213話 檻の猫
ヤマモトが素早く指示を飛ばす。
「よし、私とハヤミとヨーコで仕掛ける。人型が優先、犬は後。ミリアレフ、私たちの背後から目くらましを頼む。他の皆は取り逃がした場合のフォローを」
「了解だ」
「分かりました」
人型の魔物が交差点に差し掛かる。ヤマモトが立ち上がると同時に駆け出し、すぐにハヤミとヨーコも続いた。
魔物は完全に虚を突かれ、慌てふためいて武器を抜き、ヤマモト達を迎え撃とうする。
だがその瞬間、
「パニッシュメントライト!」
ヤマモト達の背後から強烈な光が発せられた。魔物たちは眩しさに目が眩み、反射的に顔を背けて手で抑える。襲われると分かっていてもどうしようもない。
ヤマモト達は一太刀で、難なく人型の魔物を屠る。首輪から鎖を垂らしたままの犬が魔物の手から離れ、距離を取って唸るが、
「マジックミサイル!」
ファーリセスのマジックミサイルが飛び、壁に叩きつけられて動かなくなった。
「他にはいないようだな」
ヤマモトが聖剣を鞘に収め、ハヤミが倒れた魔物を観察する。
「ふむ・・鎧を着て犬を連れたコボルドか。軍の偵察役といったところか」
ファブレが驚く。
「ええっ? 魔王軍ですか? もう魔王も大魔王もいないのに」
ハヤミが首を振る。
「いや、魔王軍かどうかは分からない。そもそも迷宮の中にこんな場所があるのがおかしいからね。だが統率の取れた集団の一部だということは分かる」
「なるほど」
スパークが呟く。
「やたらキョロキョロしてたし、何かを探しているのかも知れないな」
「それが第一のヒントかな? とりあえず死体を片付けようか」
ハヤミの言葉に皆頷き、魔物と犬の死体を建物の奥に放り込む。
血の跡もファブレの召喚した水で洗い流し、瓦礫で隠す。注意して見なければ戦闘があったことは分からないだろう。
「よし、ファーリセス。上空からの偵察を頼む」
皆で手近な建物にこもる。ファーリセスが鳥の目線での偵察を終え、水晶玉から顔を上げる。
「ここは壁に囲まれた街みたい。ほとんど瓦礫ばっかりだけど、一つだけだけ損害が少ないとこがあった。赤い屋根の大きな建物。あっち」
ファーリセスが方角を指す。
「魔物の姿は?」
「その赤い建物の前に歩哨みたいのがいた。他は外ではいないみたい」
ヤマモトが頷く。
「よし。とりあえずその赤い屋根の建物に向おうか。途中気づいたことがあれば教えてくれ」
一行は赤い屋根の建物に近づき、瓦礫に身を潜める。
「見張りがいるな。さっきと同じコボルドだ」
赤い屋根の建物の入口の脇に、見張りと思しき槍を持ったコボルドが立っている。
「中にまだ魔物がいると考えた方がよさそうだ。音を立てずに何とかしたいが・・」
「では私が」
ヤマモトの言葉にミリアレフが立ちあがり、それと同時に魔法を発動する。
「ホールドパーソン! サイレンス!」
歩哨のコボルドはビクリと体を硬直させ、身動きが取れなくなる。声も出せない。
「よし、入口前まで行くぞ」
スパークの先導で、ドアもなく開け放たれたままの建物の入り口に近づく。
ヨーコがひょいと身動きの取れないコボルドを持ち上げて瓦礫の影に運び、剣をぬぐいながらすぐに戻ってくる。始末してきたのだろう。
スパークが中の様子を伺う。
「やはり中にもいるな。数までは分からんが・・そんなに多くないだろう。ん?」
中から魔物の叫び声と、ドカドカと足音が聞こえてくる。入口に向かってきているようだ。
「げっ! なんでバレたんだ?」
「まぁちょうどいい。中に人がいるかも知れん。こっちに向かってくる奴は倒せばいいだけだからな」
ヤマモトが聖剣を抜く。
「前は私とハヤミで迎え撃つ。ヨーコは後ろの警戒を頼む。他は中央から援護」
「了解だ」
一行は建物前の小さな階段で迎撃の構えを取る。
建物から飛び出してきたコボルドがハヤミに槍を突き出すが、ハヤミが剣を左右に振ると、槍は先端から順に切り落とされてしまう。コボルドが手元に残った棒を茫然と見たところで、その首が地面に落ちた。
ヤマモトに向かったコボルドは、槍がまだ届かない間合いからの踏み込みと同時に一刀両断される。
血飛沫を上げて倒れる仲間を見て、後続の二体のコボルドは動揺したようだ。槍を構えて距離を取る。
その魔物たちの頭が、後ろから巨大な手に鷲掴みにされた。そのまま宙に吊り上げられる。
