209話 落葉踏まず
少し残酷な描写があります。
階段を降りると、そこは小さな花畑だった。頭上は樹木の枝葉で塞がれて空はほとんど見えない。そこかしこから鳥の声が聞こえ、風が吹く度に草や葉がザワザワと音を立てる。どうやら森の中のようだ。スパークが舌打ちする。
「ちっ、今度は森かよ。しばらくここから動かないでくれ。ファーリセス、魔物検知と鳥を使った偵察を頼む」
「分かった」
ファーリセスが荷物から水晶玉を取り出して地面に置き、その前に座り込む。
「ずいぶん慎重だな?」
ヤマモトの言葉に、スパークが辺りを観察しながら答える。
「ああ。森の外から来たんなら通って来た道は安全だが、いきなり森の中じゃどこも索敵できてないからな。砂漠と違って見通しも悪い。頭上から襲われる可能性もある」
「なるほどな。皆ファーリセスの偵察が終わるまで、周りに注意してくれ」
皆武器を構え、周囲の警戒に当たる。やがてファーリセスが水晶玉から目線を上げた。
「この近くには魔物の反応は無かった。上から見ると、この森は崖に挟まれた細い谷間にあるみたい。濃い霧が森の上に出てて先はよくわからない」
「よし分かった。警戒を解いていいぞ。先に行こう。道はあっちだな」
スパークの言葉に皆頷き、落葉の積もる森の小道へと歩を進める。
それは不幸と偶然が重なった事故だった。
いつもかぶっているフードを脱いで、タオルで顔をぬぐっていたファーリセスの首筋に枯れ枝が落ち、驚いたファーリセスが悲鳴を上げて飛び上がる。
それを聞いたヤマモトが、抑えていた枝を手から放してしまい、ちょうど後ろを振り向いたスパークの目に枝が直撃した。スパークがよろめいて2、3歩後ずさる。
突然地面が爆発し、積もっていた落葉が天高く舞い踊った。響き渡る爆音に驚いた鳥たちが一斉に森から飛び立つ。スパークは爆風に吹き飛ばされ、木の幹に背中から叩きつけられた。
「スパーク! 大丈夫か!」
「スパークさん!」
「ぐうっ・・爆発トラップか。ドジっちまった」
スパークは頭を振りながら起き上がろうとする。だがガクンと右足の膝が崩れ、地面に座り込んでしまう。
「スパークさん! 足が!」
ファブレの声にスパークが自分の足元を見る。スパークの右足はくるぶしから下が吹き飛ばされていた。切断面から血がとめどなく流れ、足元の落葉を赤く染める。
「お、俺の足が! いっでででで!」
スパークが自分の足の状態に気づくと同時に激痛が襲う。座り込み、歯を食いしばりながら、取り出した紐で膝下をきつく縛って出血を止めようとする。
ファーリセスはおろおろと周りを見る。
「スパークの足が! どうしよう! そうだ、ミリアレフ! 早く治して!」
ファーリセスはミリアレフの肩を掴んで激しく揺らす。
ミリアレフは冷静に対応しようとする。
「大丈夫です。必ず直りますから落ち着いて下さい。切断された先の足はありますか?」
「あれか?」
ヨーコが指さす先には、ズタボロになったブーツの残骸。それらが血とともにいくつも散らばっている。
「これではくっつけるのは無理ですね。全治を使います」
ミリアレフがスパークの足に手を触れる。
「慈悲深き女神フレイヤよ。どうかこの者の損ねたる肉体を、健やかなる肉体へと戻したまえ。全治」
ミリアレフの手から光が溢れる。それが収まると、血まみれの断面だったところから新しく足が生えている。ファーリセスと、ファブレも安堵の吐息をもらす。
「すまねぇ、助かったぜ」
ミリアレフに礼を言ったスパークに、ファーリセスが涙目で縋りつく。
「スパークごめん! 私のせいで!」
「いや、私が抑えていた枝が当たったせいだ。悪かった」
ヤマモトも殊勝に頭を下げる。スパークは首を振る。
「お前らのせいじゃない。茂みのある場所で振り返るときに顔を庇うのはスカウトの常識だ。登山者だって知ってる。完全に俺のミスだよ」
