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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
四章 王都グルメ編
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190話 ジョーカー

料理学校の設立は順調に進んでいた。

ミハエルの取り計らいで利便性のいい大きな土地を確保することができ、校舎の図面も完成して、既に工事に取り掛かっている。

学校を新築となると工期は長く、1年~1年半ほどかかる予定だという。

とはいえその間にファブレにはやらねばならない事が山ほどあった。講師や職員の確保、授業内容や資格内容の選定。設備や食材の仕入れ先の決定、学生の卒業後の斡旋について料理人ギルドとの連携、給料と授業料を決めて採算も取れるようにしなくてはならない。

その中でファブレには一つ気がかりな事があった。資格についてだ。

ファブレの知る食品衛生や栄養学の知識はほとんどがヤマモトから教わったものだが、ヤマモトの知識も異世界での一般常識程度だという。ルリとリンも同様だった。

それでも王国ではほとんど知る人のない貴重な情報だが、やはり専門知識として皆に教えるには少し不安が残る。ファブレはヤマモトに自分の不安を伝えてみた。

「無駄足になるかも知れないが、ハヤミにも聞いてみるか? 他にも用事があってちょっと顔を出しに行く予定なんだ。ファブレもこの所忙しそうだし、少し気分転換した方がよかろう」

というヤマモトの言葉にファブレは素直に頷いた。

「分かりました。ご一緒します」


ヤマモト、ファブレ、ミリアレフ、スパークの乗った馬車がハヤミの住んでいる山の麓まで近づくと、いつも通り樹上からヨーコが降りてくる。

「ヨーコさんご無沙汰してます」

ファブレがペコリと頭を下げ、ヨーコが笑顔で答える。

「ファブレ、久しぶりだな。今日は・・この人数じゃ稽古という訳じゃなさそうだな。一体どうしたんだ?」

「ハヤミ様を頼りたい用事が重なりまして。ハヤミ様はいらっしゃいますか?」

「ああ。今の時間は稽古をしているよ。付いてきてくれ」


ハヤミの家に着くと見知らぬ男性が数人、ハヤミの指導のもと木剣を振るっていた。

「ハヤミ様、お客様です」

ヨーコの声に、腕組みをして稽古を見守っていたハヤミが驚いた顔で振り向く。

「おや、どうしたんだいみんな揃って。ちょっと時間がかかりそうだから今日の稽古はこれまでにしよう。さぁみんな中へどうぞ」

ハヤミの一声で稽古が終わり、木剣を振るっていた男たちは訪れた客を見て騒ぎ出す。

「お、おい。あれは勇者様じゃないか?」

「間違いない。聖女様に奇跡の料理人、鷹の目もいるぞ。凄いメンバーだ」

「いやあ勇者様をこんなに近くで見たなんて一生の自慢になるな!」


男たちの声を背後に聞き、廊下を進みながらスパークがハヤミに尋ねる。

「道場なんて始めたのか?」

「ボクが募集した訳じゃないが、どこからか噂を聞きつけて訪ねてくる者もいてね。結果的に道場のようになってしまった。ところでスパーク、オルトチャックの事だが」

「ん? なんだ?」

「オルトチャックは最近調子がよくないとかで、もし次に冒険に行く場合は代わりに君を連れて行けと言われてるんだが、聞いてるかい?」

スパークが顔をしかめる。

「聞いてねえよ! けど一緒に探索に行くのは構わないぞ。もちろん報酬次第だが」

ハヤミが微笑する。

「助かるよ。しかしそこは師匠ゆずりなんだね。さぁみんな座ってくれ。本題は何かな?」

居間につき、いつものように皆座布団に座る。

「いくつかあるが、じゃあファブレから」

ヤマモトの声にファブレが頷く。

「はい。ハヤミ様は・・栄養学や食品衛生についてお詳しいですか?」

ハヤミが苦笑する。

「これはまた突飛な質問だね。残念ながらボクは触り程度しか分からない。ヤマモトさんの方が詳しいんじゃないかな?」

「やっぱりそうですよね」

ファブレが項垂れる。

「お役に立てなくてすまないね。しかしどうしたんだい急に」

「今度料理学校を作るので、もっと詳しい知識を教えてくれる人がいないか探してるんです」

「ああ、料理学校の話は聞いたことがある。なるほどね。それならキョーイチローに聞くといいと思うよ」

ハヤミの口から出た意外な人物の名に、ファブレが驚く。

「えっ、キョーイチロー様ですか?」

ハヤミが頷く。

「ああ。彼は前に異世界・・この世界に来たときに食事で酷い目に合ったと話してたろう? だから元の世界に戻ったときに調理師の免許を取ったと言うんだ。それで今は一人旅でも苦がないらしい。前に遊びに来たときにそう話してたよ」

