199話 遺跡と焼きそば
ハヤミの家に到着したヤマモトたちは準備を済ませた後、ハヤミが女神から授かった魔法で集団転移した。
転移した先は見渡す限りの草原だ。ファブレの膝くらいまである草が風になびいている。
「この魔法は特定のポイントにしか行けなくてね。深淵の迷宮はここから歩いて半日くらいだ」
「ああ分かった。しかしここは・・王国内なのか?」
ヤマモトは王国から出ない、という契約を国王と交わしている。当然だ。王国が勇者を召喚したのに、他国にその力を利用されてはたまったものではない。
ファブレには景色に全く見覚えが無く、人家も見当たらないので場所の見当もつかない。なんとなく空気がいつもと違うように思える。そしてハヤミから事前に深淵の迷宮の場所を聞いていない、ということに気づいた。思わずハヤミを見る。
「うん、王国の地図には乗っている」
「なんだか含みのある言い方だな」
ハヤミの言葉にヤマモトにジト目を向ける。ハヤミが笑って頭を掻く。
「実は三か国が互いに自分の領土だと譲らない地域でね。けど王国が自国の領土だと言い張ってる場所なんだから、契約違反にはならないだろう?」
「だいぶグレーな気がするが・・まぁよしとしようか」
ファブレが皆を見回すとヤマモトは苦笑し、スパークは頭の後ろで腕を組んで口笛を吹き、ミリアレフは目をパチクリさせている。ファーリセスは全く聞いていないようでフンフンと空気の匂いを嗅いでいる。ヨーコは会話を気にも留めず地図を確認していた。ファブレもここは王国で間違いないと思い込むことにした。
一行はハヤミの案内で草原を抜け森を抜け、やがて廃村に辿り着いた。といっても生い茂る草木の間にかろうじて建物の痕跡が見える程度だ。相当な年月が経過したのを感じさせる。
「村の奥の遺跡に迷宮の入り口がある。あれだ」
「ほお、立派だな」
「これは・・凄いですね」
ハヤミが指さす先には、遠目にも分かる朽ちた遺跡があった。大きさはミリアレフの住まう王都の神殿ほどもあるだろう。だが全体は絡まった蔦に覆われている。巨大な柱は倒れて瓦礫の山となり、割れた床石の間からは草木が生え、森に飲み込まれつつある状態だ。皆が近づくとギャアギャアと大量の鳥たちが飛び去って行った。
遺跡に入り、損壊の少ない開けた場所で荷物を下ろす。
「ここで昼食にして、準備が出来たら入ろうか」
「分かりました。皆さんお昼は何がいいですか?」
ファブレが皆を見回す。ヤマモトがすぐにリクエストする。
「歩き通しで腹が減ったな。私はおにぎりと豚汁がいいな」
「おお、それはいいな。ボクもそれで」
「では私もそれで」
ハヤミとヨーコも、ヤマモトと同じ物を希望した。
「これといって浮かばんな。ファブレ、お前のお任せでいいか?」
「私も」
「私もお任せでお願いします」
スパーク、ファーリセス、ミリアレフはお任せだ。
「はい。では、料理召喚!」
ヤマモトたちの分は大きな皿に3人分のおにぎりが整然と並び、各自大き目の椀に豚汁が一杯ずつと、箸休めの野菜の甘酢漬け。
お任せの分は、各自の皿の上に麺料理とグラス一杯の冷茶だ。
「なんだこりゃ? 黒い麺? だがいい香りがするな」
スパークが早速黒く縮れた麺をフォークですくい上げて口に運び、モグモグと咀嚼して思わず頬が緩む。
「こりゃうめえ! しかし初めて食べるのになんだか味に覚えがあるな」
「はい。これはたこ焼きの時と同じソースを使った、焼きそばという料理です」
「うわぁ、とっても美味しいですね。それにエビやイカなども入っていて、食感の違いが楽しいです!」
ミリアレフも頬を抑え満足げだ。ファーリセスはしばらくスンスンと料理の匂いを嗅いでいたが、スパークとファーリセスの様子を見て、覚悟を決めたように目をつぶってフォークで麺を口に運ぶ。すぐに尻尾がピンと立った。
「おいしい!」
そしてガツガツと猛烈な勢いで食べ始める。
「ああファーリセスさん、麺をこぼすと服が汚れちゃいますよ」
ハヤミとヨーコが手を止めてその様子を見ている。
「ううむ焼きそばか・・ファブレ君、ボクにも少しくれないかな?」
「わ、私もいいか?」
「やれやれ、食いすぎるなよ」
食事が早く終わったスパーク、ファーリセス、ミリアレフが遺跡を見て回る。
「さすがにお宝は残ってなさそうだな」
「この遺跡は神殿跡みたい」
「どうも女神様を祀る神殿ではないようですね。一体何の神殿だったんでしょう」
一部残った壁にはミリアレフの見たことのない文様が彫られている。通常、信仰のシンボルが置いてある礼拝堂跡には台座だけが残り、今その上に乗っているのは鳥の巣だ。
「でも村の規模の割に、神殿が立派すぎない?」
ファーリセスの疑問に、ミリアレフがはたと思いつく。
「あ、もしかしたら村じゃなくて神官たちの住まいだったのかも知れません」
スパークがまた新たな疑問を口にする。
「それなら納得はいくな。しかし神殿の地下にそんなに深い迷宮があるのか? ただの地下室じゃなくて?」
いつの間にか後ろにいたハヤミが答える。
「ああ。地下室の崩れた壁の奥に迷宮が発見されたんだ。隠されていたのか、偶然繋がったのかは分からない。さ、そろそろ行こうか」
ハヤミの言う通り、貯蔵庫だったと思われる広大な地下室の一部が崩落し、そこから全く作りの違う、石畳の通路が伸びていた。通路の奥からは微かにカビくさい空気が流れこんでくる。
「ファーリセス、先を探れるか?」
ヤマモトの問いにファーリセスが首を振る。
「こんなに真っ暗じゃ、ネズミとかの目で見てもほとんど分からない」
「ふーむ、警戒しながら行くしかないか。スパーク、先頭を頼む」
「ああ。じゃあ俺が先頭、次はヤマモト。ファーリセス、ミリアレフ、ファブレは真ん中。後ろはハヤミとヨーコでいいか? 何か気づいたことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「ああ、了解だ」
「分かりました」
スパークが魔法のランタンを灯し、ミリアレフとヨーコが持続光の魔法を頭上に浮かべる。
一行は迷宮の奥へと足を踏み入れた。




