214話 開かずの扉防衛戦 前編
「こりゃたまげたな。しゃべる猫なんて聞いたことがない。ファーリセス、知ってるか?」
スパークの問いにファーリセスが首を振る。
「私も始めて。猫の声帯でどうやって声を出してるんだろう。不思議」
ヤマモトが檻の前にしゃがみ込む。
「君は会話はできるのか? ちょっと話を聞いてもいいか?」
猫はシャーと怒りの声を上げた。
「話の前に檻から出さんか!」
ヤマモトが肩をすくめる。
「檻の鍵ならあるぜ」
スパークが見つけた鍵を使って檻を開けると、猫は優雅に檻から出てきた。
話しかけようとしたヤマモトを余所に、猫はファブレの方を見上げる。
「話の前に体も洗ってくれ。そこの小僧、お前に頼む」
ヤマモトが嘆息する。
「まぁ体を洗いたい気持ちは私も分からんでもない。ファブレ、お願いしていいか?」
「分かりました」
ファブレがタライとぬるま湯を召喚し、薄めた石鹸で猫の身体を洗い始める。猫は目を細めてされるがままだ。
「おお、湯とは気が利くのう。先ほどの食事といい、お主には見込みがある。儂の世話係にしてやろう。光栄に思うがよい」
ヤマモトが呆れる。
「はぁ、こんな偉そうにしてる猫は見たことがない」
猫がすまして答える。
「偉そうじゃなくて偉いんじゃ。儂はこの町の町長じゃからな」
「えっ? 猫が町長なんですか? じゃここは猫の町?」
ミリアレフがポカンと口を開ける。しかし今まで見てきた建物などはどう見ても人間の町だ。
「重要な書類などは儂が決済するのじゃ。こうしてな」
猫が前足をポンと地面に置く。判子替わりに肉球のスタンプを押すのだろう。
「ああ、お飾りの町長か。猫の駅長みたいな・・」
猫がヤマモトに猛然と反論する。
「お飾りではない! 儂のスタンプには誓約の魔法の効果があるんじゃ!」
黙ってやり取りを聞いていたハヤミが口を挟む。
「ちょっといいかな。余り悠長にしてられないんだ。ボクらは次のフロアに行く下り階段を探している。君は何か知ってるかい?」
「次のフロア? 何の話じゃ? だが下り階段は心当たりがある。開かずの扉じゃ。それは地面に設置された扉で、別の世界と繋がっているという伝承がある」
「ふむ、その開かずの扉とやらに階段があるのかな? 開かずの扉はどうやって開ければいいんだい?」
猫が答える。
「フフン、開かずの扉は壊すこともできず、儂にしか開けられん。だから囚われておったのじゃ。だが扉を開けるには鍵も必要じゃ! 鍵は魔物の襲撃で失われてしまい、今はどこにあるのか分からん」
「なるほど。じゃあコボルドはその鍵を探していたのか」
「鍵というと、もしかしてあれかな?」
ハヤミの言葉にヤマモトがポンと手を打つ。
「ああ、そういえば宝箱に入ってたな」
ヤマモトはゴソゴソと懐をさぐり、砂漠の地下通路で手に入れた小さな鍵を取り出した。それを見た猫が興奮する。
「おお、その鍵じゃ! どこで見つけたんじゃ?」
「ちょっと説明するのが面倒だからそれは省略させてもらう。これがあれば開かずの扉を開けられるんだな?」
「本来は開けてはならんから開かずの扉なんじゃが・・もう守るべき理由もない。助け出してくれた礼として扉を開けてやろう。じゃが儂も扉の先がどうなってるかは知らん。よし小僧、もういいぞ。体を拭いてくれ」
猫はタライからピョンと飛び出て激しく体を振る。周りの人に水がかかる事などお構いなしだ。
ヤマモトが慌てて体を引く。
「水を飛ばすな! なんて傍若無人な奴だ」
ヨーコが首を傾げる。
「しゃべるからすごく偉そうに見えるが、普通の猫もこんなもんじゃないか?」
「そうかも知れませんね」
ファブレが同意する。スパークも頷いていた。
猫が案内した開かずの扉は、街の中心の十字路にあった。
積もっていた瓦礫を綺麗に片付けると、丸い形をした扉だと分かる。
「これは盲点だったね。知らなければ探すのは大変だったろう」
「よし、鍵を差してくれ」
ヤマモトが鍵穴に鍵を差し込む。そして猫が鍵穴の横にある、猫の足跡のような模様に前足をかざす。
「なるほど、二重認証か」
扉に赤い光が灯った。細かい振動が走り、扉の上の小石が跳ねる。
だがそれと同時に、静寂を破ってけたたましい警報音が鳴り響く。一行は耳を塞いだ。
「うわっ!」
「なんだこりゃ、うるせえ!」
「地面が開くから注意しろって事なんだろう」
「だがこの音は・・マズくないか?」
一行は周りを見渡す。音は街の至るところから聞こえ、それが延々と鳴り響いている。
当然街の外にも聞こえているだろう。
「この音は止められないのか?」
「無理じゃな」
扉はようやく紙一枚が入る程度の隙間が空いたところだ。開く速度は限りなく遅い。
「ちっ、魔物が来やがったぞ!」
スパークが示す先に、翼の生えた魔物がこちらに向かって飛んでくるのが見える。
「こっちからも来たぞ!」
ヨーコがスパークとは反対側を指して警告する。飛んでくる魔物は赤銅色の肌に、山羊のような頭をしていた。四本の腕に槍や大鎌などを携えている。
「レッサーデーモンだな。グレーターほどじゃないが魔法を抵抗することがある。面倒な相手だぞ」
ヤマモトが指示を出す。
「扉が開くまで防衛する。飛んでる相手は飛び道具や魔法で落としてくれ。ハヤミは落ちた敵を頼む。私とヨーコは近づいてきた相手がいればそっちを優先だ」
「ああ、了解だ」
「集まって下さい。フレイヤズベール!」
ミリアレフが皆に防護魔法を掛ける。どうやら他の方向からも飛んできているようだ。乱戦は免れないだろう。
ファブレもスリングを握り締め、腰のショートソードと、ローブのホルダーにスクロールがあることを確認する。
「あっ、そういえば猫は?」
先ほどまで見えた猫の姿がない。だがすぐにファブレの背負い袋の中から声がする。
「ここじゃここ。ちゃんと儂を守れよ」
「はぁ・・」
もう他の誰かに預ける訳にもいかない。ファブレは猫を守りながら戦うことになってしまった。