「そうだったんですか! ぜひお話を伺いたいですが、今はどちらにいらっしゃるんでしょう?」

「ロアスタッドに向かうと言っていたが、今どこにいるかは正確には分からない」

「いえ充分です。ありがとうございます」

ファブレがハヤミに頭を下げる。光明が見えてきた。ハヤミがヤマモトに向き返る。

「他は何かな?」

「じゃあ次はこっちだ。ミリアレフ」

「はい」

ヤマモトに促され、ミリアレフが布で巻いたものをゴトリと机の上に置く。

ハヤミが布を解き、露わになった剣を見て目を見張る。

「これは・・魔剣か!?」

「そういう物らしい。ファブレを襲撃してきた者が持っていたんだが・・ハヤミはこれについて詳しく知らないか?」

ハヤミが腕を組む。

「これは驚いたな・・ボクの知識では魔剣は聖剣と対になる勇者を倒すための武器で、魔族のエリート、勇者のライバル的存在が持っているはずだが。そういえばボクの時もキョーイチローの時も、そういう敵は現れなかったな。君のときは?」

ヤマモトが首を振る。

「私の時もいなかった。この魔剣を使って従者を殺すと魔王が復活する、なんて話があるようだが、それについては知らないか?」

「いや、そんな話は初めて聞いた。誰がそんな話を言ってるんだい?」

「魔王信奉者だ」

ハヤミが首を傾げる。

「ふーむ・・勇者本人ならともかく、勇者が認定しただけの従者を殺してもそんな事が起きるとは思えないが?」

ヤマモトが頷く。

「やはりそう思うか。ところでこの魔剣と、何かミリアレフに役に立ちそうな物を交換してもらうことは可能かな?」

ミリアレフが期待に満ちた目でハヤミを見る。ハヤミは魔剣を布越しに手で持ち、しげしげと眺めるがやがて机に置く。

「いや、これはボクのコレクションに加えるのはやめておこう」

「えっ!」

「おや、君らしくないな。どうしたんだ?」

ハヤミが訥々と語る。

「信ぴょう性のない噂だし、もちろんボクがヨーコを襲うはずもないが、常に近くにヨーコがいるボクがこの剣を持っているのはリスクだけで何もいいことがない。それにここは辺鄙だし、ヤマモトさんや次の勇者を倒すために、魔剣を求めた大量の魔物に襲撃でもされたら困る」

「なるほど、冷静だな」

ヤマモトが感心し、ハヤミは苦笑する。

「もちろん欲しいという気持ちはあるよ。でもこの魔剣はいわばババ抜きのジョーカーだ。手元にあってもいい事はない」

「そんなぁ・・」

ミリアレフがガックリと項垂れる。その様子を見てハヤミが声を掛ける。

「一つ提案がある。魔剣は君たちの手元に置いておくのも同じように危険だろう。もうすぐ深淵の迷宮というところに向かう予定だったんだ。そこは前人未踏のダンジョンで、最奥には封印の間というものがあるらしい。そこに魔剣を収めれば悪用されることも無いんじゃないかな? 迷宮攻略に同行してくれるなら、ボクのコレクションから何か一つ聖女にプレゼントしようじゃないか。もちろん迷宮内での宝物などは、それとは別に公平に配分するよ」

「行きます!」

二つ返事で答えるミリアレフ。ヤマモトが呆れる。

「いいのか即決して? 君だって色々都合があるだろうに」

「報酬の事もありますが、勇者様を傷つけるための武器を手元に置いておくのは私も不安ですから・・」

悲し気なミリアレフの様子に、ヤマモトも少し反省したようだ。

「そうだったか。すまなかったなミリアレフ。じゃあ私も同行するとしようか」

「ヤマモト様が行かれるならボクも行きます!」

ファブレが声を上げ、スパークがハヤミに聞く。

「俺は師匠の代わりだな? ついでにファーリセスも呼ぶか?」

「ああ。シズリンデに連絡を取るのは大変だから助かるよ」

ヨーコが目を丸くする。

「魔王討伐者全員で行くのか? 随分豪華なメンバーになったな」

ハヤミが明るく笑う。

「これなら攻略したも同然だ。いやあ楽しみだね! ところで今日のお昼はファブレ君に頼んでいいのかな? それと稽古していた門下生、君の弟弟子も呼んでいいかい?」

ファブレが頷く。

「もちろんです。みんなで楽しく食事にしましょう。何か食べたい物はありますか?」

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