201話 砂の迷宮
ヤマモトが舌打ちする。
「ちっ、面倒な奴だな。だったら派手に行かせてもらおう。みんな、ゴーレムから離れてくれ」
未だ泥沼の中でもがくゴーレムから皆が距離を取る。ヤマモトが左手の小手を右手で握る。
そしてそのまま左手を突き出した。
「我が枷、我が盾よ・・今こそその戒めを解き放て。ティルトヴェイン!」
魔王城に向かう途中、関所を吹き飛ばした魔法だ。
「え、ちょ・・!」
思わずヤマモトを止めようとするが、もう間に合わない。ファブレの顔が引きつる。
壁際に張り付き、しゃがんで頭を守る防御態勢を取る。
キイィン・・と甲高い音を立てながら、ゴーレムに向かって広間の空気が集まっていく。
それが収まると白く輝く火球が現れ、一瞬で膨れ上がって大爆発を起こした。凄まじい轟音と振動で広間が揺れる。突風と共に砂埃が吹きつけ、天井からはバラバラと大小の破片が降り注いだ。
「フレイヤズベール!」
「フレイヤズベール!」
ヨーコとミリアレフが同時に防御魔法を発動し、皆の身を守る。
ゴーレムの身体は粉々に破壊され、吹き飛ばされた破片が壁や天井に突き刺さっている。ゴーレムがいた場所には熱波がゆらめき、その中にファブレの握り拳ほどの大きさの、水晶玉のようなものが浮いていた。
「これがコアか」
ヤマモトが聖剣を振るう。一度の斬撃で水晶玉は4つに分かたれ、床に落ちた。
「危ねえじゃねーか!」
スパークがヤマモトに文句を言う。
「すまん、ちょっと派手にやりすぎたか。皆怪我はないか?」
ヤマモトが皆を見渡す。怪我人はいない。ハヤミが肩をすくめる。
「無茶するね。だが・・魔法に方向性を持たせたのか。それならまぁ安全かな」
ゴーレムの破片のほとんどは皆とは反対方向に散らばっていた。
「ハヤミ、これでゴーレムは復活しないか?」
「しばらくはね。次に起動するまで多分何か月もかかるだろう」
ファブレが壁に刺さった破片を確認する。今回はピクリとも動かない。
ヤマモトがソワソワと落ち着かない様子でハヤミに確認する。
「じゃあここはもう安全か? そうだ。下の階から敵が来るようなことはないか?」
ハヤミが頷く。
「ああ、それは扉破壊どころじゃない、重大なルール違反だからね。いくらこのダンジョンが意地が悪いと言っても、さすがにそれは無いだろう」
「よし。時間的にもう夜中だろう。今夜はここで夕食と睡眠をとって、明日下へ降りようか。だがファブレ、夕食の前に風呂を頼む。全く、これだからダンジョンは嫌なんだ」
「だと思いました」
ゴーレムが泥沼の中で暴れ、更に泥沼に向けて爆裂魔法を放ったので、ヤマモトも皆も全身泥だらけだった。
翌朝、下の階の様子を見に行ったスパークが茫然と戻ってくる。
「参ったな、こんなことは始めてだぜ。下の階は砂漠になってるぞ」
「砂漠? 床に砂が溢れてるのか?」
「まぁ見りゃ分かる」
皆がスパークに続いて階段を降りると、そこは文字通りの砂漠だ。
周りは見渡す限り、どこまでも続く砂、砂、砂・・その上には雲一つない青空が広がり、太陽が照り付けている。
ミリアレフがポカンと口を開ける。
「ええっ? どうなってるんですかこれは?」
「地下なのに空と太陽があるなんて不思議」
ファーリセスはスンスンと空気の匂いを嗅ぐ。
「幻影か?」
ヨーコは用心深く周囲を探る。ハヤミが足元の砂を救って地面にこぼした。
「本物の砂だね。原理は分からないが、空も太陽も本物で、砂漠にいるのと同じと考えたほうがよさそうだ」
