200話 いじわるなダンジョン
迷宮の通路は一本道の場所でも曲がりくねって高低差があり、分岐している箇所は全て見た目が同じで、もしかしたら一度通った場所に戻ってしまったのか、と疑心を抱かせる作りになっている。
ファブレも最初は頭の中で地図を書いていたが、すぐに矛盾が出てきたため諦めた。
先頭のスパークは地図も書くこともなく、複雑な迷宮をスイスイと進んでいく。
が、突然ピタリと動きを止めて警告した。
「敵だ! ホブゴブリン・・か?」
スパークがクロスボウを構えると同時に、ヤマモトが聖剣を抜き放ってスパークと並び、通路を塞ぐ。
「こっちからも来たぞ!」
後ろからヨーコの声が上がり、ファブレに緊張が走る。いきなりの挟み撃ちだ。
「私は前の援護をします。お二人は後ろを」
「分かりました」
ミリアレフが前方のフォローに回り、ファブレとファーリセスは後ろに向き直った。
揺らめく灯りに照らされた敵の姿を確認する。通常のゴブリンは人間の子供程度の身長だが、襲ってくるゴブリンは成人男性ほどはある。また初級冒険者が使うようなレザーアーマーを身に付け、棍棒やショートソードなどを手にしている。
ハヤミは突出してきた一体目の棍棒の振り下ろしを難なく躱し、返す刀でゴブリンの首を撥ね飛ばした。
血飛沫が壁や天井にまで吹き上がり、ゴブリンの身体はどうと倒れて痙攣する。だが後続のゴブリンは怯むことなく、仲間の死体を踏み越えてハヤミとヨーコに肉薄する。
襲い来るゴブリンの隙間から、通路の奥に杖を持ったゴブリンが見えた。そのゴブリンが呪文を唱えると、杖の前に空気が渦巻き火が灯る。火球の魔法だ。
ファブレが警告しようと口を開けた時、杖を持ったゴブリンの顔面にファーリセスのマジックミサイルが次々と突き刺さった。顔面から煙を上げて吹き飛ばされる。
ハヤミとヨーコは一体、また一体とゴブリンたちを物言わぬ屍に変えていく。援護の必要はなさそうだ。ファブレは構えていたスリングを下ろし、自分に出来ることを考える。
その時、天井に浮かぶ灯りに細長い影が映ったのに気づいた。
「ファーリセスさん、上です!」
ファブレはショートソードを抜き放ち、天井からファーリセスの頭上に垂れ下がってきた毒蛇を両断する。しかし蛇は地面に落ちた上半身だけで跳ね上がり、ファーリセスめがけて大口を開けて飛び掛かった。
「わっ!」
ファーリセスはしゃがみ込む。その頭上をミリアレフの杖がうなりを上げて通り過ぎ、蛇は壁へと叩きつけられた。くたりと地面に落ち、今度はもう動かない。力尽きたようだ。
「ありがと。助かった」
ファーリセスが裾を払って立ち上がる。戦闘は終わっていた。
「前後に気を逸らして天井からコッソリ襲ってくるとは、意地の悪さを感じるね」
スパークがゴブリンの死体を観察する。
「見たことないゴブリンだな。どれもゴブリンリーダーよりもでかい」
ヤマモトが思案する。
「ふーむ、入口付近のゴブリンでこれとは・・やはり高難度のダンジョンのようだな。皆、気を抜くなよ。何があっても隊列は崩さないように」
「分かりました」
「ああ、了解だ」
一行はゴブリンたちの死体をその場に残し、先へと進んだ。
通路はやがて重厚な扉の前で行き止まりになる。スパークが押しても引いてもビクともせず、開錠しようにも鍵穴もない。
扉の横には小さな台座があり、そこにプレートがはめ込まれ、何やら書かれているようだ。
「今度は謎掛けか? しかしこの程度の扉はどうとでもなる」
ヤマモトがスラリと聖剣を抜いたのを見て、ハヤミが慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それでは冒険の醍醐味が・・いや、内容を見てからでも遅くはない。それにえーと・・魔剣を最奥に収めるなら、後から来た侵入者のために仕掛けはなるべく残しておいたほうがいい。うん、そうだ」
「さすがハヤミ様、先の事までお考えですね」
ヨーコがハヤミの意見に同意する。
「取って付けたような理由だが、まぁ一理あるな」
ヤマモトが聖剣を鞘に収め、スパークに聞く。
「何と書かれているんだ?」