「行かないなら俺が殺す。早く行け」
手から解放されたコボルドたちは、雄たけびを上げながら槍を構えてヤマモトとハヤミに突進する。
だが一瞬後にはどちらも血飛沫を上げ、床に倒れ伏していた。
「フン、役立たずどもが」
声とともに姿を現したのは、頭が天井に届くほどの巨大な魔物だった。
青銅色の肌、背中には大きな翼が生え、赤く裂けた口の周りには鋭い牙が並んでいる。
「上位悪魔か。魔法が効きにくいぞ」
ハヤミが警告する。デーモンは侵入者たちを見下ろした。
「今更街を奪回しに来たのか? 貴様らは街の外に串刺しにして見せしめとしてやろう!」
デーモンが伸ばした爪を振りかざして、階段に固まっているファブレ達に向かって突進してくる。
ヤマモトとハヤミが割って入りデーモンを迎え撃つ。ファブレたちは慌てて階段を降りて散会する。
ヤマモトがデーモンの右爪の振り下ろしを聖剣で防ぎ、ハヤミがすれ違いざまにデーモンの左胴を剣で薙ぐ。だが腹部を切り裂くはずのハヤミの剣はガキンと弾かれ、デーモンの肌の表面にわずかな傷を残しただけだ。ハヤミが愕然とする。
「恐ろしく固いぞ! ボクはフォローに回ろう」
「ジャッジメントフォース!」
ミリアレフがヤマモトに強化魔法を使う。爪を剣で受け止めていたヤマモトが剣を切り返し、デーモンの爪を切り飛ばす。ヤマモトは続けざまに踏み込んで胴に突きを繰り出すが、デーモンは羽ばたいて大きく距離を取った。
「我が爪をいともたやすく切るとは・・貴様何者だ?」
「勇者と聖剣も知らないのか? とんだ田舎悪魔だな!」
ヤマモトがデーモンに向かって走りだす。
「勇者だと? 戯言を!」
デーモンはライトニングボルトの魔法を唱え、更にヤマモトに向けて口から炎を吐き出した。
「ヤマモト様!」
ファブレの心配は杞憂に終わった。ヤマモトは突進しながら剣を突き出し、デーモンの魔法や吐き出した炎を真っ二つに切り裂いている。デーモンの目が驚愕に見開かれた。
「鏡像!」
ヤマモトの身体が4体に分かれ、それぞれがデーモンに向かって躍りかかった。
デーモンは正面から向かってくるヤマモトに爪の一撃を浴びせるが、それは残像だった。右側に回り込んでいたヤマモトの本体が、ハンマー投げのように一回転して勢いをつけた渾身の一撃を、デーモンの胴に叩き込む。
「はあっ!」
デーモンの身体は上下に分かたれ、上半身が回転しながら吹っ飛んで建物の壁に叩きつけられた。立ったままの下半身は切断面から噴水のように血を噴き上げ、やがて地面に倒れる。
「ぐ、その力・・まさか本当に勇者だと言うのか・・」
デーモンの上半身が力なく呟き、ガクリと項垂れて動かなくなった。
デーモンが死んだのを確認する一行。ミリアレフが首を傾げる。
「上位魔族なのに勇者や聖剣をよく知らないみたいでしたね」
「この場所は遠く離れた大陸だったり、あるいは遥か昔だったりするのかも知れないね」
「余り長居するのはよくなさそうだな。さっきのがボスだとしたら、この建物に階段があるのか?」
建物内を捜索する一行。スパークが声を上げる。
「あの檻に何かいるぞ」
広間の片隅に置いてある動物用の小さな檻の中に、汚れた毛の固まりのようなものが蹲っているのが見える。
「なんだ? 猫か?」
ヤマモトが近くで中を覗き込む。それは衰弱した猫だった。白かったであろう毛は灰色や茶色で斑に汚れ、ほぼ骨と皮だけという状態だ。だが呼吸の度に体はわずかに上下している。まだ息があるようだ。
「酷い状態ですね」
ミリアレフが眉を顰める。
「ヤマモト様、直してあげてもいいですか?」
ヤマモトが頷く。
「ああ、もちろん」
「料理召喚!」
ファブレは檻の中に薄めたエリクサーの入ったトレイと、餌の入ったトレイを召喚する。
猫はよろめきながらも立ち上がり、エリクサーをペチャペチャと舐める。
エリクサーを舐める度に元気になっていくようだ。体の震えが止まり、舐める速度も速くなる。力なく下がっていた尻尾がピンと立った。
そして今度は夢中で餌をガツガツと貪る。やがて空になったトレイから顔を上げ、まっすぐにファブレを見据える。
「助かったぞ小僧。礼を言う」
ミリアレフが驚いて尻もちを付いた。
「ね、猫がしゃべりました!」




