198話 ヤマモトの信念
ジョゼフを家から追い出したあと、ファブレはヤマモトに頭を下げる。
「あそこまで変な奴とは思いませんでした。すみません、ヤマモト様に不快な思いをさせてしまって」
「別に気にしてないさ。世の中には色んな奴がいる。私はそれをなるべく受け入れるつもりだ」
ヤマモトは平然とお茶を飲んでいる。
「ご立派です。ヤマモト様は獣人や魔族相手、王族や女神様相手でも態度を崩されないですよね。何か信念のようなものがあるんですか?」
ヤマモトがかぶりを振る。
「私の仕事柄だろうな。モードの世界では周りに埋もれてしまっては生き残れない。だから主義主張の激しい、個性的な奴も多いんだ。だがそれぞれの相手のペースに飲まれていては大変だ。見た目がどうであろうと皆公平に、冷静に対処する必要がある」
「そうなんですか。でも、あのう・・」
ファブレがモジモジと言い淀む。
「ん? なんだ? 何でも聞いてくれ」
ファブレは思い切ってヤマモトに疑問をぶつける。
「ボクやカシルーンに女の子の恰好をさせようとするのに、ジョゼフが最初からそういう恰好をしてても反応されないんですね。正直、もっと喜ぶかと思いました」
ヤマモトはカップをテーブルにタン! と置き、早口で熱弁を振るう。
「それは全然違うぞファブレ! 本人は男らしくありたいと思うのに女性の姿が似合ってカワイイと言われる屈辱感と、照れ隠しに怒る様子。それなのに何となく女の子のような動作をしてしまう戸惑い。そして後でコッソリと自分から着て鏡を見てしまうような心の変化が・・」
「すみません。もういいです」
長らく一緒にいてもやはり理解できない事はある。という事をファブレは知った。
結局何も証拠がないため、ジョゼフがファブレの弟かどうかはヤマモトにも分からなかった。
ジョゼフの能力は王都では引っ張りだこで、既に仕事の予約でいっぱいらしい。生活には困らないだろう。
ファブレは誰かにジョゼフィーヌは妹かと聞かれれば否定し、ジョゼフは弟かと聞かれれば分からないと返答することにした。
そして出発の準備が全て整い、従者の皆がヤマモトの家に集まった。ここでもやはりジョゼフの話題になる。
「ジョゼフィーヌさんはどう見てもファブレさんの妹にしか見えませんね。ビックリしました」
「でもオスなんでしょ?」
「あれで男か・・なんだかカザンと同じくらい近寄りがたいぜ」
ファブレは諦めたような顔で皆に注意する。
「彼はヤマモト様に無礼を働いたので、できれば皆さんはあまり関わらないようにして下さい」
「私は気にしてないが、ファブレのいいようにさせてやってくれ。ミリアレフ、神殿の方は留守は大丈夫なのか? ファブレは?」
「はい。頼りになる者がおりますので、一ヵ月くらいなら・・」
「ボクも一ヵ月くらいなら大丈夫です」
ヤマモトが頷く。
「そこまではかからないと思うが、もし一ヵ月を超えそうなら途中で帰ることにしようか。なに、魔王や大魔王と違って必ず攻略しなければならない訳じゃないんだ。スパークとファーリセスもそれでいいか?」
「ああ、問題ないぜ」
「分かった」
ヤマモトがパンと手を打ち鳴らす。
「よし。では明日の朝、ハヤミのところへ出発だ。今日は皆好きなものを食べて英気を養おうか。ファブレ、いいかな?」
「もちろんです。何にしましょう?」
皆口々にファブレにリクエストする。
「何て言うんだったか、緑色の茎を肉で巻いた奴が食いたいな」
「魚がいい! スパークが醤油かけた奴!」
「私はやっぱりおでんでしょうか。あとワインを一杯だけ・・いえ二杯ほど」
「私は・・そうだな。たこ焼きをお願いしようかな」
ミリアレフがヤマモトの言葉に驚く。
「えっ? タコって以前魚市場で見た、なんだかぐんにゃりした足がたくさんある魔物の死体ですか? あれを焼くんですか?」
ファブレが訂正する。
「ミリアレフさん、タコは魔物じゃないです・・」
「フフ、たこ焼きは君が想像もつかない形をしているぞ」
「とりあえず召喚しましょう。料理召喚!」
ファブレの声ととともに、テーブルに皆のリクエストした料理が並ぶ。
「これがたこ焼きだ」
ヤマモトが指し示すたこ焼きはキョーイチローが作ったのと寸分変わらず、舟の形の入れ物に整然と収まっている。ミリアレフが驚きの声を上げる。
「ええーっ? なんであれがこうなるんですか?」
「タコの丸焼きではないんです。中に切り身が入っていて・・」
ファブレの説明をよそに、スパークが素早く一つを拾い上げて口に放り込んで悶絶する。
「あっちぃ! ・・ほう。だが美味いなこれ」
「盗み食いするんじゃない」
「衝撃の造形・・あの声の大きいならず者が作るの得意なんでしょ?」
ファーリセスがちょいちょいとたこ焼きをフォークでつつく。ファーリセスから見ればキョーイチローはならず者らしい。
「ああ、キョーイチローはもう帰ってしまったかな」
「レイコさんと会えるといいですね」
「あっ! キョーイチロー様が帰られたのなら、きっと女神様は嘆き悲しんでおられるでしょう。とばっちりを受けないように・・いえとにかくしばらく呼び出さないようにしないと」
ミリアレフが何度か頷く。
「とりあえず食事を始めようか。ファブレ、たこ焼きは皆食べたそうだからもう一舟・・いや全員分召喚してくれるか?」
「分かりました。料理召喚!」
早速ファーリセスが自分の分のたこ焼きに楊枝を刺す。
「スパーク、これに息吹きかけて冷まして。あと魚に醤油かけて」
「自分でやれ!」
「そういえばミリアレフ、女神の頂きはもう直したんだったな。女神から褒めてもらえたのか?」
「それが大変だったんですよ! 勇者様、聞いて下さい!」
女神の頂きでの出来事、ジョゼフの事、キョーイチローとレイコの事、海の魔物の話など、とりとめのない会話をしながら賑やかに食事が進んだ。
翌日の朝、街の出口で皆が馬車の前に集合した。勇者が長期間留守にするとは大っぴらに言えないので、見送りに来ている者は少ない。冒険者ギルド長のハウザー、料理人ギルド長のカンディルと、リンだけだ。
ハウザーがヤマモトに声を掛ける。
「深淵の迷宮は攻略者がいない。気を抜くなよ。ファブレの身元は引き続き探ってみるが・・あんまり期待できないかもな」
「ああ、頼む」
「ヤマモトさん、ファブレくん、行ってらっしゃい!」
リンが明るく手を振る。
「君が戻らなかったら料理学校は頓挫し、果ては王都グルメ計画も破綻してしまうぞ。必ず生きて戻ってくれよ」
「もちろんです。カンディルさんも無理をせず体に気を付けて」
ファブレはカンディルの差し出した手を握り、馬車は王都を後にした。