ハヤミは軽く言うがファブレには理解が追い付かない。ここは地下ではないのか。どうして階段を降りた先が砂漠になり、空や太陽があるのだろう。
ファブレが振り返ると、下って来た階段は当然のような顔をして地面から延び、宙に続いていた。
階段を上がれば戻ることはできそうだ。ファブレは安堵する。
ヤマモトが腕を組む。
「しかしこれじゃ進む方向も分からんぞ。ハヤミ、どうする?」
「とりあえず偵察、情報集めかな。ヤマモト、君は飛行魔法を使えるんだろう? ちょっと上空から見てくれないか?」
「ああ。そうだファーリセス、鳥の目は使えるか?」
ヤマモトの問いにファーリセスがかぶりを振る。
「探ってみたけどこの辺には鳥がいないみたい」
「分かった。私が見てこよう」
言うが早いかヤマモトがフライで浮き上がり、上空へと舞い上がって行った。
「本当に天井がないのか」
「原理が全く分かりませんね・・」
困惑する皆の元へすぐにヤマモトが戻ってくる。
「全方位同じような砂漠だ。だが一箇所だけ池があり植物が生えている場所があった。オアシスという奴か? ここは目印がないから余り上空に行くと戻れなくなってしまうが、あの場所ならもっと上空まで上がって、遠くを見ることができそうだな」
「じゃあひとまずそこに向かうか」
「皆それでいいかな?」
皆が頷く。砂漠など行ったこともないファブレには何も考えが浮かばなかった。
「おっと、出発前にこの場所に戻れるようにしないとな」
スパークが階段の下やその周囲に、いくつか鉱石の欠片のようなものを埋める。
ファブレが思わず訊ねる。
「スパークさん、何ですかそれ?」
「双子石の片割れだ。対になっていて距離が離れるほど冷たくなる。まぁ水くらいまでしか温度は下がらんし、3日しか持たないけどな」
「なるほど、それで階段に近づけば分かるんですね」
「そうだ。それに服に入れときゃ涼しい。さ、行くか」
一行はジリジリと照り付ける太陽の下、砂漠を進み始める。風もなく、充分に太陽の光を浴びた足元の砂からは熱気が立ち上り、皆の体力を奪っていく。
ミリアレフがタオルで汗をぬぐった。
「あ、暑いですね・・」
「まさかダンジョンで日焼けの心配をしなきゃならんとはな」
ヤマモトは肌に直射日光が当たらないよう、薄いベールを纏っている。
「にゃー、もうダメ。休憩・・」
体毛が長く、厚手のローブを着たファーリセスには特に負担が大きいようだ。汗だくで座り込んで水筒を開けようとする。
「ファーリセスさん、よかったらどうぞ」
ファブレが氷水の入ったグラスを召喚して渡す。
「ありがと!」
ファーリセスは大喜びで水を一気飲みし、氷をバリボリとかみ砕いた。
「おかわり!」
「小休止にしようか。ファブレ、私も氷水を」
「私もお願いします!」
「俺もくれ」
「ボクもお願いしようかな」
「私も頼む」
結局皆飲むようだ。ファブレは全員の氷水を召喚し、地面に敷いたシートに座って皆でそれを飲む。
「はぁ、生き返りますねぇ」
「こんなとこで冷たい飲み物なんて、ある意味最高の贅沢だな。・・ん?」
スパークが耳を澄まし、地面に手を当て、それから地面に耳を当てる。
「どうしたスパーク?」
「地中に何かいるぞ! 気を付けろ!」
スパークの警告とともに、皆にも地面の揺れが伝わる。
皆すぐにシートから飛び退って離れ、武器を構えて立ち上がる。
皆が座っていたシートは上空に飛び上がった。いや、突如地面から立ち上がった太い柱に突きあげられたのだ。その柱がぐにゃりと曲がり、筒状の身体の先端に、鋭い歯が幾重にも並んだ凶悪な容貌が露わになる。ハヤミが叫んだ。
「サンドワームだ!」




