だが、

「うわっ!」

カシルーンが悲鳴を上げてファブレから手を放す。突然のことにタミナも周りの重役も目を見張る。

警備員やファブレの護衛に緊張が走り、身構えて周囲を見渡す。

しかしファブレはいたずらっぽく笑っていた。その伸ばした手から、床に何かが落ちる。

床に落ちたのは小さな透明の塊だ。そこからじわりと水が床に広がった。タミナは思わず声を上げる。

「えっ・・氷?」

ファブレは心底おかしいというように、クスクスと笑い声をあげている。

「また引っかかったね、カシュー。聞いたところによると、君は何度も結婚してはすぐ離婚して、別れた奥さんに財産のほとんどを持っていかれているらしいじゃないか。まだ初恋のヤマモト様が忘れられないのかい?」

それを聞いたカシルーンは破顔してファブレに掴みかかり、ファブレの頭を腕で抱え込む。

「この卑怯者め! お前こそ未だに独身らしいじゃないか! いつまでヤマモトに操を立ててるんだ!」

「痛いよカシュー」

二人は大声で笑いあっている。警備員や護衛はカシルーンを止めるべきか悩んでオロオロするばかりだった。


会議室に場を移す間、ファブレとカシルーンは並んで歩きながら昔話に花を咲かせて笑い合う。

「そうだ。ここに来る前に公王陛下に会ってきたんだけど、今後は王国との関係は改善すると約束してくれたよ。以前のように互いに使節団も送るようになるし、君たちの念願の王都への出店もそう遠くない未来に実現できるんじゃないかな」

「ええっ!」

ファブレの言葉にタミナも、重役もみな驚いて飛び上がった。代替わりした公王は王国のミハエル王と折り合いが悪く、王国との交易や人の往来は長年厳しく制限されていたのだ。

カシルーンはあまり衝撃を受けた様子がなく一人頷いている。

「さすがファブレだな。俺たちも何度も働きかけたんだが・・」

「いや、君たちの努力のおかげで陛下の心も揺らいでいたようだよ。僕は最後の一押しをしただけだ」

タミナは謙虚なファブレの言葉に感心しきりだった。少なくともカシルーンなら俺がやったと遠慮なく胸を張り、タミナも重役たちも何度も褒めたたえねばならなかっただろう。

会議室につき、タミナは王国の客人に向けてカシューバーガーの設立から現在までの歴史を語る。とは言ってもファブレたちもおそらくほとんど知っていることだろう。カシルーンの伝記は何冊も発行されているのだ。

タミナの説明が終わり、ファブレが礼を言ったところでカシルーンが手を叩く。

「そうだ、久しぶりにあのホットドッグを食べさせてくれないか? 記憶で美化されているのかもしれないけど、自分で試作したのはなんだか一味足りないような気がしてな」

「いいよ。では皆さんの分も。料理召喚!」

「おお!」

ファブレが言うが早いか、皆の前に皿に乗ったホットドッグが出現する。

「これが料理召喚か。一瞬で全員分を・・」

皆が驚きに目を見張ってる中、カシルーンはホットドッグを手でムンズと掴み、端から口に押し込んで食いちぎる。

「うむ、これだ・・! やはり美味い」

カシルーンは目を閉じて咀嚼する。

「この香り・・そうか! ソーセージを燻製しているんだな! 昔はそれに気づかなかった。それに粒の大きい脂身、固めの皮か・・なるほど!」

カシルーンは猛然とホットドッグを平らげ、指を舐めながら不適に笑う。

「しかし今の俺ならもっと美味くできる! 生のタマネギをみじん切りにしてたっぷり乗せれば合うだろう。それにチーズやサルサ風ソースも・・」

ファブレがほうと感心する。

「凄いねカシュー。本来はタマネギを乗せていたんだ。辛いのが苦手なヤマモト様向けに無しにしたのをすっかり忘れてたよ」

「よし! 今度は世界一のホットドッグを作ってやる!」

カシューは意気込む。

タミナと重役たちもホットドッグを平らげて感想を言い合う。しかしカシルーンほど楽天的にはなれなかった。カシューバーガーは庶民に手が届くよう低価格で提供するために、極限までコスト削減を突き詰めている。この今までにない形の細長いパンや、燻製しているというソーセージはどこで作るのか。それに店舗でソーセージを茹でるとしたら全店舗に新しい設備と、マニュアルの改訂が必要だ。カシューバーガーでこのホットドッグを新メニューとして提供するのは限りなく困難だという事を皆予測していた。

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