スパークが肩をすくめる。
「知らない文字だ。ファーリセス、読めるか?」
「うん、大丈夫・・ええと入口付近の隠し部屋が開いてるから、そこにいるレッドドラゴンを倒して骨を台座に置けって」
「はぁ? 入口まで戻らなきゃならないのかよ?」
「意地の悪いダンジョンですね。きっと帰ろうとしても襲われるんでしょう」
スパークが口を尖らし、ミリアレフが同意する。
「レッドドラゴン程度は物の数ではないが、入口まで戻ってまたここに来るのは面倒すぎるな。やはり聖剣で・・」
ヤマモトの言葉にハヤミが慌てる。
「わぁ待て待て! そうだ、ファブレ君はレッドドラゴンを食べたことがあるんだろう? 骨を召喚することもできるんじゃないか?」
ハヤミの言葉にファブレは困惑する。
「ええ? それはできますが、隠し部屋にいるドラゴンとは違うものになりますよ」
「台座が骨の固体まで確認するとは思えない。フラグ管理をしているなら別だが・・もし失敗しても何の反応もないだけだろう。試してみる価値はある」
フラグ管理とは何だろう。ハヤミの言葉の一部は分からないが、試すだけならタダだ。
「分かりました。料理召喚!」
ファブレの言葉とともに、台座の上に少し肉が残った骨がゴロンと出現する。
台座は悩んでいるかのようにしばらく反応が無かったが、やがて渋々と、と言った感じで床下に沈み始めた。それとともに扉が軋みを立て、両側に開き始める。
「おっ、開いたぞ! 閉じないうちに行こうぜ!」
スパークの声で皆走って扉を潜り抜けた。
扉の先は所々に瓦礫の散らばる大広間だ。奥の壁際に下りの階段らしきものが見える。
「ふぅ、休憩するか」
とヤマモトが提案するがハヤミが首を振る。
「いや、階段前の広間ということは、ボスかも知れない。念のため扉が閉まるまで待とう」
ハヤミの言葉で皆が武器を構え広間を見回す。だがあるのは散らばった瓦礫だけだ。
ヤマモトがハヤミに尋ねる。
「ところで扉を壊すのは駄目で、ズルはいいのか?」
ハヤミが力強く頷く。
「クエストの別解はもちろんアリさ。それも開発者の想定内で、別の報酬が用意されていることもある。扉を壊すのはルール違反だ。そういうヒントがあれば別だけどね」
「そういうものか・・?」
ヤマモトの声を掻き消すように、入って来た扉が音を立てて閉じる。
それと同時に広間に散らばった瓦礫がカタカタと動き始め、広場の中央に集まり始める。
「石がひとりでに・・?」
やがて逆再生のようにそれらが積み上がり、身の丈3メートルほどの巨大な人の姿を取った。
「ストーンゴーレムか。聖剣以外の武器はほとんど効かないぞ! コアを壊すんだ!」
ハヤミが警告し、ヤマモトが前に出て迫りくるゴーレムを迎え撃つ。
「私とファーリセス、ヨーコで攻撃。他の皆は防御に専念、余裕があれば援護してくれ」
ストーンゴーレムの剛腕がヤマモトに振り下ろされる。聖剣で受け止めるが単純な質量に押され、ヤマモトの足元の床石に亀裂が走った。
「ぐっ、重いな・・」
「勇者様! ジャッジメントフォース!」
ミリアレフから強化魔法を受けたヤマモトがゴーレムの腕を跳ねのけ、懐から逃れる。
ファーリセスのマジックミサイルがゴーレムの顔面に飛び爆発が連なるが、ゴーレムは少しよろけただけで余りダメージは無いようだ。
「固い!」
「ゴーレムから離れろ! 泥濘の池!」
ヨーコの放った魔法はゴーレムの足元の石畳を泥の沼に変えた。ゴーレムは自らの重みで深く沼にはまってしまい、脱出しようともがくが叶わない。
「ナイスだヨーコ。年貢の納め時だな」
ヤマモトがゴーレムの埋まった沼を飛び越えながら宙返りし、上下逆の状態でゴーレムの頭部に聖剣を振るう。
「ハッ!」
ヤマモトの剣技でゴーレムの頭部は切り飛ばされて広間の床に転がる。だがゴーレムは頭部を失ったまま、沼の中でもがいている。
「ん? あれで死なないのか?」
ヤマモトが訝しむ。
「ゴーレムは体のどこかに核があるんだ。そこを破壊しなければいくらでも再生する」
ハヤミの言葉が終わらないうちに、切り飛ばした頭部が動き始めて沼に飛び込み、やがてゴーレムの頭部が再生した。