立ち上がろうとするスパークをミリアレフが留める。
「スパークさん。直した部位が全身と馴染むまで、しばらく待ってください。血も大分流れちゃいましたし」
「ボクとヨーコが見張りをしよう。しばらく休んでいてくれ」
スパークがドカリと座り込む。
「すまんなハヤミ、ヨーコ。言葉に甘えさせてもらうぜ」
落葉の積もる道端で休憩を取る一行。スパークは他に異常がない事を確認し、予備のズボンとブーツに履き替えてボヤく。
「あーあ。落葉の下の地雷を踏んじまうなんて、師匠に笑われちまうな」
ヤマモトが話を振る。
「そういえばスパークの師匠、オルトチャックは変わった二つ名だったな。落葉踏まずだったか?」
スパークが頷く。
「ああ。二つの意味がある。一つはそのままの意味だ。師匠は落葉の上を音もなく歩ける。水面に浮かんだ棒の上に立つこともできる。歩法はスカウトの基本中の基本だ。それを極めてるってことさ」
ミリアレフが驚きの声を上げる。
「ええ? 水に浮かんだ棒の上に、人が立てるものなんですか?」
「もう仙人の領域だな。もう一つは?」
「落葉ってのはスカウトの隠語で、床の罠やスイッチを指す言葉でもある。師匠はもう何年も罠にかかったことがない。もちろん幸運もあるだろうが、スカウトは運の良さも大事な要素なんだ」
「ほほう、さすが伝説のスカウトだな。だが最近は体調が悪いと言ってたか?」
「さすがに歳だしな。病気がちみたいだぜ」
ファブレは思い返す。オルトチャックはスパークが生まれる前から現役だったと言っていた。小人族の寿命が人間より長いとはいえ、かなりの高齢なのだろう。
周囲を警戒しているハヤミが背中越しに話す。
「この冒険が終わったら、ヨーコと一緒に見舞いに行ってみるつもりだ。きっとこんな面白いダンジョンに行けなかったことを悔しがるだろうね」
「ちぇっ。俺のドジを報告されたんじゃ、後で師匠に顔を合わせづらいぜ」
ヤマモトが笑う。
「フフ、オルトチャックだってきっと数えきれないくらい失敗を繰り返してるさ。今回は怪我もすぐ治ったし、貴重な経験だけが残ったと考えればいいんじゃないか?」
ミリアレフも同意する。
「そうですよ! 手や足くらい何度でも生やしてあげますから!」
「何度も生やされてたまるか。よし、もうよさそうだ。ハヤミ、ヨーコ、ありがとよ」
スパークは立ち上がってトントンと軽く跳ねる。一行は探索を再開した。
スパークは今まで以上に慎重に森の小道を進む。しかし小一時間も進むと二番手のヤマモトに、今までは聞こえなかったスパークの呼吸音が聞こえてくるようになった。
「スパーク、無理をするな。息が切れてるぞ。もう昼だし休憩にしようか」
「クソッ、血が減ったせいか? 体が重い気がするぜ・・」
階段を降りた所と同じような、少し開けた場所で昼食をとることにした。
だが血なまぐさい事故の後だ。珍しくファーリセスは食欲がないのでいらないという。
皆も積極的なリクエストが無いようだ。
「正直俺もあんまり食欲がないんだが・・」
力ないスパークの発言に、ヤマモトが首を振る。
「無理もないが、食べなきゃ回復しないぞ。ファブレ、こういうときにいいメニューはあるか?」
「とっておきの物がありますよ。料理召喚!」
ファブレが迷いなく召喚した皿には一口大の、緑の葉でくるまれた白っぽい物、が5つ並んでいた。傍らには切ったレモンも添えられている。食欲をそそる、香ばしい香りが漂う。
「そのまま一口で食べて下さい」
「なんだこりゃ? まぁ食えば分かるか」
怪訝な表情で皿を観察していたスパークが、料理を楊枝で刺してポイと口に放り込んだ。
目を閉じて咀嚼する。その目がカッと見開かれた。
「うっ、美味ぇ! 美味すぎる!」




